映画「七人の侍」vs.大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」/著作物の著名性と翻案性
▶平成16年12月24日東京地方裁判所[平成15(ワ)25535]▶平成17年06月14日知的財産高等裁判所[平成17(ネ)10023]
1 被告脚本による原告脚本の著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権))侵害の有無(争点1)
(1) 「翻案」(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア等において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。
したがって,被告脚本が原告脚本を翻案したものと評価されるためには,被告Cが,原告脚本に依拠して被告脚本を作成し,かつ,被告脚本から原告脚本の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることが前提となるが,その際,具体的表現を離れた単なる思想,感情若しくはアイデア等において被告脚本が原告脚本と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に該当しないというべきである。
そこで,まず,原告脚本の表現上の本質的な特徴を被告脚本から直接感得することができるか否かについて判断する。
本件において,原告らは,次の①ないし④の各類似点において原告脚本の表現上の本質的な特徴を被告脚本から直接感得することができると主張している。
また,原告らは,①ないし④の各類似点の主張に加えて,①ないし④の類似点が組み合わされることによって,原告脚本全体が想起されるようになり,被告脚本が原告脚本の模倣作品と評価されるとも主張している。
① 村人が侍を雇って野武士と戦うというストーリー
② 別紙対比目録1記載の9箇所(6及び11を除いたもの)の類似
③ 西田敏行の演じた内山半兵衛と志村喬の演じた島田勘兵衛,寺田進の演じた追松と宮口精二の演じた久蔵の類似
④ 戦場や村に漂う霧及び豪雨の中の合戦の表現
そこで,原告らの上記主張に即して,まず,上記①ないし④の各類似点において,原告脚本の表現上の本質的な特徴を被告脚本から直接感得することができるか否かについて,検討することとする。
(略)
エ 戦場や村に漂う霧及び豪雨の中の合戦の表現について
原告脚本の最後の戦いの場面は,雨中での戦いとして,極めて著名な場面である。そして,被告脚本においても,最後の戦いは雨中で行われるほか,冒頭の関ヶ原合戦後の場面において,霧ないし雨が使用されている。しかし,被告脚本において霧ないし雨の場面を設定したことから,直ちに原告脚本の表現上の本質的な特徴を感得させるものということはできない。ちなみに,関ヶ原合戦後の場面において霧がたちこめているのは,関ヶ原の合戦の史実とも符合し,原告映画と同時期に製作された稲垣浩監督「宮本武蔵」においても関ヶ原の合戦における霧の場面がある。
オ 類似する諸要素の有機的結合について
原告らは,原告脚本の本質的特徴は,①村人が侍を雇って野武士と戦うというストーリー,②別紙対比目録1(ただし,6及び11を除く。)記載の各場面,③登場人物の人物設定,④戦場や村に漂う霧及び豪雨の中の合戦の表現という各要素を有機的に結合して完成した全体にあるところ,被告脚本の読者は,これを被告脚本から直接感得することができるとして,著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)侵害を主張する。
たしかに,ある著作物(原告著作物)におけるいくつかの点が他の著作物(被告著作物)においても共通して見受けられる場合,その各共通点それ自体はアイデアにとどまる場合であっても,これらのアイデアの組み合わせがストーリー展開の上で重要な役割を担っており,これらのアイデアの組み合わせが共通することにより,被告著作物を見る者が原告著作物の表現上の本質的な特徴を感得するようなときには,被告著作物が全体として原告著作物の表現上の本質的な特徴を感得させるものとして原告著作物の翻案と認められることもあり得るというべきである。
そこで本件についてみるに,たしかに原告脚本と被告脚本は,村人が侍を雇って野武士と戦うという点においてストーリーに共通点が見られ,また,別紙対比目録1(ただし,6及び11を除く。)記載の各場面において,アイデアにとどまるものではあるが,共通点が見られ,登場人物の設定の点でも,内山半兵衛(被告脚本)と島田勘兵衛(原告脚本)の間,追松(被告脚本)と久蔵(原告脚本)の間に一定の共通点が見られる。しかしながら,既に前記イ,ウにおいて検討したとおり,別紙対比目録1(ただし,6及び11を除く。)記載の各場面については,原告脚本と被告脚本との間でストーリー全体のなかでの位置づけが異なる上,具体的な描写も異なるものであり,また,人物設定の点もストーリーのなかでの当該人物の役割やその性格づけに着目すれば類似するものとは認められない。そして,原告脚本においては,原告らの挙げる上記の各場面のほかに多くのエピソードが描かれており,島田勘兵衛及び久蔵のほかに多くの個性的な人物が登場するものであり,そこでは,7人の侍について各人の個性が見事なまでに描き切られており,作品全体を通じて,侍たちの義侠心と村人に対する暖かい視線,野武士との闘いを通じて形成される侍たち相互そして侍たちと村人との間の心の触れあいと連帯感,一見非力な農民のしたたかさ・力強さ等のテーマが,人間に対する深い洞察力に裏打ちされた豊かな表現力をもって,見る者に強烈に訴えかけられているものである。これに対して,被告脚本においては,主人公武蔵が歴戦の武芸者から薫陶を受けるとともに自己の強さを自覚する契機として野盗との戦闘場面が設定されているにすぎない。原告脚本と被告脚本の間に上記のようなアイデア・設定の共通点が存在するとはいっても,原告映画をして映画史に残る金字塔たらしめた,上記のような原告脚本の高邁な人間的テーマや豊かな表現による高い芸術的要素については,被告脚本からはうかがえない。
上記によれば,原告らが原告脚本と被告脚本との類似点として挙げる各点を総合的に考慮して,原告脚本と被告脚本を全体的に比較しても,原告脚本の表現上の本質的な特徴を被告脚本から感得することはできないから,被告脚本をもって原告脚本の翻案ということはできない。
カ 結論
上記によれば,原告脚本と被告脚本とを対比すると,前記のとおりいくつかの場面において一定の共通点が認められるが,共通する部分はアイデアの段階にとどまるものであり,登場人物の人物設定についても類似するものとは認めらい。また,原告脚本と被告脚本との間には,ストーリー全体の展開やテーマにおいて相違があり,結局,原告脚本の表現上の本質的な特徴を被告脚本から感得することはできないから,被告脚本による原告脚本についての著作権(翻案権)及び亡黒澤の著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害は認められない。
[控訴審同旨]
当裁判所も,著作権法27条にいう「翻案」とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい,したがって,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのを相当とする(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。前記映画は,原判決も指摘するように,前記番組に比しはるかに高い芸術性を有する作品であることは明らかであるものの,以下に述べるとおり,前記番組が前記映画との間で有する類似点ないし共通点は結局はアイデアの段階の類似点ないし共通点にすぎないものであり,前記映画又はその脚本の表現上の本質的特徴を前記番組又はその脚本から感得することはできないというべきであるから,前記番組がDの有する前記著作権(翻案権)を侵害するものではない。その理由は,Dの有する著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に対する判断を含め,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の第3の1~4のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決38頁下7行目の「7人」を「6人」に訂正する。)。
2 当審における控訴人らの主張に対する判断
(1) 本件の特異性と題する部分について
ア 控訴人らは,対象となる原著作物が著名である場合には,その翻案との類比の判断は容易であり,全体的な対比を行わなくても,一つ二つの特徴的な場面を抜き出しただけでも,一般人は両者を類似であると判断することができること,被控訴人らは自らの作品(被控訴人原作小説という著名な作品の翻案)の一部に「七人の侍」のストーリー及び象徴的な場面を一種の劇中劇のような形で取り込み,はめ込んだもの(はめ込み型模倣)であって,従来の手法による対比は有効ではないこと,翻案者にとっては,「七人の侍」のように対象となる原著作物が著名である場合には,何をどの程度避ければ盗作といわれないかについて明白な予想ができることなどを理由に挙げ,それが無名の著作物である場合と比べて,翻案との類似度が低くても,「感得」の要件が満たされると判断すべきであると主張する。
しかしながら,著作権法の保護を受ける著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)であり,それが著名であるか否かによって,その保護に差異があるということはできない。そして,「翻案」(著作権法27条)とは,前述のように,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうところ,著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得するものであるか否かも,対象となる原著作物が著名であるか否かによって差異があるということはできないから,控訴人らの上記主張も採用することができない。
イ また,控訴人らは,本件は,不正競争防止法が直接適用される事案ではないが,不正競争防止法的考察は,本件を理解するために不可欠であり,不正競争防止法2条1項2号の趣旨を引用して,本件における,「七人の侍」の著名なストーリー及び象徴的場面を盗用した被控訴人らの行為は,「七人の侍」が有している顧客吸引力にフリーライドし,控訴人らの名声を害する不正競争の行為であるなどとも主張する。
しかしながら,本件が不正競争防止法が直接適用される事案ではないことは,控訴人らも自認するとおりであるところ,不正競争防止法は,「事業者間の公正な競争及びこれに関する国際的約束の的確な実施を確保するため,不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ,もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」(不正競争防止法1条)ものであり,「著作物並びに実演,レコード,放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め,これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作権者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法1条)著作権法とは,その立法趣旨,保護対象等を全く異にするから,不正競争防止法2条1項2号の趣旨が著作権法に関する紛争である本件に及ぼされるものということはできない。そして,著作権法上,著作物が著名であるか否かによって,その保護に差異があるということはできないことは上記のとおりであり,原告の上記主張も採用することができない。
(2) 原判決の判断の誤りと題する部分について
控訴人らは,対象となる原著作物が著名である場合には,それが無名の著作物である場合と比べて,翻案との類似度が低くても,「感得」の要件が満たされると判断すべきであることを前提とした上で,被控訴人らは,自らの作品である「武蔵 MUSASHI」(「宮本武蔵」という著名な原作小説の翻案)の一部に,「七人の侍」のストーリー及び象徴的な場面を,一種の劇中劇のような形で取り込み,はめ込んだ「はめ込み型模倣」ないし「象徴場面型模倣」であって,「怪しい男が実は女であったという場面」(原判決別紙対比目録1記載の類似点1),「侍の腕試し場面」(原判決別紙対比目録1記載の類似点2~5),「野盗との戦闘場面」(原判決別紙対比目録1記載の類似点7~10),島田勘兵衛(七人の侍)と内山半兵衛(武蔵 MUSASHI)及び久蔵(七人の侍)と追松(武蔵 MUSASHI)の人物設定,「戦場や村に漂う霧及び豪雨の中の合戦の表現」,「注意を引きつけるために物を投げる場面」(原判決添付別紙対比目録1及び2記載の6)及び「武蔵が地面に突き立ててあった刀で戦う場面」(原判決添付別紙対比目録1及び2記載の11)について,原判決が相違するとした点は,いずれも「はめ込み型模倣」ないし「象徴場面型模倣」の当然の帰結にすぎない等と主張する。
しかしながら,対象となる著作物が著名である場合には,それが無名の著作物である場合と比べて翻案との類似度が低くても「感得」の要件が満たされると判断すべきであるとの前提を採用し得ないことは,上記(1)のとおりである。そして,「七人の侍」と「武蔵 MUSASHI」を対比すると,いくつかの類似点ないし共通点が認められるが,これらはいずれもアイデア等,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分であって,後者の表現から前者の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは,原判決も詳細に説示するとおりである。控訴人らの上記主張も採用することができない。