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著作権コンサルタントをしています。クリエーターの卵から世界的に著名なアーティストまで、コンテンツビジネスや著作権にかかわる法律問題について、グローバルに支援しています。 カネダ著作権事務所 http://www.kls-law.org/
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2025年6月17日火曜日

最判/(旧)著作権法30条(著作権の制限)1項8号は憲法29条に違背するか

 

()著作権法30(著作権の制限)18号は憲法29条に違背するか

▶昭和381225日最高裁判所大法廷[昭和34()780]

論旨は、原審が本件に適用した著作権法3018号の憲法29条違背をいう。

すなわち、昭和9年の著作権法の改正によつて新設された右3018号は、何らの財産上の補償なくして所論録音物著作権(同法22条ノ7)の内容たる録音物による興行権を剥奪する規定であつて、明らかに憲法29条に違反するというのである。

しかし、憲法29条は、1項において「財産権は、これを侵害してはならない」旨規定し、私有財産制の原則を採るとはいつても、その保障は、絶対無制約なものでなく、2項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」旨規定しているのであり、これは、1項の保障する財産権の不可侵性に対して公共の福祉の要請による制約を許容したものにほかならないことは、すでに累次の大法廷判決が判示するところであつて(…参照)、著作権法30条は、一定の場合に限つて著作物を公益のため広く利用することを容易ならしめる目的で、同条1項各号の方法により著作物を複製することは偽作とみなさないものとした法規であり、同法22条ノ7の録音物著作権についても、右3018号により興行又は放送の用に供することは偽作とならないものとされているのである。

そして、右の如く著作物の利用を許容するのは一定の場合の利用に限定しており、かつ同条2項において、その利用の場合は利用者に出所明示義務を負わせて著作権者の保護をもはかつているのである。すなわち、同条は、所論18号の規定を含めて、著作権の性質に鑑み、著作物を広く利用させることが要請され、前記のような要件のもとにその要請に応じるため著作権の内容を規制したものであつて、憲法292項にそうものであり、これに違反するものでないということができる。

右のような場合に、憲法の同条項により財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律をもつて定めるときは、同条3項の正当補償をなすべき場合に当らない。

よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

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最判/著作物の複製の意義/既存の著作物を知らないでこれと同一性のある作品を作成した者と著作権侵害の責任

 

著作物の複製の意義/既存の著作物を知らないでこれと同一性のある作品を作成した者と著作権侵害の責任

▶昭和5397日最高裁判所第一小法廷[昭和50()324]

旧著作権法(明治32年法律第39号)の定めるところによれば、著作者は、その著作物を複製する権利を専有し、第三者が著作権者に無断でその著作物を複製するときは、偽作者として著作権侵害の責に任じなければならないとされているが、ここにいう著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はないところ、既存の著作物に接する機会がなく、従つて、その存在、内容を知らなかつた者は、これを知らなかつたことにつき過失があると否とにかかわらず、既存の著作物に依拠した作品を再製するに由ないものであるから、既存の著作物と同一性のある作品を作成しても、これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない。

ところで、原審の確定したところによれば、A楽曲又はその一部である甲曲は、わが国においては乙曲が被上告人Bによつて作曲された昭和38年当時に至るまで音楽の専門家又は愛好家の一部に知られていただけで、音楽の専門家又は愛好家であれば誰でもこれを知つていたほど著名ではなく、他方、被上告人Bは、内外のレコード、楽譜の厖大な量のコレクシヨンがある放送局に勤務し、昭和27年ころ一時レコード係を勤めたほか、昭和38年当時は演出部長として音楽番組を含むテレビ番組の企画製作についての責任を負い、かつ、その間流行歌の作詞作曲に従事していた者ではあるが、乙曲を作曲した当時A楽曲の存在を知つていたとしなければならないような特段の事情はなく、更に、甲曲と乙曲とを対比すると、動機を構成する旋律において類似する部分があるが、右類似部分の旋律は、A楽曲や乙曲を含むB楽曲のようないわゆる流行歌においてよく用いられている音型に属し、偶然類似のものがあらわれる可能性が少なくないうえ、乙曲には甲曲にみられない旋律が含まれている、というのであり、右事実によれば、被上告人Bにおいて乙曲の作曲前現に甲曲に接していたことは勿論、甲曲に接する機会があつたことも推認し難く、乙曲をもつて申曲に依拠して作曲された甲曲の複製物と断ずることはできないから、被上告人B、同株式会社Eが、上告人の主張するように、乙曲を含むB楽曲の複製を他に許諾したとしても、そのことから甲曲を含むA楽曲を複製してA楽曲についての著作権を侵害したということはできない。これと同趣旨の原判決は相当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものに過ぎず、採用することができない。

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最判/旧著作権法30(著作権の制限)30条1項2号にいう引用の意義/他人の写真を改変して利用することによりモンタージュ写真を作成して発行した場合と著作者人格権(同一性保持権)の侵害

 

旧著作権法30(著作権の制限)3012号にいう引用の意義/他人の写真を改変して利用することによりモンタージュ写真を作成して発行した場合と著作者人格権(同一性保持権)の侵害

▶昭和55328日最高裁判所第三小法廷[昭和51()923]

一 原審は、

() 上告人は、自ら撮影して創作しその著作権を取得したカラー写真を原判決添附写真()のような縦約30センチメートル、横約37センチメートルのカラー写真としたうえ、昭和4211日付株式会社D発行の写真集「SKI’67第四集」に複製掲載して発表したほか、その後右複製写真における左側部分約5分の1を切除し残部をやや拡大して縦横約37センチメートルの写真にしたうえ、上告人の氏名を表示しないでE社発行の昭和43年度用広告カレンダーに複製掲載したところ、被上告人は、右カレンダーに掲載された写真を利用し、その左側部分の一部約3分の1又は6分の1を切除してこれを白黒の写真に複製したうえ、その右上にH株式会社の広告写真から複製した自動車スノータイヤの写真を配して合成して原判決添附写真()のような白黒写真(以下「本件モンタージユ写真」という。)を作成し、これを昭和451月ころ発行した自作の写真集「F」に掲載して発表したほか、株式会社Iにおいて発行した「G」同年64日号にも掲載して発表した、

()(ア)本件モンタージユ写真は、上告人が創作して複製した前記各写真(以下「本件写真」という。)とは別個の、そのパロデイというべき被上告人の創作にかかる被上告人自身の著作物であるから、旧著作権法(以下単に「法」という。)301項第2にいう「自己ノ著作物」に該当し、(イ)本件写真は、本件モンタージユ写真の素材として利用されたものであるが、このような利用は右規定にいう「節録引用」に該当し、(ウ)本件モンタージユ写真の作成はその目的が本件写真を批判し世相を風刺することにあつたためその作成には本件写真の一部を引用することが必要であり、かつ、前記のような引用の仕方が美術上の表現形式として今日社会的に受けいれられているフオト・モンタージユの技法に従つたものとして客観的に正当視されるものであつたから、他人の著作物の自由利用として許されるべきものと考えられ、右引用にあたり本件写真の一部が改変されたことも、本件モンタージユ写真作成の右目的からみて必要かつ妥当なものであつたということができ、原著作者たる上告人の受忍すべき限度を超えるものとは考えられないから、その同一性保持権を侵害するものとはいえず、したがつて、被上告人の前記本件写真の利用は右規定にいう「正当ノ範囲」を逸脱するものではない、

() なお、被上告人が素材として利用した前記カレンダーに掲載された写真には上告人の氏名の表示がなかつたのであるから、被上告人は、これをその出所を明示することなく利用することを許諾されていたものというべきである、

との趣旨の認定判断をし、上告人の被上告人に対する著作者人格権侵害を理由とする慰藉料支払の請求を棄却すべきものであるとしたことが原判文に照らし明らかである。

二 そこで、所論にかんがみ、原審の判断の当否について検討する。

301項第2は、すでに発行された他人の著作物を正当の範囲内において自由に自己の著作物中に節録引用することを容認しているが、ここにいう引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に、法183項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されないことが明らかである。

そこで、原審の確定した前記事実に基づいて本件写真と本件モンタージユ写真とを対照して見ると、本件写真は、遠方に雪をかぶつた山々が左右に連なり、その手前に雪におおわれた広い下り斜面が開けている山岳の風景及び右側の雪の斜面をあたかもスノータイヤの痕跡のようなシユプールを描いて滑降して来た6名のスキーヤーを俯瞰するような位置で撮影した画像で構成された点に特徴があると認められるカラーの写真であるのに対し、本件モンタージユ写真は、その左側のスキーヤーのいない風景部分の一部を省いたものの右上側で右シユプールの起点にあたる雪の斜面上縁に巨大なスノータイヤの写真を右斜面の背後に連なる山々の一部を隠しタイヤの上部が画面の外にはみ出すように重ね、これを白黒の写真に複写して作成した合成写真であるから、本件モンタージユ写真は、カラーの本件写真の一部を切除し、これに本件写真にないスノータイヤの写真を合成し、これを白黒の写真とした点において、本件写真に改変を加えて利用し作成されたものであるということができる。

ところで、本件写真は、右のように本件モンタージユ写真に取り込み利用されているのであるが、利用されている本件写真の部分(以下「本件写真部分」という。)は、右改変の結果としてその外面的な表現形式の点において本件写真自体と同一ではなくなつたものの、本件写真の本質的な特徴を形成する雪の斜面を前記のようなシユプールを描いて滑降して来た6名のスキーヤーの部分及び山岳風景部分中、前者についてはその全部及び後者についてはなおその特徴をとどめるに足りる部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、本件写真部分自体によつてもこれを感得することができるものである。そして、本件モンタージユ写真は、これを一瞥しただけで本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することにより作成されたものであることを看取しうるものであるから、前記のようにシユプールを右タイヤの痕跡に見立て、シユプールの起点にあたる部分に巨大なスノータイヤ1個を配することによつて本件写真部分とタイヤとが相合して非現実的な世界を表現し、現実的な世界を表現する本件写真とは別個の思想、感情を表現するに至つているものであると見るとしても、なお本件モンタージユ写真から本件写真における本質的な特徴自体を直接感得することは十分できるものである。そうすると、本件写真の本質的な特徴は、本件写真部分が本件モンタージユ写真のなかに一体的に取り込み利用されている状態においてもそれ自体を直接感得しうるものであることが明らかであるから、被上告人のした前記のような本件写真の利用は、上告人が本件写真の著作者として保有する本件写真についての同一性保持権を侵害する改変であるといわなければならない。

のみならず、すでに述べたところからすれば、本件モンタージユ写真に取り込み利用されている本件写真部分は、本件モンタージユ写真の表現形式上前説示のように従たるものとして引用されているということはできないから、本件写真が本件モンタージユ写真中に法301項第2にいう意味で引用されているということもできないものである。そして、このことは、原審の確定した前示の事実、すなわち、本件モンタージユ写真作成の目的が本件写真を批判し世相を風刺することにあつたためその作成には本件写真の一部を引用することが必要であり、かつ、本件モンタージユ写真は、美術上の表現形式として今日社会的に受けいれられているフオト・モンタージユの技法に従つたものである、との事実によつても動かされるものではない。

そうすると、被上告人による本件モンタージユ写真の発行は、上告人の同意がない限り、上告人が本件写真の著作者として保有する著作者人格権を侵害するものであるといわなければならない。

なお、自己の著作物を創作するにあたり、他人の著作物を素材として利用することは勿論許されないことではないが、右他人の許諾なくして利用をすることが許されるのは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様においてこれを利用する場合に限られるのであり、したがつて、上告人の同意がない限り、本件モンタージユ写真の作成にあたりなされた本件写真の前記改変利用をもつて正当とすることはできないし、また、例えば、本件写真部分とスノータイヤの写真とを合成した奇抜な表現形式の点に着目して本件モンタージユ写真に創作性を肯定し、本件モンタージユ写真を一個の著作物であるとみることができるとしても、本件モンタージユ写真のなかに本件写真の表現形式における本質的な特徴を直接感得することができること前記のとおりである以上、本件モンタージユ写真は本件写真をその表現形式に改変を加えて利用するものであつて、本件写真の同一性を害するものであるとするに妨げないものである。

三 以上によれば、被上告人による本件モンタージユ写真の作成発行は、これについて上告人の同意があれば格別、これがない限り、上告人が本件写真の著作者として保有する著作者人格権を侵害しないものということはできないから、これと見解を異にし、本件モンタージユ写真は、法301項第2に基づき本件写真を引用したにすぎないものであつて、右引用の目的、仕方においても不当の点が認められないから、右引用にあたり本件写真に変更が加えられたとしても、これにより上告人が本件写真につき保有する同一性保持権を侵害したことにはあたらないと判断し、被上告人による本件モンタージユ写真の発行は、上告人の著作者人格権の侵害にあたらないとしてその請求を棄却すべきものとした原判決は、結局、法301項第2の解釈を誤り、ひいては法181項の解釈を誤つた違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

(補足意見あり)

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最判/美術の著作物の原作品につきその無体物の面を利用する行為と所有権侵害の成否

 

美術の著作物の原作品につきその無体物の面を利用する行為と所有権侵害の成否

▶昭和59120日最高裁判所第二小法廷[昭和58()171]

美術の著作物の原作品は、それ自体有体物であるが、同時に無体物である美術の著作物を体現しているものというべきところ、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、美術の著作物の原作品に対する所有権は、その有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまり、無体物である美術の著作物自体を直接排他的に支配する権能ではないと解するのが相当である。そして、美術の著作物に対する排他的支配権能は、著作物の保護期間内に限り、ひとり著作権者がこれを専有するのである。そこで、著作物の保護期間内においては、所有権と著作権とは同時的に併存するのであるが、所論のように、保護期間内においては所有権の権能の一部が離脱して著作権の権能と化し、保護期間の満了により著作権が消滅すると同時にその権能が所有権の権能に復帰すると解するがごときは、両権利が前記のように客体を異にすることを理解しないことによるものといわざるをえない。著作権の消滅後は、所論のように著作権者の有していた著作物の複製権等が所有権者に復帰するのではなく、著作物は公有(パブリツク・ドメイン)に帰し、何人も、著作者の人格的利益を害しない限り、自由にこれを利用しうることになるのである。したがつて、著作権が消滅しても、そのことにより、所有権が、無体物としての面に対する排他的支配権能までも手中に収め、所有権の一内容として著作権と同様の保護を与えられることになると解することはできないのであつて、著作権の消滅後に第三者が有体物としての美術の著作物の原作品に対する排他的支配権能をおかすことなく原作品の著作物の面を利用したとしても、右行為は、原作品の所有権を侵害するものではないというべきである。

小説のような言語の著作物の原作品である原稿が、通常、美術の著作物の原作品のようにそれ自体としては財産的価値を有しないのは、美術の著作物の場合は、原作品によらなければ真にその美術的価値を享受することができないことから、原作品自体が取引の対象とされるのに対し、言語の著作物の場合は、原作品によらなくとも複製物によつてその表現内容を感得することができるところから、いきおい出版物としての複製物が取引の対象とされるからにすぎず、言語の著作物の原作品についても、有体物としての面と無体物としての面とがあることは、美術の著作物の原作品におけると同様であり、両者の間に本質的な相違はないと解されるのであつて、所論のように、美術の著作物の原作品についてのみ、著作権の消滅により原作品に対する所有権が無体物の面に対する排他的支配権能までも有することになると解すべき理由はない。そして、美術の著作物の原作品の所有権が譲渡された場合における著作権者と所有権者との関係について規定する著作権法451項、47条の定めは、著作権者が有する権利(展示権、複製権)と所有権との調整を図るために設けられたものにすぎず、所有権が無体物の面に対する排他的支配権能までも含むものであることを認める趣旨のものではないと解される。また、保護期間の満了後においても第三者が美術の著作物の複製物を出版すると、所論のように、美術の著作物の原作品の所有権者に対価を支払つて原作品の利用の許諾を求める者が減少し、原作品の所有権者は、それだけ原作品によつて収益をあげる機会を奪われ、経済上の不利益を受けるであろうことは否定し難いところであるが、第三者の複製物の出版が有体物としての原作品に対する排他的支配をおかすことなく行われたものであるときには、右複製物の出版は単に公有に帰した著作物の面を利用するにすぎないのであるから、たとえ原作品の所有権者に右のような経済上の不利益が生じたとしても、それは、第三者が著作物を自由に利用することができることによる事実上の結果であるにすぎず、所論のように第三者が所有権者の原作品に対する使用収益権能を違法におかしたことによるものではない。原判決が、被上告人の複製物の出版によつては上告人の原作品に対する使用収益権能が物理的に妨げられるものではなく、また、他人の権利の経済的価値の下落をもたらすような結果を生ぜしめる行為であるというだけではこれを違法とはいえない旨判示するのも、その意味するところは、ひつきよう、右に説示したところと同趣旨に帰するものと解されるのである。更に、博物館や美術館において、著作権が現存しない著作物の原作品の観覧や写真撮影について料金を徴収し、あるいは写真撮影をするのに許可を要するとしているのは、原作品の有体物の面に対する所有権に縁由するものと解すべきであるから、右の料金の徴収等の事実は、所有権が無体物の面を支配する権能までも含むものとする根拠とはなりえない。料金の徴収等の事実は、一見所有権者が無体物である著作物の複製等を許諾する権利を専有することを示しているかのようにみえるとしても、それは、所有権者が無体物である著作物を体現している有体物としての原作品を所有していることから生じる反射的効果にすぎないのである。若しも、所論のように原作品の所有権者はその所有権に基づいて著作物の複製等を許諾する権利をも慣行として有するとするならば、著作権法が著作物の保護期間を定めた意義は全く没却されてしまうことになるのであつて、仮に右のような慣行があるとしても、これを所論のように法的規範として是認することはできないものというべきである。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係は、()上告人は、中国唐代の著名な書家である顔真卿真蹟の「顔真卿自書建中告身帖」(以下「自書告身帖」という。)を所有している、()被上告人らは、昭和55830日、和漢墨宝選集第24巻「顔真卿楷書と王・臨書」(以下「本件出版物」という。)を出版した、()本件出版物の第一部は自書告身帖の複製物である、というのである。右事実によれば、自書告身帖は、書という美術の著作物の原作品として、有体物としての面と無体物である美術の著作物としての面とを有するものというべきところ、自書告身帖について著作権が現存しないことは明らかであつて、上告人も、自書告身帖に対する所有権を主張するにとどまり、他方、被上告人らは、自書告身帖の前所有者の許諾を受けてこれを写真撮影した者の承継人から写真乾板を譲り受け、これを用いて本件出版物を製作したものであることは、上告人においてこれを認めるところである。そこで、前記説示に照らして考察すれば、被上告人らの右行為は、被上告人らが適法に所有権を取得した写真乾板を用いるにすぎず、上告人の所有する自書告身帖を使用するなどして上告人の自書告身帖に対する排他的支配をおかすものではなく、上告人の自書告身帖に対して有する所有権をなんら侵害するものではないといわざるをえない。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

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最判/モンタージユ写真(パロディ)は同一性保持権を侵害するか/一個の行為により同一著作物についての著作財産権と著作者人格権とが侵害されたことを理由とする著作財産権に基づく慰藉料請求及び著作者人格権に基づく慰藉料請求と訴訟物の個数/著作者の声望名誉の意義

 

モンタージユ写真(パロディ)は同一性保持権を侵害するか/一個の行為により同一著作物についての著作財産権と著作者人格権とが侵害されたことを理由とする著作財産権に基づく慰藉料請求及び著作者人格権に基づく慰藉料請求と訴訟物の個数/著作者の声望名誉の意義

昭和61530日最高裁判所第二小法廷[昭和58()516]

原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1 被上告人は、写真家として、昭和41427日、オーストリア国チロル州サン・クリストフのアルプス山系において、スキーヤーらが雪山の斜面を波状のシユプールを描きつつ滑降している場景を撮影した原判決添付写真一のカラー写真(以下「本件写真」という。)を製作し、これについて著作財産権及び著作者人格権を取得した。そして、これを昭和4211日付株式会社D社発行の写真集「SKI’67第四集」に被上告人の氏名を表示し複製掲載して発表した。その後、本件写真は、被上告人の許諾のもとに被上告人の氏名を表示しないでF社のカレンダーに複製掲載された。

2 上告人は、Gのペンネームを用いるグラフイツク・デザイナーであるが、右カレンダーに掲載された本件写真を利用し、その左側の一部をカットしてこれを白黒の写真に複製したうえ、その右上にH株式会社の広告に使われた自動車のスノータイヤの写真を合成して原判決添付写真二の白黒写真(以下「本件モンタージユ写真」という。)を作成した。そして、これを昭和45年ころ発行した自作の写真集「I」に掲載して発表したほか、株式会社J社において発行した「週刊現代」同年64日号のグラフ特集「Gの奇妙な世界」にも掲載して発表したが、いずれも本件写真の利用部分につきその著作者としての被上告人の氏名を表示していないし、本件写真を利用することについて、被上告人から同意を得ていない。

3 本件モンタージユ写真からは、本件写真の本質的な特徴部分、すなわち、雪の斜面をシユプールを描いて滑降してきた6名のスキーヤーの部分及び山岳風景の特徴部分を感得することができるものである。

右事実関係のもとにおいて、上告人が、被上告人の同意を得ないでした本件モンタージユ写真の作成、発表は、たとえ、本件モンタージユ写真がパロデイと評価されうるとしても、被上告人が著作者として有する本件写真の同一性保持権を侵害する改変であり、かつ、その著作者としての被上告人の氏名を表示しなかつた点において氏名表示権を侵害したものであつて、違法なものである、とした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。原判決に右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

二 同第一点中慰謝料請求に関する部分について

1 複製権を内容とする著作財産権と公表権、氏名表示権及び同一性保持権を内容とする著作者人格権とは、それぞれ保護法益を異にし、また、著作財産権には譲渡性及び相続性が認められ、保護期間が定められているが(旧著作権法(昭和45年法律第四八号による改正前のもの。以下「法」という。)2条ないし10条、23条等)、著作者人格権には譲渡性及び相続性がなく、保護期間の定めがないなど、両者は、法的保護の態様を異にしている。したがつて、当該著作物に対する同一の行為により著作財産権と著作者人格権とが侵害された場合であつても、著作財産権侵害による精神的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであつて、両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは、訴訟物を異にする二個の請求が併合されているものであるから、被侵害利益の相違に従い著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである。

2 右の点を前提とすると、被上告人の上告人に対する慰謝料請求に関する本件訴訟の経緯は、次のとおりであると認められる。

() 第一審において、被上告人は、上告人による本件モンタージユ写真の作成、発表により被上告人の著作者人格権及び著作財産権が侵害され、その慰謝料は数百万円に達すると主張し、上告人に対し、その一部である50万円及びこれに対する昭和46107日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求し、第一審は、被上告人の右請求を全部認容した。

() 差戻し前の第二審において、被上告人は、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求を適法に取り下げ、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求として、50万円及びこれに対する昭和46107日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める旨申し立てた。

() 原審において、被上告人は、再び著作財産権に基づく慰謝料請求をする旨の申立をし、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求及び著作財産権侵害に基づく慰謝料請求として合計50万円及びこれに対する昭和46107日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払請求をした。そして、原審は、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求を理由がないとして排斥し、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求については、50万円及びこれに対する昭和46107日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払請求を理由があるものとして控訴棄却の判決をした。

そうすると、原審は、結局、著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額との合計額及びこれに対する遅延損害金のみを示し、その内訳を特定していない被上告人の請求について、控訴棄却の判決をしたものであり、右控訴棄却の判決により維持された第一審判決も著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額との合計額及びこれに対する遅延損害金のみが示され、その内訳が特定されていない請求を全部認容したものである(ただし、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求に係る部分については、差戻し前の第二審における訴えの取下げにより失効している。)。

3 したがつて、原審としては、被上告人に対し、その請求に係る慰謝料額及びこれに対する遅延損害金の内訳について釈明を求め、その額を確定したうえ審理判断すべきであつたといわなければならない。しかるに、原審は、右の点につき何ら釈明を求めることなく、前記のとおり判決しているが、右は、釈明権の行使を怠り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中慰謝料請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分については、更に求釈明して審理を尽くさせる必要がある。

三 同第二点二について

原審は、被上告人の著作者人格権に基づく謝罪広告請求を認容すべきものとしているが、その理由の要旨は、次のとおりである。

被上告人は、昭和35年ころから写真家として主に山岳関係の写真の著作発表を続け、本件モンタージユ写真が発表される以前に写真家や写真愛好家の間でその作品の美術的価値を認められ、広く名を知られるに至つていたこと、被上告人は、写真を通して地球の美しさを訴えたいと考えて写真の撮影活動を続けており、本件写真を製作するに当たつても、こうした見地から、美しい自然と人間の調和あるかかわりあいを表現すべく長い間構想を練り、約二か月前から現地に赴いて撮影の場所や方法等を選定したうえ、オーストリア国立スキー学校の校長から本件写真の著作意図について了解を得てその撮影許可を受けるとともに、右学校のスキー教師をモデルとして紹介してもらい、本件写真の撮影に成功したが、その費用は1000万円にも達したこと、被上告人は、本件写真を製作後、昭和44年にアルプスを対象とする写真集「ALPS」を出版し、昭和46年にヒマラヤを対象とする写真集「ヒマラヤ」、「神々の座」を出版し、昭和50年にアメリカ大陸を対象とする写真集「アメリカ大陸」を出版したが、この間、昭和466月に写真集「ALPS」等によつてQ協会から同年度表彰を受け、写真集「ヒマラヤ」によつて昭和471月に毎日芸術賞を、同年3月に芸術選奨文部大臣賞を受け、これらを通じて被上告人は写真家としての地歩を固め、高い評価を受けるようになつたこと、被上告人は、本件モンタージユ写真が発表された当時、自作写真のネガフイルムの使用を許諾するについては、1枚につき原則として20万円の使用料の支払を受け、紛失の場合の賠償金を50万円と約定していたこと、以上の事実に前記のような上告人による本件写真の著作者人格権侵害の態様を併せ考えると、上告人は、本件モンタージユ写真を作成、発表したことにより、本件写真の著作者である被上告人の著作者人格権を侵害し、その社会的名誉を著しく毀損したものといわなければならない。

そして、被上告人の毀損された名誉を回復するためには、被上告人主張のとおりの謝罪広告の掲載を必要とするものと認めるのが相当である。

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

36条ノ2は、著作者人格権の侵害をなした者に対して、著作者の声望名誉を回復するに適当なる処分を請求することができる旨規定するが、右規定にいう著作者の声望名誉とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁昭和451218日第二小法廷判決参照)。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係中には、上告人の被上告人に対する本件著作者人格権侵害行為により、被上告人の社会的声望名誉が毀損された事実が存しないのみならず、右事実関係から被上告人の社会的声望名誉が毀損された事実を推認することもできないといわなければならない。そうすると、被上告人の著作者人格権に基づく謝罪広告請求を認容すべきものとした原判決は、経験則に反して被上告人の社会的声望名誉が毀損されたと認定したか、又は法36条ノ2の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中著作者人格権に基づく謝罪広告請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分について、右の観点に立つて更に事実関係について審理を尽くさせる必要がある。

四 以上によれば、本件については更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すこととする。

 

[参照:原審]

▶昭和580223日東京高等裁判所[昭和55()911]

三 本件著作権の侵害について

1 前記一、二の事実を総合し、本件写真及び本件モンタージユ写真を対照して検討すると、本件モンタージユ写真は、カラーの本件写真の一部を切除し、これに本件写真にないスノータイヤの写真を合成し、これを白黒の写真とした点において、本件写真に改変を加えて利用作成したものということができる。

そして、利用された本件写真部分は、外見的には本件写真そのものと同一ではなくなつたが、本件写真の本質的特徴をなすとみるべき、雪の斜面をシユプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーの部分及び山岳風景の部分中、前者はその全部、後者はなおその特徴をとどめるに足る部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、利用された本件写真部分自体において感得することができるものである。また、本件モンタージユ写真は、これを一見しただけで、右の本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することによつて作成されたものであることを看取しうるものであるから、それが前認定のような非現実的な世界を表現し、本件写真とは別個の思想感情を表現するものと見ることができるとしても、なお本件モンタージユ写真から本件写真の本質的特徴を直接感得しうるというに妨げない

ものである。

してみると、控訴人のした本件写真部分の複製利用は、被控訴人が本件写真の著作者として有する本件写真についての同一性保持権を侵害する改変であるといわなければならず、また、その著作者としての被控訴人の氏名を表示しなかつた点において、氏名表示権を侵害したものといわなければならない。

2 右著作権侵害について、控訴人は、それが違法性を欠き、社会的に許容されるべきものである旨種々主張するので、以下順次検討する。

(一)被控訴人の包括的許諾の主張について

()

(二)本件写真利用の目的態様の相当性の主張について

(1)控訴人は、本件モンタージユ写真がA・I・U社のカレンダーに掲載の本件写真と自動車のタイヤの写真とを組合わせて製作したいわゆるモンタージユ写真で、これにより、本件写真の著作意図とその美術的評価を風刺的に批判し、かつ、自動車公害の現況を風刺したいわゆるパロデイーであつて、このような目的態様に照らし、本件写真の改変利用は社会的にやむをえないものとして許される旨主張する。

成立に争いのない(証拠)並びに原審における証人Dの証言及び控訴人本人尋問の結果によると、すでに公表された著名な著作物をもじり、その内容とは異なる内容のものとしてこれを茶化あるいは風刺する著作物としてパロデイーと称される作品の分野が社会的に存在することが認められ、また、前掲(証拠)並びに原審における証人Dの証言及び控訴人本人尋問の結果によると、全く異質の写真の映像を組合わせて新たな写真を製作することにより、原写真に託された製作意図とは異なるものを表現する方法として、社会的にフオト・モンタージユと称される写真製作の技法が存在すること、本件モンタージユ写真がこの技法によつて製作されたものであつて、控訴人の意図は、本件写真の表現する美観そのものを風刺するとともに自動車公害に悩む現代社会を風刺するパロデイーとするつもりであつたことが認められる。

しかし、著作物について著作者人格権が認められるゆえんは、著作物が思想感情の創作的表白であつて、著作者の知的、かつ、精神的活動の所産として著作者の人格の化体ともいうべき性格を帯有するものであることを尊重し、これを保護しようとすることにあるものであるから、他人の著作物を利用してパロデイーを製作しようとする場合、その表現形式上必然的に原著作物の要部を取込み利用するとともに、その内外両面にわたる表現形式に何らかの改変を加える必要があることは承認せざるをえないところであるが、これを無制限に許容することは、明文の根拠なしに原著作物の著作者人格権を否定する結果を招来し、とうてい容認しがたいところであつて、パロデイーなる文芸作品分野の存在意義を肯認するとしても、原著作物の著作者人格権ことに同一性保持権との関連において、これを保護する法の趣旨を減損しない程度においてなすべき旨の法律上の限界があるものといわざるをえない。こうした見地からみると、控訴人の主観的意図はともかく、本件モンタージユ写真が客観的にその主張のようなパロデイーとして評価されうるとしても、前認定のような態様で本件写真の主要部分を取込み利用してこれに改変を加えた本件モンタージユ写真は、右の限界を超えた違法のものと評さざるをえない。

したがつて、本件モンタージユ写真の製作公表は、これについて被控訴人の同意があれば格別、そうでない限り、被控訴人に認められる本件写真についての著作者人格権を侵害するものとのそしりを免れない。

(2)この点について、さらに控訴人は、本件モンタージユ写真における本件写真の複製利用行為は旧著作権法301項第2に規定する「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」にあたり、偽作として著作権侵害の責を問われるべきものではない旨主張する。

しかし、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められることを要するものと解すべきであり、さらに、旧著作権法183項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用が許されないことは明らかなところであつて、前認定のような態様で本件写真の主要部分を取込み利用した本件モンタージユ写真にあつては、利用された本件写真部分が従たるものとして引用されているということのできないことはいうまでもなく、また被控訴人の本件写真について有する著作者人格権を侵害するものであることも前記のとおりである。

したがつて、旧著作権法301項第2の規定を根拠に本件著作権侵害を否定する控訴人の前記主張も採用しえない。

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最判/出版物の頒布等の仮処分による事前差止めが問題となった事例

 

出版物の頒布等の仮処分による事前差止めが問題となった事例

昭和61611日最高裁判所大法廷[ 昭和56()609]

一 上告人の上告理由第一点()について

憲法212項前段は、検閲の絶対的禁止を規定したものであるから(最高裁昭和591212日大法廷判決)、他の論点に先立つて、まず、この点に関する所論につき判断する。

憲法212項前段にいう検閲とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきことは、前掲大法廷判決の判示するところである。ところで、一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の仮処分による事前差止めは、裁判の形式によるとはいえ、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるとされているなど簡略な手続によるものであり、また、いわゆる満足的仮処分として争いのある権利関係を暫定的に規律するものであつて、非訟的な要素を有することを否定することはできないが、仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであつて、右判示にいう「検閲」には当たらないものというべきである。したがつて、本件において、札幌地方裁判所が被上告人Bの申請に基づき上告人発行の「ある権力主義者の誘惑」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した月刊雑誌「A」昭和544月号の事前差止めを命ずる仮処分命令(以下「本件仮処分」という。)を発したことは「検閲」に当たらない、とした原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

二 上告人のその余の上告理由について

1 論旨は、本件仮処分は、「検閲」に当たらないとしても、表現の自由を保障する憲法211項に違反する旨主張するので、以下に判断する。

() 所論にかんがみ、事前差止めの合憲性に関する判断に先立ち、実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。

() しかしながら、言論、出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてその規制が許されるかについて憲法上慎重な考慮が必要である。

主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもつて自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法211項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される。もとより、右の規定も、あらゆる表現の自由を無制限に保障しているものではなく、他人の名誉を害する表現は表現の自由の濫用であつて、これを規制することを妨げないが、右の趣旨にかんがみ、刑事上及び民事上の名誉毀損に当たる行為についても、当該行為が公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、右行為には違法性がなく、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実であると誤信したことについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がないと解すべく、これにより人格権としての個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和が図られているものであることは、当裁判所の判例とするところであり(昭和44625日大法廷判決、昭和41623日第一小法廷判決参照)、このことは、侵害行為の事前規制の許否を考察するに当たつても考慮を要するところといわなければならない。

() 次に、裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めは、いわゆる事前抑制として憲法211項に違反しないか、について検討する。

() 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。

出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法211項の趣旨(前記()参照)に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、例外的に事前差止めが許されるものというべきであり、このように解しても上来説示にかかる憲法の趣旨に反するものとはいえない。

() 表現行為の事前抑制につき以上説示するところによれば、公共の利害に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分手続によつて求める場合に、一般の仮処分命令手続のように、専ら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為者側の主たる防禦方法は、その目的が専ら公益を図るものであることと当該事実が真実であることとの立証にあるのである(前記()参照)から、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。ただ、差止めの対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によつて、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法二一条の前示の趣旨に反するものということはできない。けだし、右のような要件を具備する場合に限つて無審尋の差止めが認められるとすれば、債務者に主張立証の機会を与えないことによる実害はないといえるからであり、また、一般に満足的仮処分の決定に対しては債務者は異議の申立てをするとともに当該仮処分の執行の停止を求めることもできると解される(最高裁昭和2333日第一小法廷決定、昭和25925日大法廷決定参照)から、表現行為者に対しても迅速な救済の途が残されているといえるのである。

2 以上の見地に立つて、本件をみると、

() 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

()

() 右確定事実によれば、本件記事は、北海道知事選挙に重ねて立候補を予定していた被上告人Bの評価という公共的事項に関するもので、原則的には差止めを許容すべきでない類型に属するものであるが、前記のような記事内容・記述方法に照らし、それが同被上告人に対することさらに下品で侮辱的な言辞による人身攻撃等を多分に含むものであつて、到底それが専ら公益を図る目的のために作成されたものということはできず、かつ、真実性に欠けるものであることが本件記事の表現内容及び疎明資料に徴し本件仮処分当時においても明らかであつたというべきところ、本件雑誌の予定発行部数(第一刷)が二万五〇〇〇部であり、北海道知事選挙を二か月足らず後に控えた立候補予定者である同被上告人としては、本件記事を掲載する本件雑誌の発行によつて事後的には回復しがたい重大な損失を受ける虞があつたということができるから、本件雑誌の印刷、製本及び販売又は頒布の事前差止めを命じた本件仮処分は、差止請求権の存否にかかわる実体面において憲法上の要請をみたしていたもの(前記1()()参照)というべきであるとともに、また、口頭弁論ないし債務者の審尋を経たものであることは原審の確定しないところであるが、手続面においても憲法上の要請に欠けるところはなかつたもの(同()参照)ということができ、結局、本件仮処分に所論違憲の廉はなく、右違憲を前提とする本件仮処分申請の違憲ないし違法の主張は、前提を欠く。

(以下略)

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最判/訴えの提起が違法な行為となる場合

 

訴えの提起が違法な行為となる場合

▶昭和63126日最高裁判所第三小法廷[昭和60()122]

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたつては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがつて、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによつて、直ちに当該訴えの提起をもつて違法ということはできないというべきである。一方、訴えを提起された者にとつては、応訴を強いられ、そのために、弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることのあるのもやむをえないところである。

以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。

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最判/「氏名を正確に呼称される利益」の不法行為法上の要保護性とその判断基準

 

「氏名を正確に呼称される利益」の不法行為法上の要保護性とその判断基準

昭和63216日最高裁判所第三小法廷[昭和58()1311]

氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であつて、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、他人からその氏名を正確に呼称されることについて、不法行為法上の保護を受けうる人格的な利益を有するものというべきである。しかしながら、氏名を正確に呼称される利益は、氏名を他人に冒用されない権利・利益と異なり、その性質上不法行為法上の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえないから、他人に不正確な呼称をされたからといつて、直ちに不法行為が成立するというべきではない。

すなわち、当該他人の不正確な呼称をする動機、その不正確な呼称の態様、呼称する者と呼称される者との個人的・社会的な関係などによつて、呼称される者が不正確な呼称によつて受ける不利益の有無・程度には差異があるのが通常であり、しかも、我が国の場合、漢字によつて表記された氏名を正確に呼称することは、漢字の日本語音が複数存在しているため、必ずしも容易ではなく、不正確に呼称することも少なくないことなどを考えると、不正確な呼称が明らかな蔑称である場合はともかくとして、不正確に呼称したすべての行為が違法性のあるものとして不法行為を構成するというべきではなく、むしろ、不正確に呼称した行為であつても、当該個人の明示的な意思に反してことさらに不正確な呼称をしたか、又は害意をもつて不正確な呼称をしたなどの特段の事情がない限り、違法性のない行為として容認されるものというべきである。更に、外国人の氏名の呼称について考えるに、外国人の氏名の民族語音を日本語的な発音によつて正確に再現することは通常極めて困難であり、たとえば漢字によつて表記される著名な外国人の氏名を各放送局が個別にあえて右のような民族語音による方法によつて呼称しようとすれば、社会に複数の呼称が生じて、氏名の社会的な側面である個人の識別機能が損なわれかねないから、社会的にある程度氏名の知れた外国人の氏名をテレビ放送などにおいて呼称する場合には、民族語音によらない慣用的な方法が存在し、かつ、右の慣用的な方法が社会一般の認識として是認されたものであるときには、氏名の有する社会的な側面を重視し、我が国における大部分の視聴者の理解を容易にする目的で、右の慣用的な方法によつて呼称することは、たとえ当該個人の明示的な意思に反したとしても、違法性のない行為として容認されるものというべきである。

これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、上告人は、韓国籍を有する外国人であり、その氏名は漢字によつて「A」と表記されるが、民族語読みによれば「D」と発音されるところ、被上告人は、昭和5091日及び同月2日のテレビ放送のニユース番組において、上告人があらかじめ表明した意思に反して、上告人の氏名を日本語読みによつて「E」と呼称したというのであるが、漢字による表記とその発音に関する我が国の歴史的な経緯、右の放送当時における社会的な状況など原審確定の諸事情を総合的に考慮すると、在日韓国人の氏名を民族語読みによらず日本語読みで呼称する慣用的な方法は、右当時においては我が国の社会一般の認識として是認されていたものということができる。そうすると、被上告人が上告人の氏名を慣用的な方法である日本語読みによつて呼称した右行為には違法性がなく、民法709条、723条に基づく謝罪、謝罪文の放送及び新聞紙上への掲載並びに慰藉料の支払を求める上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、その余の判断をするまでもなく、結局において正当であるから、首肯するに足りる。所論中違憲をいう部分は、その実質において不法行為に関する法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、原審が不法行為の成立を否定した点につき結局において法令の解釈適用の誤りのないことは、右説示のとおりである。論旨は、採用することができない。

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最判/カラオケ伴奏による客の歌唱につきカラオケ装置を設置したスナック等の経営者が演奏権侵害による不法行為責任を負うとされた事例

 

カラオケ伴奏による客の歌唱につきカラオケ装置を設置したスナック等の経営者が演奏権侵害による不法行為責任を負うとされた事例

昭和63315日最高裁判所第三小法廷[昭和59()1204]

原審の適法に確定したところによれば、上告人らは、上告人らの共同経営にかかる原判示のスナツク等において、カラオケ装置と、被上告人が著作権者から著作権ないしその支分権たる演奏権等の信託的譲渡を受けて管理する音楽著作物たる楽曲が録音されたカラオケテープとを備え置き、ホステス等従業員においてカラオケ装置を操作し、客に曲目の索引リストとマイクを渡して歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオケテープの再生による演奏を伴奏として他の客の面前で歌唱させ、また、しばしばホステス等にも客とともにあるいは単独で歌唱させ、もつて店の雰囲気作りをし、客の来集を図つて利益をあげることを意図していたというのであり、かかる事実関係のもとにおいては、ホステス等が歌唱する場合はもちろん、客が歌唱する場合を含めて、演奏(歌唱)という形態による当該音楽著作物の利用主体は上告人らであり、かつ、その演奏は営利を目的として公にされたものであるというべきである。けだし、客やホステス等の歌唱が公衆たる他の客に直接聞かせることを目的とするものであること(著作権法22条参照)は明らかであり、客のみが歌唱する場合でも、客は、上告人らと無関係に歌唱しているわけではなく、上告人らの従業員による歌唱の勧誘、上告人らの備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、上告人らの設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、上告人らの管理のもとに歌唱しているものと解され、他方、上告人らは、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナツクとしての雰囲気を醸成し、かかる雰囲気を好む客の来集を図つて営業上の利益を増大させることを意図していたというべきであつて、前記のような客による歌唱も、著作権法上の規律の観点からは上告人らによる歌唱と同視しうるものであるからである。

したがつて、上告人らが、被上告人の許諾を得ないで、ホステス等従業員や客にカラオケ伴奏により被上告人の管理にかかる音楽著作物たる楽曲を歌唱させることは、当該音楽著作物についての著作権の一支分権たる演奏権を侵害するものというべきであり、当該演奏の主体として演奏権侵害の不法行為責任を免れない。カラオケテープの製作に当たり、著作権者に対して使用料が支払われているとしても、それは、音楽著作物の複製(録音)の許諾のための使用料であり、それゆえ、カラオケテープの再生自体は、適法に録音された音楽著作物の演奏の再生として自由になしうるからといつて(著作権法附則14条、著作権法施行令附則3条参照)、右カラオケテープの再生とは別の音楽著作物の利用形態であるカラオケ伴奏による客等の歌唱についてまで、本来歌唱に対して付随的役割を有するにすぎないカラオケ伴奏とともにするという理由のみによつて、著作権者の許諾なく自由になしうるものと解することはできない。

右と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見解に立つて原判決を論難するものであって、採用することができない。

(補足意見あり)

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最判/商標権侵害の主張が権利の濫用に当たるとされた事例

 

商標権侵害の主張が権利の濫用に当たるとされた事例

平成2720日最高裁判所第二小法廷[昭和60()1576]

一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1 原審脱退被控訴人(第一審原告)は、繊維製品の製造、卸販売を業とし、昭和33626日商標登録出願、同34612日設定登録、同541129日存続期間の更新登録、指定商品を第36類「被服、手巾、釦鈕及び装身用ピンの類」とする登録番号第536992号の商標権(以下「本件商標権」といい、その商標を「本件商標」という。)を、同4412月ころ、商標登録を受けたDから譲り受けていたが、被上告人は同59417日、原審脱退被控訴人から本件商標権を譲り受け、同年730日その移転登録がされた。被上告人は、右移転登録に伴い、本件が原審に係属中の同5994日、原審脱退被控訴人の上告人に対する一切の損害賠償債権を譲り受けた。

2 上告人は、第一審判決別紙目録()記載の乙標章及び同目録()記載の丙標章を付した、本件商標の指定商品に当たるマフラー(以下「被告商品」という。)を、昭和57年暮までの間販売していた。

3 本件商標は、「POPEYE」の文字を上部に、「ポパイ」の文字を下部にそれぞれ横書し、その中間に、水兵帽をかぶって水兵服を着用し顔をやや左向きにした人物がマドロスパイプをくわえ、錨を描いた左腕を胸に、手を上に掲げた右腕に力こぶを作り、両足を開き伸ばして立った状態に表された、文字と図形の結合から成る。

被告商品の乙標章は、マフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を横書にして成り、丙標章は、マフラーにつけられた吊り札に、帽子をかぶって水兵服を着用し、顔をやや左向きにして口を閉じた人物が、口にマドロスパイプをくわえ、手を上げた右腕に力こぶを作って得意顔で描かれ、その下部に右上り斜めに「POPEYE」の文字が横書された、図形と文字とから成る。

4 漫画「ポパイ」は、1929年(昭和4年)117日、エルジー・クライスラー・シーガーが新聞「ニューヨーク・ジャーナル」に掲載した漫画「THE THIMBLE THEATER」に登場して連載され出すや、たちまち読者の支持を得て、連載のタイトルも「ポパイのシンブル・シアター」となり、作者もこの主人公に実在人物のような愛着を持つようになった。1932年(昭和7年)、マックス・フライシャーの手により映画化されることなどによって、常にマドロスパイプをくわえ、ほうれん草を食べると超人的な腕力を発揮して相手を打ち倒す片目の水夫「ポパイ」は、一個性を持った人物像として、日本国内を含む世界中の人々に親しまれ出した。そして、1938年(昭和13年)にシーガーが死亡した後も、「ポパイ」を主人公とする漫画作家がこれを承継した。1976年(昭和51年)当時の「ポパイ」の漫画作家バッド・サゲンドルフは三代目である。その間、映画、テレビなどを通じて、「ポパイ」の人物像は日本国内を含め、全世界に定着している。

5 アメリカ合衆国の法人であるHインコーポレーテッドは、漫画「THE THIMBLE THEATER」の著作権者であるが、1981年(昭和56年)46日、親会社のIコーポレーションに対して右著作権の独占的利用権を許諾し、同社の一部門であるJシンジケート・ディヴィジョンは、株式会社Kに対し、マフラーを含むスポーツ用品に「ポパイ漫画のキャラクター」を複製することを許諾した。上告人は昭和56年夏ころから同5712月までの間、株式会社Kが右許諾に基づいて製造した被告商品を仕入れて小売店に販売した。

二 第一審において、原審脱退被控訴人が本件商標権に基づいて、上告人に対し被告商品の販売の差止と損害賠償を求めたところ、本件商標権等を譲り受けた被上告人が原審で当事者参加し、本件商標権に基づく被告商品の販売差止と損害賠償を上告人に求めた(原審脱退被控訴人は訴訟から脱退した。)のに対し、原審は右事実関係の下において次のとおり認定判断した上、被告商品の販売の差止と損害賠償の請求を一部認容した第一審判決を変更し、被上告人の請求のうち、1085100円とその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余を棄却した。

1 丙標章が吊り札に使用されていて、専ら商標として使用されていることは明らかであるし、乙標章も、いわゆるワンポイントマークとして用いられていて、商品出所表示機能、品質保証機能を有するので、商標としての機能を備えて使用されていることは明らかである。

2 乙標章及び丙標章は、「ポパイ」という称呼を生じさせる点で本件商標と一致し、また、「ポパイ」なる人物を想起させるから、観念でも本件商標と一致する。

したがって、乙標章及び丙標章は本件商標に類似する。

3 商標法29条は、商標権がその商標登録出願日前に成立した著作権と抵触する場合、商標権者はその限りで商標としての使用ができないのみならず、当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもその差止等を求めることができない旨を規定していると解すべきである。丙標章は、「ポパイ」の人物像を視覚的に表出した図形と、これに付随し一体となって説明的に結合した名称から成るので、原著作物である「THE THIMBLE THEATER」の漫画における想像上の人物である「ポパイ」の複製に当たる。したがって、丙標章は全体として、本件商標権に対する侵害とはならない。

他方、乙標章は「POPEYE」の文字だけから成るが、このような著作物の題名や登場人物の名前は、たとえそれが直ちにキャラクターの姿態を思い浮かべるようなものであっても、著作物から独立した著作物性を持ち得ず、乙標章は著作物の複製とはいえない。したがって、乙標章に関しては、商標法29条によって本件商標権に基づく損害賠償請求を排除することはできない。

4 本件商標登録を無効とする審決が確定していない以上、本件商標登録が公序良俗に反し無効ということはできない。被上告人が「ポパイ漫画のキャラクター」の顧客吸引力にただ乗りする目的で本件商標権を譲り受けたとする上告人主張の事実は認められないのみならず、上告人主張の「ただ乗り」なる概念を「対価を払わずに他人の業績を巧みに利用する」との趣旨だとすれば、それは常に必ずしも違法行為となるとは限らないし、ポパイ漫画のライセンサーであるIコーポレーションが日本で「ポパイ漫画のキャラクター」の商品化事業に乗り出したのは昭和35年ころ以降であって、本件商標の連合商標で「ポパイ」の人物図形と文字とから成る登録商標(登録番号第326206号)の出願がされた昭和14421日当時には、「ポパイ漫画のキャラクター」を登録商標とすることから保護すべき法的利益の対象となるものは存しなかったことなどからすると、被上告人の本件商標権に基づく権利行使が権利の濫用に当たるとすることはできず、ほかに、本件において権利の濫用に該当する事実関係はない。

5 したがって、被上告人の上告人に対する本件商標権侵害に基づく損害賠償請求は、丙標章に関する部分については商標法29条により理由がなく、乙標章に関する部分は、上告人が昭和56年夏ころから同57年暮までに上告人が乙標章を付した被告商品を販売したことにより原審脱退被控訴人の被った1085100円の限度で理由がある。なお、乙標章に関しても、上告人が将来にわたって被告商品を販売する蓋然性の立証はないので、その差止請求は理由がない。

三 しかしながら、右判断中、被上告人の本件商標権に基づく乙標章に対する権利行使が権利の濫用に当たらないものとした部分は首肯することができない。その理由は次のとおりである。

被上告人は、乙標章は、商標としての機能を備えて使用されていて、かつ本件商標に類似しており、しかも、単に「ポパイ」の漫画の主人公の名称を英文で表したものであるから、「ポパイ」の漫画から独立した著作物性がなく、著作物の複製とはいえないことを理由に、乙標章につき本件商標権に基づいてその侵害を理由に損害賠償を求めることが、本件商標権の行使に当たるとして、本訴請求をしている。しかしながら、前記事実関係からすると、本件商標登録出願当時既に、連載漫画の主人公「ポパイ」は、一貫した性格を持つ架空の人物像として、広く大衆の人気を得て世界に知られており、「ポパイ」の人物像は、日本国内を含む全世界に定着していたものということができる。そして、漫画の主人公「ポパイ」が想像上の人物であって、「POPEYE」ないし「ポパイ」なる語は、右主人公以外の何ものをも意味しない点を併せ考えると、「ポパイ」の名称は、漫画に描かれた主人公として想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれてきたものというべきである。したがって、乙標章がそれのみで成り立っている「POPEYE」の文字からは、「ポパイ」の人物像を直ちに連想するというのが、現在においてはもちろん、本件商標登録出願当時においても一般の理解であったのであり、本件商標も、「ポパイ」の漫画の主人公の人物像の観念、称呼を生じさせる以外の何ものでもないといわなければならない。以上によれば、本件商標は右人物像の著名性を無償で利用しているものに外ならないというべきであり、客観的に公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の一つとなっていることに照らすと、被上告人が、「ポパイ」の漫画の著作権者の許諾を得て乙標章を付した商品を販売している者に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すものとして、正に権利の濫用というほかない。

これと異なり上告人の権利の濫用の主張を排斥した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上によれば、乙標章に関する被上告人の本訴請求は理由がないことが明らかであるから、被上告人の本訴請求のうち原判決認容部分は棄却されるべきである。

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最判/詩人の著作物を収録し生存中にその承諾の下に出版された編集著作物の編集に関与した者の編集著作権が否定された事例

 

詩人の著作物を収録し生存中にその承諾の下に出版された編集著作物の編集に関与した者の編集著作権が否定された事例

▶平成5330日最高裁判所第三小法廷[平成4()797]

本件編集著作物である「智惠子抄」は、詩人である高村光太郎が既に公表した自らの著作に係る詩を始めとして、同人著作の詩、短歌及び散文を収録したものであって、その生存中、その承諾の下に出版されたものであることは、原審の適法に確定した事実である。そうすると、仮に光太郎以外の者が「智惠子抄」の編集に関与した事実があるとしても、格別の事情の存しない限り、光太郎自らもその編集に携わった事実が推認されるものであり、したがって、その編集著作権が、光太郎以外の編集に関与した者に帰属するのは、極めて限られた場合にしか想定されないというべきである。

そもそも本件において、光太郎以外の者が「智惠子抄」の編集に携わった事実が存するかをみるのに、所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、この認定したところによれば、()収録候補とする詩等の案を光太郎に提示して、「智惠子抄」の編集を進言したのは、上告人A1の被承継人であり、A2の名称で出版業を営んでいたD(以下、単に「D」という。)であったが、「智惠子抄」に収録されている詩等の選択は、同人の考えだけで行われたものでなく、光太郎も、Dの進言に基づいて、自ら、妻の智惠子に関する全作品を取捨選択の対象として、収録する詩等の選択を綿密に検討した上、「智惠子抄」に収録する詩等を確定し、「智惠子抄」の題名を決定した、()Dが光太郎に提示した詩集の第一次案の配列と「智惠子抄」の配列とで一致しない部分がある、すなわち、詩の配列が、第一次案では、光太郎が前に出版した詩集「道程」の掲載順序によったり、雑誌に掲載された詩については、その雑誌の発行年月順に、同一の雑誌に掲載されたものはその掲載順に配列されていたのに対し、「智惠子抄」では、「荒涼たる歸宅」を除いては制作年代順の原則に従っている、()Dは、第一次案に対して更に二、三の詩等の追加収録を進言したことはあるものの、光太郎が第一次案に対して行った修正、増減について、同人の意向に全面的に従っていた、というのである。

右の事実関係は、光太郎自ら「智惠子抄」の詩等の選択、配列を確定したものであり、同人がその編集をしたことを裏付けるものであって、Dが光太郎の著作の一部を集めたとしても、それは、編集著作の観点からすると、企画案ないし構想の域にとどまるにすぎないというべきである。原審が適法に確定したその余の事実関係をもってしても、Dが「智惠子抄」を編集したものということはできず、「智惠子抄」を編集したのは光太郎であるといわざるを得ない。したがって、その編集著作権は光太郎に帰属したものであり、被上告人が、光太郎から順次相続により右編集著作権を取得したものというべきであって、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

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最判/ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名で使用されて公表された場合における損害賠償請求の可否

 

ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名で使用されて公表された場合における損害賠償請求の可否

平成628日最高裁判所第三小法廷[平成1()1649]

一 被上告人の請求は、上告人の著作に係る「逆転」と題する出版物(以下「本件著作」という。)で被上告人の実名が使用されたため、その刊行により、被上告人が後記の刑事事件につき被告人となり有罪判決を受けて服役したという前科にかかわる事実が公表され、精神的苦痛を被ったと主張して、上告人に対し、慰謝料300万円の支払を求めるものである。

二 これに対して、原審は、概要、後記1ないし3の事実関係を確定した上、要するに、本件著作が出版されたころには、被上告人は、右の事実を他人に知られないことにつき人格的利益を有し、かつ、その利益は、法的保護に値する状況にあったというべきところ、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用してその前科にかかわる事実を公表したことを正当とする理由はなく、また、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用しても違法でないと信ずることに相当な理由もないとして、上告人の被上告人に対する不法行為責任を認め、本件請求を慰謝料50万円の支払を求める限度で認容した一審判決を正当とし、上告人の控訴を棄却した。

1 本件著作は、昭和39816日午前三時ころ、当時アメリカ合衆国の統治下にあった沖縄県宜野湾市aで発生した被上告人ら四名とアメリカ合衆国軍隊に所属するD一等兵及びE伍長との喧嘩が原因となって、Dが死亡し、Eが負傷した事件につき、被上告人ら四名が、同年94日、アメリカ合衆国琉球列島民政府高等裁判所の起訴陪審の結果、Dに対する傷害致死及びEに対する傷害の各罪(適条は我が国の刑法205条及び204条による。)で起訴され、陪審評議の結果、Dに対する関係では、傷害致死の公訴事実については無罪であるが、これに含まれる傷害の公訴事実については有罪、Eに対する関係では、無罪であると答申され、同年116日、Dに対する傷害の罪で、被上告人ほか二名が懲役三年の実刑判決、他の一名が懲役二年、執行猶予二年の有罪判決を受けた裁判を素材とするものである。

2 被上告人は、本件裁判で服役し、昭和4110月に仮出獄した後、沖縄でしばらく働いていたが、本件事件のこともあってうまくいかず、やがて沖縄を離れて上京し、昭和4310月から都内のバス会社に運転手として就職した。被上告人は、その後、結婚したが、会社にも、妻にも、前科を秘匿していた。本件事件及び本件裁判は、当時、沖縄では大きく新聞報道されたが、本土では新聞報道もなく、東京で生活している被上告人の周囲には、その前科にかかわる事実を知る者はいなかった。

3 上告人は、本件裁判の陪審員の一人であったが、その体験に基づき、本件著作を執筆し、本件著作は、昭和528月、株式会社Fから刊行され、ノンフィクション作品として世上高い評価を受け、昭和53年にはG賞を受賞した。

三 所論は、前記の理由で上告人の被上告人に対する不法行為責任を認めた原判決には、憲法違反、判決に影響を及ぼす法令違反、理由不備ないし理由齟齬の違法があるというので、以下、検討する。

1 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(最高裁昭和5641四日第三小法廷判決参照)。この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。

もっとも、ある者の前科等にかかわる事実は、他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであるから、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。また、その者の社会的活動の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もあるといわなければならない(最高裁昭和56416日第一小法廷判決参照)。さらにまた、その者が選挙によって選出される公職にある者あるいはその候補者など、社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない(最高裁昭和41623日第一小法廷判決参照)。

そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。

要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。なお、このように解しても、著作者の表現の自由を不当に制限するものではない。けだし、表現の自由は、十分に尊重されなければならないものであるが、常に他の基本的人権に優越するものではなく、前科等にかかわる事実を公表することが憲法の保障する表現の自由の範囲内に属するものとして不法行為責任を追求される余地がないものと解することはできないからである。この理は、最高裁昭和3174日大法廷判決の趣旨に徴しても明らかであり、原判決の違憲をいう論旨を採用することはできない。

2 そこで、以上の見地から本件をみると、まず、本件事件及び本件裁判から本件著作が刊行されるまでに12年余の歳月を経過しているが、その間、被上告人が社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していた事実に照らせば、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたことは明らかであるといわなければならない。しかも、被上告人は、地元を離れて大都会の中で無名の一市民として生活していたのであって、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。

所論は、本件著作は、陪審制度の長所ないし民主的な意義を訴え、当時のアメリカ合衆国の沖縄統治の実態を明らかにしようとすることを目的としたものであり、そのために本件事件ないしは本件裁判の内容を正確に記述する必要があったというが、その目的を考慮しても、本件事件の当事者である被上告人について、その実名を明らかにする必要があったとは解されない。本件著作は、陪審評議の経過を詳細に記述し、その点が特色となっているけれども、歴史的事実そのものの厳格な考究を目的としたものとはいえず、現に上告人は、本件著作において、米兵たちの事件前の行動に関する記述は周囲の人の話や証言などから推測的に創作した旨断っており、被上告人に関する記述についても、同人が法廷の被告人席に座って沖縄へ渡って来たことを後悔し、そのころの生活等を回顧している部分は、被上告人は事実でないとしている。その上、上告人自身を含む陪審員については、実名を用いることなく、すべて仮名を使用しているのであって、本件事件の当事者である被上告人については特にその実名を使用しなければ本件著作の右の目的が損なわれる、と解することはできない。

さらに、所論は、本件著作は、右の目的のほか、被上告人ら四名が無実であったことを明らかにしようとしたものであるから、本件事件ないしは本件裁判について、被上告人の実名を使用しても、その前科にかかわる事実を公表したことにはならないという。しかし、本件著作では、上告人自身を含む陪審員の評議の結果、被上告人ら四名がDに対する傷害の罪で有罪と答申された事実が明らかにされている上、被上告人の下駄やシャツに米兵の血液型と同型の血液が付着していた事実など、被上告人と事件とのかかわりを示す証拠が裁判に提出されていることが記述され、また、陪審評議において、喧嘩両成敗であるとの議論がされた旨の記述はあるが、被上告人ら四名が正当防衛として無罪であるとの主張がされた旨の記述はない。

したがって、本件著作は、被上告人ら四名に対してされた陪審の答申と当初の公訴事実との間に大きな相違があり、また、言い渡された刑が陪審の答申した事実に対する量刑として重いという印象を強く与えるものではあるが、被上告人が本件事件に全く無関係であったとか、被上告人ら四名の行為が正当防衛であったとかいう意味において、その無実を訴えたものであると解することはできない。

以上を総合して考慮すれば、本件著作が刊行された当時、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたところ、本件著作において、上告人が被上告人の実名を使用して右の事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用すれば、その前科にかかわる事実を公表する結果になることは必至であって、実名使用の是非を上告人が判断し得なかったものとは解されないから、上告人は、被上告人に対する不法行為責任を免れないものというべきである。

3 以上説示したとおり、上告人の被上告人に対する不法行為責任を認めた原審の判断は、正当として是認することができ、所論は採用することができない。

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最判/映画著作物の独占的ビデオ化権者が著作権侵害罪の告訴権を有するとして事例/侵害とみなす行為に著作権侵害罪が適用されるとした事例

 

映画著作物の独占的ビデオ化権者が著作権侵害罪の告訴権を有するとして事例/侵害とみなす行為に著作権侵害罪が適用されるとした事例

平成744日最高裁判所第三小法廷[平成6()582]

二 なお、所論にかんがみ、職権により判断する。

1 映画著作物の著作権者から著作権の一部譲渡を受けたのではなく(著作権法611項参照)、独占的にビデオグラムの形態により複製・頒布・上映することを許諾されたいわゆる独占的ビデオ化権者であっても(同法631項参照)、著作権者の許諾を得ていない者によって当該映画著作物がビデオ化され、著作権が侵害された場合には、刑訴法230条にいう「犯罪により害を被った者」に当たり[注:刑事訴訟法230条は「犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。」と規定する。]、告訴権を有すると解するのが相当である(最高裁昭和451222日第三小法廷判決参照)。したがって、株式会社Bによる本件告訴が有効であるとした原判断は、結論において正当である。

2 著作権法11312号にいう「著作権を侵害する行為によって作成された物を情を知って頒布する行為」が同法1191[注:現119条1項]にいう著作権の侵害に当たるとした原判断は、正当である。

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最判/漫画の登場人物のキャラクターの著作物性/二次的著作物の著作権が生ずる部分/ある登場人物が最初に掲載された連載漫画の著作権の保護期間が満了した後にその登場人物について著作権を主張することの可否/著作権法21条の複製権を時効取得する要件としての権利行使の態様とその立証責任

 

漫画の登場人物のキャラクターの著作物性/二次的著作物の著作権が生ずる部分/ある登場人物が最初に掲載された連載漫画の著作権の保護期間が満了した後にその登場人物について著作権を主張することの可否/著作権法21条の複製権を時効取得する要件としての権利行使の態様とその立証責任

▶平成9717日最高裁判所第一小法廷[平成4()1443]

一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1 被上告人B1と同名のアメリカ合衆国の法人である訴外B1(以下「旧B1」という。)は、アメリカ合衆国において、その社員をして職務上創作させたポパイ等の登場人物を有する一話完結形式の漫画である「シンブル・シアター」を、昭和4年(1929年)117日から新聞、単行本に逐次連載ないし掲載したが、このうち最初に公表された作品である、同日のニューヨーク・イブニング・ジャーナルに掲載された漫画(以下「第一回作品」という。)は、別紙二のとおりの内容であった。ポパイは、「シンブル・シアター」の主人公であって、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえ、腕にはいかりを描き、ほうれん草を食べると超人的な強さを発揮する船乗りとして描かれている。

2 右の一連の漫画の著作権は、旧B1が被上告人B2に吸収合併されたことにより同被上告人に承継され、次いで、昭和18年(1943年)1231日、同被上告人から同日設立された被上告人B1に譲渡された。同被上告人は、昭和19年(1944年)から少なくとも平成元年(1989年)428日現在に至るまで、その社員をして右一連の漫画の続編となるポパイ等の登場人物を有する漫画を職務上創作させて、新聞、単行本に逐次連載ないし掲載している(以下、旧B1及び被上告人B1がその社員に職務上創作させたポパイを登場人物とする一連の漫画を総称して「本件漫画」という。)。旧B1は、昭和13年(1938年)225日、本件漫画のうち第一回作品について著作権登録をし、被上告人B1は、昭和31年(1956年)210日、同被上告人名義でその更新登録をしている。

3 上告人は、昭和575月から別紙一記載の図柄(以下「本件図柄一」という。)を付したネクタイを販売している。

二1 本件訴訟において、被上告人B1は、次のとおり主張して、上告人に対し、著作権に基づく差止請求として、本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求めている。()本件漫画の主人公ポパイは、その容貌、性格等が連載を通じて一貫性を持って描かれており、本件漫画から独立したキャラクターとして漫画とは別個の著作物となるものであるところ、本件図柄一は、ポパイのキャラクターの複製としてその著作権を侵害する、()キャラクターが独立の著作物といえないとしても、本件漫画につき、連載に係る各回の各完結する漫画ごとに著作権が成立し、本件図柄一は、右各漫画におけるポパイの絵の複製として右各漫画の各著作権を侵害する。

これに対して、上告人は、次のとおり主張して、これを争っている。()本件漫画は法人著作であり、昭和4年(1929年)117日に公表された第一回作品の著作権の保護期間は、平成2521日の経過をもって満了したものであるところ、()キャラクターが独立の著作物であるとすれば、本件におけるポパイのキャラクターも法人著作であり、その著作権の保護期間は本件漫画に最初にポパイが登場した第一回作品の公表時から起算すべきであるから、前同日の経過により満了した、()本件漫画につき、連載に係る各回の漫画ごとに著作権が成立し、その保護期間も個別に各公表時から起算するとしても、第一回作品の後に新聞、単行本に連載ないし掲載された漫画(以下「後続作品」という。)の著作権は、後続作品において新たに付与された創作性のある部分についてしか主張することができないというべきである、()本件では、既に第一回作品において主人公ポパイの特徴を備えた絵が表示されており、後続作品に表示されているポパイの絵はその複製にすぎず、本件図柄一は後続作品において新たに付与された創作性のある部分を含むものではないから、後続作品の著作権に基づいて上告人の本件図柄一の使用の差止めを求めることもできない。

2 原審は、次のとおり判断して、被上告人B1の本件漫画の著作権に基づく本件図柄一に関する差止請求を認容した。()ポパイのキャラクターが本件漫画を離れて別個の著作物であるということはできないが、()本件図柄一は本件漫画の主人公ポパイの絵の複製に当たるものであって、()本件漫画については、連載に係る各回の漫画ごとに著作権が成立し、その保護期間も個別に各公表時から起算すべきものであるから、第一回作品の著作権の保護期間が平成2521日の経過をもって満了しても、後続作品には著作権の保護期間が満了していないものがあり、()第一回作品において主人公ポパイの特徴を備えた絵が表示されていても、後続作品のうちいまだ著作権の保護期間が満了していない漫画の著作権に基づいて上告人の本件図柄一の使用の差止めを求めることは許される。

三 しかしながら、原審の右判断のうち()の部分は是認することができない

その理由は、次のとおりである。

1 著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法211号)とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載漫画においては、当該登場人物が描かれた各回の漫画それぞれが著作物に当たり、具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。けだし、キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。したがって、一話完結形式の連載漫画においては、著作権の侵害は各完結した漫画それぞれについて成立し得るものであり、著作権の侵害があるというためには連載漫画中のどの回の漫画についていえるのかを検討しなければならない。

2 このような連載漫画においては、後続の漫画は、先行する漫画と基本的な発想、設定のほか、主人公を始めとする主要な登場人物の容貌、性格等の特徴を同じくし、これに新たな筋書を付するとともに、新たな登場人物を追加するなどして作成されるのが通常であって、このような場合には、後続の漫画は、先行する漫画を翻案したものということができるから、先行する漫画を原著作物とする二次的著作物と解される。そして、二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。けだし、二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付与されているためであって(同法2111号参照)、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないからである。

3 そうすると、著作権の保護期間は、各著作物ごとにそれぞれ独立して進行するものではあるが、後続の漫画に登場する人物が、先行する漫画に登場する人物と同一と認められる限り、当該登場人物については、最初に掲載された漫画の著作権の保護期間によるべきものであって、その保護期間が満了して著作権が消滅した場合には、後続の漫画の著作権の保護期間がいまだ満了していないとしても、もはや著作権を主張することができないものといわざるを得ない。

4 ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ(最高裁昭和5397日第一小法廷判決参照)、複製というためには、第三者の作品が漫画の特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば足りるというべきである。

5 これを本件についてみるに、原審の前記認定事実によれば、第一回作品においては、その第三コマないし第五コマに主人公ポパイが、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえ、腕にはいかりを描いた姿の船乗りとして描かれているところ、本件図柄一は、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえた船乗りが右腕に力こぶを作っている立ち姿を描いた絵の上下に「POPEYE」「ポパイ」の語を付した図柄である。右によれば、本件図柄一に描かれている絵は、第一回作品の主人公ポパイを描いたものであることを知り得るものであるから、右のポパイの絵の複製に当たり、第一回作品の著作権を侵害するものというべきである。

ところで、アメリカ合衆国国民の著作物については、平成元年31日以降はベルヌ条約により、それ以前は万国著作権条約によって我が国がこれを保護する義務を負うことから、日本国民の著作物と同様の保護を受けるところ(著作権法63号参照)、本件漫画は法人著作であり、その著作権の保護期間は公表後50年であって、昭和4年(1929年)117日に公表された第一回作品の著作権の保護期間は、右公表日の翌年である昭和511日を起算日として、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律41項によるアメリカ合衆国国民の著作権についての3794日の保護期間の加算をして算定すると、平成2521日の経過をもって満了したから、これに伴って第一回作品の著作権は消滅したものと認められる。

前記の原審認定事実によれば、本件図柄一は、第一回作品において表現されているポパイの絵の特徴をすべて具備するというに尽き、それ以外の創作的表現を何ら有しないものであって、仮に後続作品のうちいまだ著作権の保護期間の満了していないものがあるとしても、後続作品の著作権を侵害するものとはいえないから、被上告人B1は、もはや上告人の本件図柄一の使用を差し止めることは許されないというべきである。

四 したがって、これと異なる見解に立って、後続作品のうちいまだ著作権の保護期間の満了していない漫画の著作権に基づいて上告人の本件図柄一の使用を差し止めることが許されるとして、被上告人B1が著作権に基づいて本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、同被上告人の請求中、本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める部分につき、原判決は破棄を免れない。そして、右部分につき第一審判決を取り消して、右部分に関する同被上告人の請求を棄却すべきものである。

同第二点について

一 本件において、被上告人B1は、本件漫画の著作権に基づく損害賠償請求として、上告人が昭和57531日から同59531日までの間本件図柄一を付したネクタイを販売したことにより被った損害の賠償を求めている。これに対して、上告人は、次のとおり、本件図柄一の複製権につき取得時効が成立した旨の抗弁を主張している。()Dは、本件図柄一と構成を同じくする商標につき、昭和33626日商標登録出願をし、同34612日に設定登録を受けたが(以下、右の商標権を「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)、同4634日に本件商標権をE株式会社に譲渡して移転登録を経由し、同会社は、同59730日に本件商標権を上告人に譲渡して移転登録を経由したところ、()D及びEは、昭和33626日以降、本件商標権と共に本件図柄一の複製権を継続して行使してきたから、Eは20年の時効期間が経過した昭和53626日に本件図柄一の複製権を時効取得したものであり、()上告人は、Eから本件商標権と共に右複製権を承継した。

二 原審は、()著作権法21条の複製権は、民法163条にいう「所有権以外ノ財産権」に含まれるが、()Dは、昭和33626日に本件商標の商標登録出願を行うに際して、本件漫画の主人公ポパイの絵を複製して本件図柄一を作成することについて被上告人B1の許諾を得ていないから、Dによる本件図柄一の複製は同条にいう「自己ノ為メニスル意思」を欠くとして、上告人の前記取得時効の抗弁を排斥した。

三 原審の右判断のうち()の部分は是認することができないが、次に述べる理由により上告人の右取得時効の抗弁は採用することができないから、結局のところ、原判決の前記説示部分の違法は、その結論に影響しないものというべきである。

1 著作権法21条に規定する複製権は、民法163条にいう「所有権以外ノ財産権」に含まれるから、自己のためにする意思をもって平穏かつ公然に著作物の全部又は一部につき継続して複製権を行使する者は、複製権を時効により取得すると解することができるが、複製権が著作物の複製についての排他的支配を内容とする権利であることに照らせば、時効取得の要件としての複製権の継続的な行使があるというためには、著作物の全部又は一部につきこれを複製する権利を専有する状態、すなわち外形的に著作権者と同様に複製権を独占的、排他的に行使する状態が継続されていることを要し、そのことについては取得時効の成立を主張する者が立証責任を負うものと解するのが相当である。

2 他方、民法163条にいう「自己ノ為メニスル意思」は、財産権行使の原因たる事実によって外形的客観的に定められるものであって、準占有者がその性質上自己のためにする意思のないものとされる権原に基づいて財産権を行使しているときは、その財産権行使は右の意思を欠くものというべきである。これを本件についてみるに、原判決の挙げる、Dが被上告人B1の許諾を得ないで本件図柄一を作成したという事実をもっては、Dがその性質上自己のためにする意思のないものとされる権原に基づいて財産権を行使していたということはできないから(むしろ逆に、Dが同被上告人の許諾を得て本件図柄一を複製したとすれば、そのことからDにおいて自己のためにする意思を欠いていたということができる。)、Dによる本件図柄一の複製が自己のためにする意思を欠くものであるとして上告人の取得時効の抗弁を排斥した原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきである。

3 しかし、原審の認定によれば、上告人の主張する時効期間(昭和33626日から20年)の間、被上告人B1がアメリカ合衆国において本件漫画を新聞、単行本に逐次連載ないし掲載していたほか、同被上告人から本件漫画の著作権について独占的利用権の設定を受けた被上告人B2が我が国において多数の企業との間で本件漫画の使用許諾契約を締結し、右契約に基づいてポパイの絵の付された菓子、文具、衣料、雑貨等の商品が広く市場に流通していたというのであり、加えて、前記のとおり本件図柄一に描かれているポパイの絵は、その姿態等において格別特異な特徴はなく、他のポパイの絵一般と識別すべき特徴が何ら認められないものであって、右によれば、D及びEは、本件漫画における主人公ポパイの絵一般についてはもちろん、本件図柄一に表示されたポパイの絵に限定したとしても、これを複製する権利を独占的、排他的に行使していたということができないから、上告人の取得時効の抗弁は理由がない。

四 そうすると、さきに説示したとおり、本件図柄一は、第一回作品のポパイの絵の複製として、その著作権を侵害するものであるから、上告人が本件図柄一を付したネクタイを右著作権の保護期間の満了前である昭和57531日から同59531日までの間販売したことにより被上告人B1が被った損害については、上告人は著作権の侵害として賠償の責めを負うものというべきである。右によれば、原審の判断は結論において是認することができるから、結局のところ、所論は理由がないことに帰する。論旨は採用することができない。

()

以上によれば、被上告人B1の上告人に対する本件請求のうち、本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める部分については、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、右部分に関する同被上告人の請求を棄却すべきであり、上告人の同被上告人に対するその余の上告及びその余の被上告人らに対する上告は棄却すべきである。

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最判/論評中の他人の著作物の引用紹介に適切を欠く部分があっても全体として正確性を欠くとまではいえないとして当該論評に名誉毀損としての違法性があるということはできないとされた事例/同一性保持権の侵害を否定した事例

 

論評中の他人の著作物の引用紹介に適切を欠く部分があっても全体として正確性を欠くとまではいえないとして当該論評に名誉毀損としての違法性があるということはできないとされた事例/同一性保持権の侵害を否定した事例

平成10717日最高裁判所第二小法廷[平成6()1082]

一 本件は、上告人の著作物について被上告人B1の執筆、公表した評論が上告人の名誉を毀損するものであるとして、上告人が被上告人らに対して損害賠償等を請求するものであり、前提となる事実関係の概要は、次のとおりである。

1 上告人は、昭和5212月に株式会社D新聞社から発行された「ベトナムはどうなっているのか?」と題する書籍を執筆し、その176ないし178頁において、「12人の集団″焼身自殺″事件」との見出しの下に、「去年の612日」にカントーでベトナムの僧尼が焼死した事件(以下「本件焼死事件」という。)が堕落・退廃した僧侶の無理心中事件であるなどとするベトナム愛国仏教会副会長E師の談話の紹介等を内容とする記述(以下「本件著作部分」という。)をした。

2 被上告人B1は、被上告人株式会社B2発行の月刊雑誌「諸君!」昭和565月号に、「今こそ『ベトナムに平和を』」と題する評論を執筆し、その58ないし63頁において、本件焼死事件はベトナム政府の宗教政策に抗議する集団自殺であったとした上、本件著作部分に関する上告人の執筆姿勢を批判する内容の記述(以下「本件評論部分」という。)をした。

3 本件評論部分は、全体で300行を超える分量のものであり、「A記者の報道」という見出しが付された部分、「焼身自殺か無理心中か」という見出しが付された部分(以下「中段部分」という。)及び「真実の探究」という見出しが付された部分(以下「後段部分」という。)の三部分から構成されている。

4  中段部分は、全体の長さが55行であり、その内容は、「この事件について、A記者は『焼身自殺などというものとは全く無縁の代物』、『堕落と退廃の結果』であるといっている。」という三行の文章で始まり、続いて、本件著作部分がその第一段落及び末尾の注を除いて引用されており、その引用部分は、若干の加除訂正があるものの、おおむね本件著作部分を正確に表現している。

5 後段部分は、全体の長さが76行であり、その内容は、「何より問題なのは、A記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いていることである。」、「従ってカントーの事件でもA記者は現場に行かず、行けずに、この十二人の僧尼の運命について政府御用の仏教団体の公式発表を活字にしているのである。」、「もちろん逃げ道は用意されている。A記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントはいっさい避けている。なんともなげやりな書き方ではないか。」、「誤りは人のつねといっても、誤るにも誤りかたがあるというもので、十二人の殉教を″セックス・スキャンダル″と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言訳はできまい。」などとして、本件焼死事件が無理心中事件であるとするE師の談話をそのまま紹介した上告人の執筆姿勢を批判するものである。

二 他人の言動、創作等について意見ないし論評を表明する行為がその者の客観的な社会的評価を低下させることがあっても、その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、意見ないし論評の前提となっている事実の主要な点につき真実であることの証明があるときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するものでない限り、名誉毀損としての違法性を欠くものであることは、当審の判例とするところである(最高裁平成元年1221日第一小法廷判決、最高裁平成999日第三小法廷判決参照)。そして、意見ないし論評が他人の著作物に関するものである場合には、右著作物の内容自体が意見ないし論評の前提となっている事実に当たるから、当該意見ないし論評における他人の著作物の引用紹介が全体として正確性を欠くものでなければ、前提となっている事実が真実でないとの理由で当該意見ないし論評が違法となることはないものと解すべきである。

三 これを本件について見ると、本件評論部分は、被上告人B1が上告人の著作物である本件著作部分を論評するものであり、その前提として中段部分において本件著作部分の内容を引用紹介している。そのうち冒頭の三行は、本件焼死事件に関する本件著作部分の記述がE師の談話をそのまま紹介したものではなく上告人自身の認識、判断であるかのような内容となっており、これが本件著作部分の内容を要約して紹介するものとして適切を欠くものであることは否めない。しかし、前記一5記載の後段部分の記述を併せて読むならば、本件評論部分は、専ら上告人が本件焼死事件に関するE師の談話をその真偽を確認しないでそのまま「鸚鵡返しに」紹介したことを批判するものであって、その内容が上告人自身の認識、判断であるとしてこれを批判するものではなく、そのことは、本件評論部分を通読する一般読者にとって明白であるということができる。中段部分冒頭の三行が本件著作部分の引用紹介として適切を欠くものであることは、前記のとおりであるが、その適切を欠く引用紹介の内容が右批判の前提となっているわけでもない。したがって、本件評論部分は、全体として見れば、本件著作部分の内容をほぼ正確に伝えており、一般読者に誤解を生じさせるものではないから、本件評論における本件著作部分の引用紹介が全体として正確性を欠くとまではいうことができず、その点で本件評論部分に名誉毀損としての違法性があるということはできない。そして、被上告人B1の本件評論部分の執筆、公表は、公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり、また、意見ないし論評としての域を逸脱するものであるともいえないから、これが不法行為に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

()

著作権法20条に規定する著作者が著作物の同一性を保持する権利(以下「同一性保持権」という。)を侵害する行為とは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加える行為をいい、他人の著作物を素材として利用しても、その表現形式上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作物の同一性保持権を侵害しないと解すべきである(昭和55328日第三小法廷判決参照)。

これを本件について見ると、被上告人B1が執筆した本件評論部分の中段部分冒頭の三行は、前記のとおり、上告人の本件著作部分の内容を要約して紹介するものとして適切を欠くものであるが、本件著作部分の内容の一部をわずか三行に要約したものにすぎず、三八行にわたる本件著作部分における表現形式上の本質的な特徴を感得させる性質のものではないから、本件著作部分に関する上告人の同一性保持権を侵害するものでないことは明らかである。また、論旨は被上告人B1により本件著作部分の改ざん引用及び恣意的引用がされたというが、その趣旨は、いずれも、本件著作部分がE師の談話をそのまま掲載したものであるにもかかわらず、被上告人B1によりこれが上告人自身の判断であるかのように利用されたというものであって、その外面的な表現形式における改変をいうものではない。したがって、被上告人B1の行為が上告人の本件著作部分に関する同一性保持権を侵害しないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。

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最判/印刷用書体の著作物性

 

印刷用書体の著作物性

▶平成1297日最高裁判所第一小法廷[平成10()332]

一 著作権法211号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ、印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。この点につき、印刷用書体について右の独創性を緩和し、又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると、この印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれがあり(著作権法19条ないし21条、27条)、著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。また、印刷用書体は、文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ、これが一般的に著作物として保護されるものとすると、著作権の成立に審査及び登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては、わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される。

二 これを本件について見ると、原審の確定したところによれば、第一審判決別紙目録(三)の書体を含む一組の書体(ゴナU)及び同目録(四)の書体を含む一組の書体(ゴナM。以下、ゴナUと併せて「上告人書体」という。)は、従来から印刷用の書体として用いられていた種々のゴシック体を基礎とし、それを発展させたものであって、「従来のゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザインとする」とはいうものの、「文字本来の機能である美しさ、読みやすさを持ち、奇をてらわない素直な書体とする」という構想の下に制作され、従来からあるゴシック体のデザインから大きく外れるものではない、というのである。右事情の下においては、上告人書体が、前記の独創性及び美的特性を備えているということはできず、これが著作権法211号所定の著作物に当たるということはできない。

また、このように独創性及び美的特性を備えていない上告人書体が、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約上保護されるべき「応用美術の著作物」であるということもできない。

三 結論

以上のとおり、上告人書体が著作物とはいえないとした原審の主位的請求に関する判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

なお、予備的請求に関しては、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

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最判/メモリーカードの使用がゲームソフトの著作者の有する同一性保持権を侵害するとされた事例

 

メモリーカードの使用がゲームソフトの著作者の有する同一性保持権を侵害するとされた事例

▶平成13213日最高裁判所第三小法廷[平成11()955]

1 事案の概要

本件は,コンピュータ用ゲームソフト「D」(以下「本件ゲームソフト」という。)について著作者人格権を有する被上告人が,商品名「X-TERMINATOR PS版 第2号 E」というメモリーカード(以下「本件メモリーカード」という。)を輸入,販売する上告人の行為は,被上告人の有する同一性保持権を侵害するものであると主張して,慰謝料を請求する事案である。

原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,本件ゲームソフトについて著作者人格権を有する。本件ゲームソフトは,ゲームを行う主人公(プレイヤー)が架空の高等学校の生徒となって,設定された登場人物の中からあこがれの女生徒を選択し,卒業式の当日,この女生徒から愛の告白を受けることを目指して,3年間の勉学や出来事,行事等を通してあこがれの女生徒から愛の告白を受けるのにふさわしい能力を備えるための努力を積み重ねるという内容の恋愛シミュレーションゲームである。

本件ゲームソフトにおいては,プレイヤーの能力値として9種類の表パラメータ(体調,文系,理系,芸術,運動,雑学,容姿,根性及びストレス)及び3種類の隠しパラメータ(女生徒のプレイヤーに対する評価を示すときめき度,友好度及び傷心度。以下,表パラメータと併せて「パラメータ」という。)の初期値が設定されている。そして,プレイヤーが選択できるコマンドが予め設定されるとともに,コマンドの選択により上昇するパラメータと下降するパラメータとが連動するように設定されており,プレイヤーが到達したパラメータの数値いかんにより女生徒から愛の告白を受けることができるか否かが決定される。本件ゲームソフトにおいては,初期設定の主人公の能力値からスタートし,あこがれの女生徒から愛の告白を受けることを目標として主人公自身の能力を向上させていくことが中核となるストーリーであり,その過程で主人公の能力値の達成度等に応じて他の女生徒との出会いがあるという設定となっており,そのストーリーは,一定の条件下に一定の範囲内で展開されるものである。

(2) 上告人は,本件メモリーカードを輸入し,522個販売した。本件メモリーカードには,データの記憶単位(ブロック1ないし13)に本件ゲームソフトで使用されるパラメータがデータとして収められ,プレイヤーは,本件ゲームソフトのプログラムを実行するに当たり,本件メモリーカードの任意のブロック内のデータをゲーム機のハードウエアに読み込んで,そのデータを使用することができる。

(3) 本件ゲームソフトにおいては,主人公の能力値が低い段階からスタートし,コマンドの選択により上昇するパラメータと下降するパラメータとが連動する形で設定されているため,最も効率よく表パラメータの数値を上昇させることができたとしても,卒業間近の時点で特定少数の表パラメータを高数値にするのが限度であり,プレイヤーの主体的な操作のみで9種類の表パラメータのほとんどを高数値にすることはできない。また,表パラメータの数値が一定値に達する時期までは女生徒が登場しない前提でストーリーの展開が図られている。

これに対し,本件メモリーカードのブロック1ないし11のデータを使用すると,入学直後の時点でストレス以外の表パラメータのほとんどが極めて高い数値となり,これがあこがれの女生徒に合った達成度でプレイできるような数値である結果,入学当初から本来は登場し得ない女生徒が登場する。

また,本件メモリーカードのブロック12又は13のデータを使用すると,ゲームスタート時点が卒業間近の時点に飛び,その時点でストレス以外のすべての表パラメータの数値が本来ならばあり得ない高数値に置き換えられ,かつ,あこがれの女生徒から愛の告白を受けるのに必要な隠しパラメータの数値を充たすようにデータが収められており,必ずあこがれの女生徒から愛の告白を受けることができるようになっている。

2 上告代理人の上告受理申立て理由四について

本件ゲームソフトの影像は,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものとして,著作権法2条1項1号にいう著作物ということができるものであるところ,前記事実関係の下においては,本件メモリーカードの使用は,本件ゲームソフトを改変し,被上告人の有する同一性保持権を侵害するものと解するのが相当である。けだし,本件ゲームソフトにおけるパラメータは,それによって主人公の人物像を表現するものであり,その変化に応じてストーリーが展開されるものであるところ,本件メモリーカードの使用によって,本件ゲームソフトにおいて設定されたパラメータによって表現される主人公の人物像が改変されるとともに,その結果,本件ゲームソフトのストーリーが本来予定された範囲を超えて展開され,ストーリーの改変をもたらすことになるからである。

以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず,採用することができない。

3 同五について

本件メモリーカードは,前記のとおり,その使用によって,本件ゲームソフトについて同一性保持権を侵害するものであるところ,前記認定事実によれば,上告人は,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,多数の者が現実に本件メモリーカードを購入したものである。そうである以上,上告人は,現実に本件メモリーカードを使用する者がいることを予期してこれを流通に置いたものということができ,他方,前記事実によれば,本件メモリーカードを購入した者が現実にこれを使用したものと推認することができる。そうすると,本件メモリーカードの使用により本件ゲームソフトの同一性保持権が侵害されたものということができ,上告人の前記行為がなければ,本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害が生じることはなかったのである。したがって,専ら本件ゲームソフトの改変のみを目的とする本件メモリーカードを輸入,販売し,他人の使用を意図して流通に置いた上告人は,他人の使用による本件ゲームソフトの同一性保持権の侵害を惹起したものとして,被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。

所論の点に関する原審の判断は,結論において正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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