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著作権コンサルタントをしています。クリエーターの卵から世界的に著名なアーティストまで、コンテンツビジネスや著作権にかかわる法律問題について、グローバルに支援しています。 カネダ著作権事務所 http://www.kls-law.org/
ラベル 重要判例<著作権を侵害するか> の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2025年11月27日木曜日

判例/リンクの貼り付けは公衆送信権の侵害となるか

 

リンクの貼り付けは公衆送信権の侵害となるか

▶平成250620日大阪地方裁判所[平成23()15245]

公衆送信権侵害の有無について

(1) 被告は本件動画を送信可能化したか

原告は,被告において,本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックすると,本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にしたことが,本件動画の「送信可能化」(法2条1項9号の5)に当たり,公衆送信権侵害による不法行為が成立する旨主張する。

しかし,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,被告は,「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画の引用タグ又はURLを本件ウェブサイトの編集画面に入力することで,本件動画へのリンクを貼ったにとどまる。

この場合,本件動画のデータは,本件ウェブサイトのサーバに保存されたわけではなく,本件ウェブサイトの閲覧者が,本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックした場合も,本件ウェブサイトのサーバを経ずに,「ニコニコ動画」のサーバから,直接閲覧者へ送信されたものといえる。

すなわち,閲覧者の端末上では,リンク元である本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態に置かれていたとはいえ,本件動画のデータを端末に送信する主体はあくまで「ニコニコ動画」の管理者であり,被告がこれを送信していたわけではない。したがって,本件ウェブサイトを運営管理する被告が,本件動画を「自動公衆送信」をした(法2条1項9号の4),あるいはその準備段階の行為である「送信可能化」(法2条1項9号の5)をしたとは認められない。

(2) 幇助による不法行為の成否

ところで,原告の主張は,被告の行為が「送信可能化」そのものに当たらないとしても,「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画にリンクを貼ることで,公衆送信権侵害の幇助による不法行為が成立する旨の主張と見る余地もある。

しかし,「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画は,著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることが,その内容や体裁上明らかではない著作物であり,少なくとも,このような著作物にリンクを貼ることが直ちに違法になるとは言い難い。そして,被告は,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき,原告から抗議を受けた時点,すなわち,「ニコニコ動画」への本件動画のアップロードが著作権者である原告の許諾なしに行われたことを認識し得た時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。

このような事情に照らせば,被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことは,原告の著作権を侵害するものとはいえないし,第三者による著作権侵害につき,これを違法に幇助したものでもなく,故意又は過失があったともいえないから,不法行為は成立しない。

(3) 小括

以上より,公衆送信権侵害の不法行為が成立する旨の原告の主張は採用できない。

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2025年11月21日金曜日

判例/同じ性描写が要素の文章とイラストの侵害性が争われた事例

 

同じ性描写が要素の文章とイラストの侵害性が争われた事例

▶令和3330日東京地方裁判所[令和1()30833]▶令和3930日知的財産高等裁判所[令和3()10036]

[控訴審]

1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。

2 控訴人の当審における補充主張について

(1) 被告イラストが原告文章の翻案に当たるとの点について

既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないことは引用する原判決が説示するとおりである。

本件についてみると,被告イラストは,原告文章と同じく,原作である「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定に依拠して,身長差のある同性の2人が,壁に掴まりながら特定の体位で性交渉を行うという描写において,原告文章と同一性を有するにとどまるものであり,こうした描写自体は,アイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分である。

そうすると,原告文章を全体として見た場合に一定の創作性が認められる余地があるとしても,前述のとおり,被告イラストは,原告文章のうちアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないのであるから,原告文章の翻案に当たるものでないことは明らかというべきである。

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(2) 被告文章が原告イラストの翻案に当たるとの点について

被告文章は,原作である「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定に依拠して,原作に登場する2人の人物が性交渉後に,身長の低く若い人物(ルフィ)が失禁したと勘違いし,動揺をしている描写設定において,原告イラストと同一性を有するに止まり,こうした描写設定は,同性間の性交渉を描写するに当たってのアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性があるとはいえない部分である。そうすると,原告イラストを全体として見た場合に一定の創作性が認められる余地があるとしても,前述のとおり,被告文章は,原告イラストのうちアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないのであるから,原告イラストの翻案に当たるものでないことは明らかというべきである。

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2025年11月17日月曜日

判例/アルファベット文字を装飾したものの創作性及び侵害性を否定した事例/店舗に使用するピクトグラムの侵害性を否定した事例

 

アルファベット文字を装飾したものの創作性及び侵害性を否定した事例/店舗に使用するピクトグラムの侵害性を否定した事例

令和元年521日東京地方裁判所[平成29()37350]▶令和元年1023日知的財産高等裁判所[令和1()10045]

そこで,これらが,反訴原告の著作権を侵害するものであるかについて検討する。

イ 反訴被告標章1,2及び5の作成,使用等によって,反訴原告標章1,2及び5についての反訴原告の複製権又は翻案権が侵害されるか否かを検討するため,反訴被告標章1と反訴原告標章1が同一性を有する部分についてみると,これらは,深緑色の長方形(横長)の中に白いアルファベット文字が配置されていること,そのアルファベット文字の書体,大きさ,文字間の間隔及び配置のバランス,全ての文字が円の構成要素とされていること,「OFF」と「USE」のアルファベット文字の上部に三つの白丸で弧を描くような装飾が施されていることなどで共通している。

アルファベット文字について著作物性を肯定するためには,その文字自体が鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。反訴被告標章1と反訴原告標章1のアルファベット文字が反訴被告の店舗で使用等をするために様々な工夫を凝らしたものであることは反訴原告が主張するとおりであるとしても,それらの工夫による反訴被告標章1と反訴原告標章1のアルファベット文字は,いずれも「オフハウス」という名称をよりよく周知,伝達するという実用的な機能を有するも のであることを離れて,それらが鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えるに至っているとは認められない。また,その余の共通点については,いずれもアイデアが共通するにとどまるというべきであり,仮にアイデアの組合せを新たな表現として評価する余地があるとしても,それらはありふれたものであるといわざるを得ないから創作性は認められない。

したがって,反訴原告標章1と反訴被告標章1は,表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないから,仮に反訴原告標章1が著作物であるとしても,反訴被告標章1を作成等する行為は反訴原告の複製権又は翻案権を侵害するものとはいえない。また,上記と同様の理由から,反訴被告標章2及び5を作成等する行為についても反訴原告の複製権又は翻案権を侵害するものではない。

ウ 反訴被告ピクトグラムの作成,使用等により反訴原告ピクトグラムについての反訴原告の著作権が侵害されるか否かを検討するため,反訴原告ピクトグラムと反訴被告ピクトグラムが同一性を有する部分についてみると,反訴原告ピクトグラムと反訴被告ピクトグラムは,いずれも,反訴被告で取り扱う商品である具体的な工業製品の外観を示した図といえるものである。そして,これらは,Tシャツの前部中央に表示された表現が異なる反訴原告ピクトグラム4-01ないし4-03及び反訴被告ピクトグラム4-01ないし4-03を除く全てについて,具体的な形状が異なる製品を選択してこれを表現したものである。したがって,反訴原告ピクトグラムと反訴被告ピクトグラムは,基本的に,同じジャンルの製品を選択してその外観を表している点において共通するにとどまるといえるものである。また,反訴原告ピクトグラムと反訴被告ピクトグラムにおいて,選択された製品の配置の角度,複数の製品の種類の選択,レイアウトにおいて共通するものはあるが,これらは,いずれも,アイデアであるか同種の表現を行うに当たり通常考え得るありふれた表現といえるものであり,反訴原告ピクトグラムと反訴被告ピクトグラムが創作性のある部分において共通するとはいえない。また,反訴原告ピクトグラム4-01ないし4-03及び反訴被告ピクトグラム4-01ないし4-03におけるTシャツの形状は概ね同じであるが,これらは極めてありふれたTシャツの形状であり,その形状についての表現に創作性があるとは認められない。

これらを考慮すると,反訴原告ピクトグラムと反訴被告ピクトグラムは,表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないから,仮に反訴原告ピクトグラムの全部又はその一部が著作物であるとしても,反訴被告ピクトグラムを作成等する行為は反訴原告の複製権又は翻案権を侵害するものではない。

[控訴審同旨]

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判例/「姓名学」に関する書籍の侵害性を否定した事例

 

「姓名学」に関する書籍の侵害性を否定した事例

平成141126日東京地方裁判所[平成14()5467]

1 争点(1)について

(1) 原告は,被告書籍の本件対比表の部分につき,被告書籍は原告書籍を翻案したもので,原告書籍を掲載した被告書籍の発行販売は,原告書籍の著作権を侵害するものであると主張しているところ,翻案が認められるためには,被告書籍が原告書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することができなければならず,表現上の創作性がない部分において同一性を有するに過ぎない場合は,翻案には当たらないと解される。

そこで,以下,対比表に従って,原告書籍及び被告書籍について上記の点を判断する。

(2) 対比表1について

ア 原告書籍では「一という數は天地の始め萬有の基であつて」と記載されているのに対し,被告書籍では「●単数1はすべての始まり」,「1は万物の始まりです。宇宙に存在するすべてのものの根源です。」と記載されているところ,両者はいずれも1という数字に関して,始まりを意味するものであるという点で共通しているが,原告書籍では,始まりの対象は「天地」であるのに対して,被告書籍では「すべて」,「万物」と異なっており,また,原告書籍の「萬有の基」と被告書籍の「宇宙に存在するすべてのものの根源」は,似た意味を有するものの,具体的な表現は異なっており,必ずしも同じではない。そして,これらを姓名判断に用いることは,アイデアである(以下,(3)ないし(11)につき,個々の数に関する説明を姓名判断に用いることは,同様にアイデアである。)。

イ また,原告書籍では「自ら獨立,單行,健全,發達,富貴,名誉,幸福等の暗示が生れて來る。」と記載されているのに対し,被告書籍では「自立心,勇気,進展といった意味を持ちます。」と記載されているところ,その表現は明らかに異なっている。

ウ 上記部分以外の記載部分に関しては,両者の表現に共通する部分は認められない。

エ したがって,対比表1の部分について,被告書籍が原告書籍を翻案したということはできない。

(3) 対比表2について

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(13) 対比表12について

当該部分は,1から81の数字に関する記述部分である。

しかし,これらの原告書籍に関する部分は,単語又は極めて短い文章であって,その表現に特に特徴的な言葉が用いられているとも認められないから,それらの点に被告書籍と共通する部分があるからといって,表現上の創作性を有するものとして著作権法によって保護される著作物に該当する部分について共通するものと認めることはできない。したがって,当該部分について,被告書籍が原告書籍を翻案したということはできない。

(14) 以上検討したように,対比表の部分すべてにつき,被告書籍は原告書籍を翻案したものであると認めることはできない。

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判例/営業戦略のマネジメント書籍の侵害性が争点となった事例

 

営業戦略のマネジメント書籍の侵害性が争点となった事例

▶平成19830日東京地方裁判所[平成18()5752]▶平成200212日知的財産高等裁判所[平成19()10079]

[控訴審]

当裁判所の判断は,当審における当事者の主張につき,以下のとおり付加するほか,原判決のとおりであるから,これを引用する。

1 争点1(被告書籍が原告書籍等の複製又は翻案であるか)について

(1) 被告著作物追加目録4(被告書籍131頁,134頁,135頁)について

原告著作物追加目録4の230頁には,「たった1枚の名刺でキーマンを虜にする」という見出しがあって,その見出しに続いて,本文において名刺の活用が記載されている。被告著作物追加目録4には,「やっともらった『たった1枚の名刺』でキーマンを虜にするには」と語句が記載され,その全体が四角の枠で囲まれ,その下方に矢印が記載され,矢印の下方に,「何をすれば…『もう,まいった!』と言わせられるか」との語句が記載されている。

上記原告著作物追加目録4と上記被告著作物追加目録4において共通するのは,「たった1枚の名刺でキーマンを虜にする」との表現であるが,これは平凡な表現によりなる短文であり,これに創作性を認めることはできない。

また,原告著作物追加目録4の232頁には,四角の枠内の上部に「たった1枚の名詞の活用で…」と大きく書かれ,その下方に,四角の枠で囲まれた「キーマンをマイッタ!と唸らせる術」との語句が記載され,その周りに,「今のライバルのサービスに満足」,「来てもムダ」などの語句が記載されている。被告著作物追加目録4には,上記のとおり,矢印の下方に,「何をすれば…『もう,まいった!』と言わせられるか」との語句が記載されている。

上記被告著作物追加目録4と上記原告著作物追加目録4において共通するのは,「まいった」という表現で,これは,キーマンをまいったと言わせるという意味であると認められるが,このような語句に創作性を認めることはできない。

控訴人らは,たった1枚の名詞でキーマンをとりこにするとの部分は,必ずしも通常の使用例とは異なり,また,まいったとの表現も通常の使用例と異なり,通常の用語でないものを組み合わせて創作したものであり,創作性として十分である旨主張するが,いずれの使用例も日常普通に経験するものであり,このような短い表現,語句を2つ組み合わせたという程度では,これに創作性があると認めることはできない。

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(3) 被告新規著作物目録5(118,119頁)について

原告新規著作物目録5の1には,顧客のキーマンの心理の変化として,「(1) オヤ,この営業マンは『違う』……『でも売り込みだから』」,「(2) アラ,『彼は一味違うな』……『でも買う意思はないよ』」,「(3) ウム,『そこまで気配りが』……『彼はなかなかいいセンスだ』」,「(4) エ!『サスガだよ』……『彼に会うのが楽しみだ』」,「(5) ムムム……『まいった!』……「何かお礼してあげないと……』」,「(6) ウソー……『凄い』……『ともかくサンプル発注を……』」との記載があり,同著作物目録5の2,3にも,類似の記載がある。

被告新規著作物目録5(118頁)には,「お客様の反応の変化を知る」との表題のもと,客の反応をステップ1ないし6として記載し,それぞれ,「注意を引く」,「興味をもつ」,「欲しい」,「記憶する」,「行動する」,「満足する」というものであり,「アレ?」,「オヤー」,「アラ」,「ウムー」,「スゴイ!」,「マイッタ!!」というものであると記載し,また,被告新規著作物目録5(119頁)には,「お客さま」として示された人の形をした図の横に,6個の吹き出しが記載され,その吹き出しの中に,上から順に,「マイッタ!!」,「スゴイ!」,「ウムー」,「アラ」,「オヤー」,「アレ?」と記載されている。

原告新規著作物目録5の1ないし3は,顧客の心理の変化を6段階で示し,それを感嘆詞と顧客の心理の具体的内容とともに描写するものであるのに対し,被告新規著作物目録5は,顧客の心理の変化を6段階で示し,それを簡単な感嘆詞で表現するものである。顧客の心理の変化を6段階で示すことや,それを簡単な感嘆詞で表現すること自体は着想であって,著作権法で保護されるものではない。そして,被告新規著作物目録5は,6種の感嘆詞を用いて心理の変化を表現しているが,原告新規著作物目録5の1ないし3には存在する,顧客の心理の具体的内容の描写がないことに,原告新規著作物目録5の1で使用されている感嘆詞と,感嘆詞自体やその順序において異なることから,被告新規著作物目録5は,原告新規著作物目録5の1ないし3の複製又は翻案には当たらない。

控訴人らは,被告新規著作物目録5の感嘆詞や顧客の反応のステップは被告著作物目録1に現れる感嘆詞やステップに対応すること,被告著作物目録1は原告著作物目録1の1,2の1,3の1・2の複製に当たることから,被告新規著作物目録5は,原告新規著作物目録5の1(原告著作物目録1の1と同じ),同5の2(原告著作物目録2の1と同じ),同5の3(原告著作物目録3の1と同じ)の複製又は翻案とすべきである旨主張する。

しかし,被告著作物目録1は,原告新規著作物目録5の1ないし3と同様,顧客の心理の変化を6段階で示し,それを感嘆詞と顧客の心理の具体的内容とともに表現したものであり,顧客の心理の具体的内容についての表現において,被告著作物目録1と原告新規著作物目録5の1ないし3は実質的に同一といえるものであるが,被告新規著作物目録5は,顧客の心理の具体的内容は記載せず,被告著作物目録1と被告新規著作物目録5は,仮に感嘆詞などの一部が共通であったとしても,全体として異なった表現といえるものである。したがって,被告著作物目録1が,控訴人らの著作物の複製であることを理由として,被告新規著作物目録5が,控訴人らの著作物の複製となるものでない。また,控訴人らは,被控訴人の著作物での感嘆詞の使用順序が,原告著作物目録1と共通するとも主張するが,一般的に使用される短い感嘆詞について,その使用順序の一部が共通するだけであり,使用されている感嘆詞が異なることからも,上記を理由として,被告新規著作物目録5を控訴人らの著作物の複製又は翻案と認めることはできない。

(以下略)

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判例/幼児児童向けの書籍(教育教材)の翻案権侵害の成否が問題となった事例

 

幼児児童向けの書籍(教育教材)の翻案権侵害の成否が問題となった事例

▶平成160331日東京高等裁判所[平成16()39]

翻案権侵害の成否について

(1) 翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実,事件若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。

(2) 控訴人らが新シリーズについての共有著作権を有するか否かについてはそもそも争いがあるが,この点はさておき,まず,本件各書籍と新シリーズ対応書籍との表現上の本質的な特徴の同一性について検討する。

控訴人らは,本件各書籍と新シリーズ対応書籍が,各分野ごとに年齢別に作成された独創的なプログラムに則った構成において類似性を有する旨主張するところ,個々の書籍についての判断は,以下のとおりである。

ア 本件書籍1について

本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」の構成が,原判決〔控訴人らの主張〕の点において類似するとしても,これらの点は,思想又はアイデアにすぎず,表現とはいえない。すなわち,シールを用いて作業する点はアイデアにすぎず,表現とはいえない。また,漢字の読み書きの学習方法や,その学習に先立ってまず漢字に親しみを持たせるという点は,漢字の学習を目的とする幼児用教育教材に関する思想又はアイデアというべきものであって,表現には当たらない。なお,本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」を比較すると,「木」,「山」及び「川」の字を学習する頁,身体の部分,自然及び学校に関連する漢字を学習する頁並びにカレンダーの頁など,対応する頁における絵の具体的表現そのものは,大きく異なっており,前者に接する者が後者の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。

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(3) 以上のとおり,控訴人らが主張する本件各書籍と新シリーズ対応書籍との類似点は,思想,アイデア若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分における類似をいうものにすぎないから,仮に,これらの点が類似していても,翻案には当たらない。そして,本件各書籍の表現と新シリーズ対応書籍の表現は,表現上の本質的特徴の同一性を有するとはいえず,本件各書籍に接する者が新シリーズ対応書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる箇所は見当たらない。

なお,本件各書籍と新シリーズ対応書籍それぞれの表紙裏に記載されている「この本のねらいと構成」は,まさに書籍として表現するにあたっての思想又はアイデアを記したものにすぎないから,仮に,この内容が類似していても,翻案には当たらない。また,年齢別,分野別としたこと,1枚ずつ外して使えるものとしたこと,シールを利用したこと及びボードをつけたこと等控訴人ら主張のノウハウは,本件シリーズや新シリーズを制作するにあたってのアイデアにすぎず,表現それ自体ではないから,この点が類似していても,翻案には当たらない。

(4) 控訴人らは,本件シリーズと新シリーズの名称が類似していること,本件シリーズの発行と同時に新シリーズの発行が停止されたこと,本件シリーズに掲載された書籍一覧表には,新シリーズの書籍が混在して記載されていること及び控訴人会社と被控訴人との交渉経過等を翻案の根拠として主張する。しかしながら,翻案に該当するためには,本件各書籍と新シリーズ対応書籍における表現上の本質的な特徴の同一性が存在することが必要であって,表現上の本質的な特徴の同一性に関係しない,シリーズの名称や当事者間の交渉経過等の上記事情は,翻案に当たるか否かの判断に何ら影響を与えないものであるから,控訴人らの上記主張は理由がない。

(5) したがって,控訴人らが新シリーズについて共有著作権(翻案権)を有するか否かにかかわらず,本件各書籍が新シリーズ対応書籍の翻案に当たるということはできない。

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判例/ダイエット本の侵害性が問題となった事例

 

ダイエット本の侵害性が問題となった事例

▶平成26829日東京地方裁判所[平成25()28859]▶平成27225日知的財産高等裁判所[平成26()10094]

(1) 総論

著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),対象物件がアイデアなど表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,当該物件の作成は当該著作物の複製にも翻案にも当たらない(最高裁平成13年6月28日判決[江差追分事件]参照)。

そこで,原告書籍と被告書籍とで同一性を有すると主張する部分(侵害を主張する部分)が表現上の創作性がある部分といえるか,創作性のある部分について,被告書籍から原告書籍の本質的特徴を直接感得できるかについて検討する。

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(3) 付録のゴムバンドの巻き方(別紙対比表No.27)について

原告書籍と被告書籍は,ゴムバンドの巻き方において共通する部分があるが,その具体的な記述文言は異なっている。

著作権法は,ダイエット法等のアイデアを保護するものではなく,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,ゴムバンドの巻き方において共通するところがあるとしても,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

原告書籍と被告書籍は,ゴムバンドの巻き方を,女性モデルがバンドを巻いている写真で示すという表現をとっている点で共通するが,いずれもありふれた表現であって,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

【控訴人は,例えば,控訴人書籍の「たすきがけ巻き」についての記述は,そのアイデア自体画期的なだけではなく,「バンドを8の字にして」,「両腕を上げて,バンザイします」などの説明表現がその言葉の選択において個性的であり,画像も独特であると主張する。しかし,バンドを一定の巻き方で巻くということ自体は,控訴人も自認するとおりアイデア(思想)であるから,著作権法上の保護の対象となるものではないし,控訴人書籍の具体的な記述をみても,「バンドを8の字にして,両手首にかけます」,「両腕を上げて,バンザイします」という説明表現は,説明対象となる一連の動作を表現するための表現としては,ごくありふれており,創作性がある表現とはいえない。また,同記述に付された画像も,モデルが両手首にバンドを8の字状にかけたり,その手を頭上に挙げているポーズを撮影したもので,当該巻き方を表現するためのポーズとしてはごくありふれたものであり,ポーズ自体が創作性のある表現とはいえない。したがって,控訴人の主張は理由がない。】

(4) エクササイズの方法(別紙対比表No.814)について

原告書籍と被告書籍は,エクササイズ方法において共通する部分があるが,その具体的な記述文言は異なっている。

著作権法はダイエット法等のアイデアを保護するものではなく,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,エクササイズ方法において共通するところがあるとしても,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

原告書籍と被告書籍は,エクササイズ方法を,女性モデルの写真で示すという表現をとっている点で共通するが,いずれもありふれた表現であって,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

(5) 以上によれば,原告書籍と被告書籍は,表現上の創作性ある部分において共通しているとはいえないから,被告書籍を作成することは,原告書籍の複製とも翻案ともいえないし,原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害するともいえない。

[控訴審同旨]

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判例/ルポルタージュ記事の侵害性を認めなかった事例

 

ルポルタージュ記事の侵害性を認めなかった事例

令和6418日東京地方裁判所[令和5()70559]

1 争点1(著作権及び著作者人格権の侵害の成否)

⑴ 著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである(最高裁判所平成13年6月28日第1小法廷判決参照)。これを本件についてみると、思想、アイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性を認めることはできない部分において、被告各記述は原告各記述と同一性を有するにすぎないため、被告各記述の発行又は販売は、複製にも翻案にも当たらないものと認めるのが相当である。その理由は、次のとおりである。

⑵ 原告記述1及び被告記述1

ア 原告記述1A及び被告記述1A

原告記述1A及び被告記述1Aは、いずれも、①原資の確保に当たっては元本の回収が何より重要であること、②他方で、日本学生支援機構は、2004年以降、回収金はまず延滞金と利息に充当するという方針を採用していること、③同機構の2010年度の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円に達し、これらの金が経常収益に計上され、原資とは無関係のところに充てられていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通している。

しかしながら、上記①は、原資の確保には元本の回収が重要であるという、奨学金事業に関する筆者の考察を示すものであり、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。

また、上記②及び③は、日本学生支援機構における回収金の充当方法や利息・延滞金収入の額という客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。

イ 原告記述1B及び被告記述1B

原告記述1B及び被告記述1Bは、いずれも、①回収された金の行き先の一つが銀行であり、もう一つがサービサーであること、②2010年度期末において、民間銀行からの貸付残高は約1兆円であり、年間の利払額は23億円であること、③サービサーについては、同年度に約5万5000件を日立キャピタル債権回収など2社に委託し、16億7000万円を回収し、そのうち1億0400万円が手数料として支払われていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通していることが認められる。

しかしながら、上記①ないし③は、いずれも日本学生支援機構における奨学金の回収状況に関する客観的な事実を簡潔に紹介するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。

ウ 原告の主張に対する判断

原告は、被告記述1及び原告記述1を細切れに分割して対比すべきではなく、全体として対比すべきである旨主張する。

しかしながら、原告の主張を改めて検討しても、上記において説示したとおり、被告記述1と原告記述1の同一性を有する部分は、全体としてみても、客観的事実とこれに対する考察からなるものであって、著作権法の観点からすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又はありふれた表現であるというほかなく、表現上の創作性を認めることはできない。

その他に、原告の主張を改めて精査しても、原告の主張は、いずれも前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。

(以下略)

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2025年11月1日土曜日

判例/「情を知って」(113条1項2号)の意義

 

「情を知って」(11312)の意義

▶平成22226日東京地方裁判所[平成20()32593]▶平成220804日知的財産高等裁判所[平成22()10033]

前記のとおり,本件韓国語著作物は控訴人の翻訳権を侵害するものであり,また,】被告らは,原告から,各図書館等で所蔵する本件韓国語著作物が原告著作物を違法に複製・翻訳したものである旨の警告を受け,原告が株式会社高麗書林(韓国の高麗書林とは別法人)外1名を被告とする別件訴訟(当庁平成20年(ワ)第20337号事件)において著作権侵害を主張して争っているという事情を認識してはいるものの,本件韓国語著作物を原告の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものと【認めることはできないし,著作権法113条1項2号の「情を知って」とは,取引の安全を確保する必要から主観的要件が設けられた趣旨や同号違反には刑事罰が科せられること(最高裁平成6年(あ)第582号同7年4月4日第三小法廷決定参照)を考慮すると,単に侵害の警告を受けているとか侵害を理由とする訴えが提起されたとの事情を知るだけでは,これを肯定するに足らず,少なくとも,仮処分,判決等の公権的判断において,著作権を侵害する行為によって作成された物であることが示されたことを認識する必要があると解されるべきところ,本件において,本判決以前に,そのような公権的判断が示された事情はうかがわれず,被控訴人らについて同号】の「侵害とみなす行為」が成立するということもできない。

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2025年10月29日水曜日

判例/翻案物の譲渡によって譲渡権は侵害されるか

 

翻案物の譲渡によって譲渡権は侵害されるか

令和5127日東京地方裁判所[令和5()70139]▶令和7924日知的財産高等裁判所[令和6()10007]

著作権法26条の2第1項の譲渡権は、著作物を原作品又は複製物の譲渡により公衆に提供する権利であるから、著作物を翻案したものの譲渡によって同項の譲渡権が侵害されたとは認められない。前記⑷ウのとおり、被控訴人図柄は、本件テレビ作品の紋次郎の画像の複製とは認められず、翻案に当たると認められるにとどまる。したがって、容器のラベル又は外袋に被控訴人図柄を付した被控訴人商品を譲渡し、引き渡しても、本件テレビ作品についての譲渡権の侵害は認められない。

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判例/同一の原書からの2つ翻訳文の侵害性が争われた事例

 

同一の原書からの2つ翻訳文の侵害性が争われた事例

平成30227日東京地方裁判所[昭和59()11837] ▶平成40924日東京高等裁判所[平成3()835]

() 原告は、昭和582月から、かねてより関心をもち、研究をしていたフランスの作家Cの作品の一つで、1955年に出版された「Lanuit de Saint-Germain des-Pre′s」(以下「本件原書」)の翻訳を始め、同591月初めころまでにその翻訳を終え、「サン・ジェルマン・デ・プレの夜」という題号を付した(「原告翻訳文」)。

 

右認定の事実によれば、被告Bは、被告翻訳書の原稿とほぼ同一の内容の翻訳文を、原告が原告翻訳文の執筆を始めたと主張する昭和582月より以前に発表していたのであり、しかも、その内容は、原告翻訳文の当該部分と比べ、同一の原書の翻訳文としては、非常に異なる文体の表現であると認められる。このことは、右三1の認定判断のうち、被告Bが、昭和57年中に本件原書の初めの部分を試訳し、これが被告翻訳書の原稿として使用されたという事実に符合するものである。

(二) 前掲甲第二号証(原告翻訳文)及び乙第一号証(被告翻訳書)によれば、原告翻訳文と被告翻訳書の各表現を対比すると、例えば、別紙一及び五のとおりであつて、両者の表現は、文体及び語調等において、同一の原書の翻訳文としては非常に異なるものであるといわざるをえず、また、右各別紙で引用した部分以外の部分も、その表現は右と同程度相違するものであると認められる。

ところで、複数の翻訳文が存在する場合、基にした原書が同一である限り、互いに他を複製したものでなくとも、内容や用語自体の多くが同一の表現となることは、むしろ当然ともいえるのであり、右の点に同一の部分があるからといつて、それだけで直ちに両者のどちらかが他を複製したものと認めることはできないところ、右認定のとおり、原告翻訳文と被告翻訳書は、その文体及び語調等の表現が非常に異なるものであり、その表現の相違自体からも、両者は、全く別個に執筆されたものであると推認するに十分である。この認定判断も、右三1の認定判断と符合するものである。

 

[控訴審同旨]

四 ところで、控訴人は控訴人翻訳原稿に用いられている個々の訳語の無断使用について著作権侵害を主張しているものではなく、右無断使用により翻訳原稿全体についての著作権侵害、すなわち複製権及び氏名表示権が侵害された旨主張するので、以上の認定判断を前提として、右主張について、以下判断する。

1 まず、複製権の侵害の点についてみるに、著作物の複製とは、「既存の著作物に依拠し、その内容及び形体を覚知させるに足りるものを再製することをいう」ものと解される(最高裁昭和5397日第一小法廷判決)から、右見地から、以下検討する。

本件訳書が控訴人翻訳原稿に部分的に依拠しているものと推認し得ることは、既に前項に認定判断したとおりであるから、進んで、本件訳書が、控訴人翻訳原稿の全体についてその内容及び形体を覚知させるに足りるものか否かについて、以下、両者の翻訳文に即して検討することとする。

本件原書の翻訳上の基本的態度が、控訴人においては、原文に絶対的に忠実であることを最も重視するのに対し、被控訴人Aのそれが、読者の理解を第一とする結果、原文からの拘束を極めて緩やかに解することは、既に前項に認定したとおりであり、かかる翻訳上の基本的態度の相違に基づき、控訴人翻訳原稿においては、原文に付加、削除を加えず、かつ、原文の表現形式を尊重する結果、原文が長文であれば、訳文も長文となる傾向を有するのに対し、本件訳書においては、本件原書をハードボイルド小説と捉え、読者の理解の得られ易さを第一とする結果、原文に対する付加、削除を必要に応じて行うとともに原文の長文も短文に分解して翻訳する傾向を有するなど、両者は、その基本的構造、語調、語感を大きく異にすることは、控訴人翻訳原稿と本件訳書を読み比べれば、一見して明らかであり、この点は、控訴人においても認めるところである。

(以下、略)

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2025年10月25日土曜日

判例/伝記的物語vs大河ドラマ

 

伝記的物語vs大河ドラマ

▶平成6729日名古屋地方裁判所[昭和60()4087]▶平成90515日名古屋高等裁判所[平成6()556]

3 翻案権侵害の成否について

(一) 著作物についてその翻案権の侵害があるとするためには、問題となっている作品が、右著作物と外面的表現形式すなわち文章、文体、用字、用語等を異にするものの、その内面的表現形式すなわち作品の筋の運び、ストーリーの展開、背景、環境の設定、人物の出し入れ、その人物の個性の持たせ方など、文章を構成する上での内的な要素(基本となる筋・仕組み・主たる構成)を同じくするものであり、かつ、右作品が、右著作物に依拠して制作されたものであることが必要である。

【そして、著作物が文芸作品の場合、その主題(テーマ)と題材及び筋(ストーリー)は、主題によって題材が収集され、収集された題材は主題によって取捨選択されて整えられ、筋立てられて筋、構成が形成され、こうして形成された筋、構成において主題が表現されるという点で、右三者は相互に密接な関係にあり、その中でも、主題が文芸作品における最も重要な生命ということができるが、しかし、他面、伝記を含めた文芸作品の主題はその基本的な筋、構成によって表現されているものであって、基本となる筋、主たる構成と離れて存在しているものではない以上、このような文芸作品の翻案の判断においては、あくまでも基本的な筋、構成と一体として考慮すべきものであり、そのような筋、構成と離れて抽出される抽象的な主題そのものの同一性をもってこれを判断すべきではないというべきである。】

ところで、原告作品は、前示のとおり、実在した人物の【伝記的物語】であり、歴史上の事実を記述し、又は新聞、雑誌、他の著作物等の資料を引用し、若しくは要約して記述した部分が、その大部分を占める。そして、このような場合には、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとして著作物性を有する部分(独創性のある部分)についての内面形式が維持されているかどうかを検討すべきであり、歴史上の事実又は既に公にされている先行資料に記載された事実に基づく筋の運びやストーリーの展開が同一であっても、それは、著作物の内面形式の同一性を基礎付けるものとは言えない。

(そして、右のような意味での原告作品の内面形式の特徴は、当時の新聞、雑誌、関係者の供述等の一次的資料から引用又は要約した客観的な事実を積み重ね、部分的に原告の創作的表現を交えて、我が国初の女優として主体的に生きた貞奴の人間像を具体的に描き出そうとしたところにあるものと言える。)

 

[控訴審同旨]

3 控訴人は、控訴人作品「女優貞奴」は「自我の主体性を自ら培ったが故に、近代日本に女優の道を開いた貞奴」の人物像を、主題、題材、筋、仕組、運び、構成(控訴人の主張する内面形式)のすべてを有機的連鎖でくくった創作であるが、本件ドラマは第一回から最終回まで控訴人作品の内面形式を維持しており、また、本件ドラマは母体である控訴人作品から派生したものであるから、控訴人作品の二次的著作物であると主張し、双方間の内面形式の同一性を否定した原判決を非難する。

これに対し、当裁判所も、控訴人作品の性格、内容それ自体については、基本的には原判決説示のように説明するのが相当であると判断するものであるが(ただし、控訴人作品を伝記そのものというよりは、それよりは広がりのある文芸作品であると解する。帯広告の「書下ろし伝記」の一字句のみをもって控訴人作品の性格を決定づけることはできない。)、控訴人の主張するところの内面形式の「維持」という概念は、「同一性」よりも広く、かつ抽象的であり、また、「派生」というのも、一方と他方との間の一定の繋がり方を示す以上には捉えにくい概念であって、権利義務の範囲を画する言葉としては曖昧であるが、この点は用語の問題でもある。当裁判所としても、同一性の名のもとに、控訴人の批判するような全き同一性を求めるものではないのである。再説すれば、筋、仕組み、主たる構成の内面形式を全体的に比較し、その上で共通性が維持され、かつ、一方が他方に依拠していることが認められるときに初めて侵害となるものである(ただし、作品の主題のみを抽出して、その類似の有無を比較することは意味がなく、このことは先に説示のとおりである。)。

しかるところ、本件ドラマは、原判決説示のように、貞奴を重要な主役の一人として、歴史上実在した人物あるいは実在しなかった多様な人物を登場させる中で、貞奴がそれらの人達の励ましを受けつつ力強く成長していく姿を描く一方、当時の時代背景の中で、貞奴、川上音二郎、福沢桃介、福沢房子らが愛憎を絡ませながら懸命に生きていく様を描いており、決して貞奴一人だけの物語ではないし、しかも、控訴人作品で控訴人が描出したという貞奴自身の生き方と、本件ドラマにおける同人自身の生き方とは、共通性もあるものの、決して同一に構成されているわけではない。たしかに、本件ドラマ等の貞奴の描写に関する限りにおいては、その主題、筋、題材においては一部重なり合うところがあるが、これは、貞奴が比較的近時における実在の人物であり、先行資料も極めて多く、双方の作品において、同一のものが多数参考にされていることからして、不可避の面があると言わざるをえない。勿論、本件ドラマ等が控訴人作品を参考にし、あるいはそこからヒントを得ている部分がいくつもあること、特にドラマ・ストーリーにおいては、何箇所かその文章の一句そのものを転用している事実のあることは原判決説示のとおりであり、当裁判所も、これと見解を一にするものである。控訴人はこれらの部分を捉えて、転用ないしは借用と言い、更には剽窃であると主張し、著作権が侵害された重要な根拠とするのであるが、既に判示のとおり(原判決引用)、これらは、歴史上知られた事実であったり、先行資料で明らかにされている事実であったり、著作権の対象となりうる独立した表現形式に対するものでなかったりの理由で採用できないところである。また、控訴人の強調する本件ドラマの最終回での貞奴の生き方を回顧する趣旨のナレーションの部分は、控訴人作品において控訴人が主題であるとする部分の一部が表現されていると見ることができるけれども、本件ドラマの主題はこれに尽きるものではないし、最終回の桃介についてのナレーションも波瀾の人生の中に同人が築き上げた大井ダムが後世への遺産としてなお役立っており、"同人の意志が受け継がれているという控訴人作品にはない内面形式が表されているところである。いずれにしても、人物観、歴史観という一種の思想ともいうべきものは、それ自体が著作権の対象にならないことは当然であるが、控訴人作品と本件ドラマの中では、貞奴の生き方それ自体の見方について、一部共通するところがあるとは認められるものの、双方作品の内面形式を全体的にみれば同一性は否定せざるをえないのであって、右一部共通するのは、この人物観というむしろアイデアあるいは思想に近い著作権法による保護範囲の外にある部分であると言うべきである。

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