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著作権コンサルタントをしています。クリエーターの卵から世界的に著名なアーティストまで、コンテンツビジネスや著作権にかかわる法律問題について、グローバルに支援しています。 カネダ著作権事務所 http://www.kls-law.org/
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2025年11月24日月曜日

判例/ 競艇「舟券」の自動購入等の機能を有するソフトウェアの著作物性を認定した事例

 

競艇「舟券」の自動購入等の機能を有するソフトウェアの著作物性を認定した事例

令和3121日大阪地方裁判所[平成30()5948]

(1) 争点1(原告プログラムの著作物性)について

ア プログラムは,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(著作権法2条1項10号の2)であり,所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピューターに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合せ,どのような表現順序とするかなどについて,著作権法により保護されるべき作成者の個性が表れることになる。

したがって,プログラムに著作物性があるというためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることを要するといわなければならない(知財高裁平成21年(ネ)第10024号同24年1月25日判決)。

イ そこで検討するに,前記1(5)で認定したところによれば,原告プログラムは,市販のプログラム開発支援ソフトウェアである Microsoft Visual Studio を使用して Microsoft Visual Basic言語で記述されているから,ソースコードを個別の行についてみれば,標準的な構文やありふれた指令の表現が多用されており,独創的な関数等は用いられていない。

しかしながら,前記(5)イについては,一定の画面表示を得るために複数の記述方法が考えられるところ,一定の意図のもとに特定の指令を組み合わせ,独自のメソッドを作成して独自の構成で記述しており,同ウ及びエについては,一定の処理方式を選択すること自体はアイデアにすぎないが,やはり,一定の結果を得るためにどのように指令を組み合せ,どの範囲で構造体を設定し,配列・構造化するかには様々な選択肢が考えられるところ,その具体的な記述は,一定の意図のもとに特定の指令を組み合わせ,多数の構造体を設定し,配列・構造化した独自のものになっている。

また,同オについては,HTML データから一定の情報を抽出する指令の記述は選択の幅があるところ,メンテナンス性を考慮して独自の記述をしていることが認められ,同カについても,人間が情報を入力してログインや舟券購入の操作をすることを想定して作成されている投票サイトのサーバーに,人間の操作を介さずに必要なデータを送信してログインや舟券の購入を完了するための指令の表現方法は複数考えられるところ,複数の方式を適宜使い分けて記述し,一連の舟券購入動作を構成していることが認められる。

そうすると,前記イないしカのソースコードには表現上の創作性があるといえ,これらを組み合わせて構成されている原告プログラムにも,表現上の創作性が認められるというべきである。

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判例/プログラム(株価チャート分析のためのプログラム)の創作性を認めた事例

 

プログラム(株価チャート分析のためのプログラム)の創作性を認めた事例

平成230128日東京地方裁判所[平成20()11762]

(1) 原告プログラムの著作物性について

ア プログラムとは,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(著作権法2条1項10号の2)であり,これが著作物として保護されるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)であること,すなわち,創作性を有することが必要とされる。

前記の「争いのない事実等」と証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告プログラムは,Microsoft社の「Visual Studio.net」という開発ツールを使用し,「C#」というプログラミング言語によって書かれたソースコードからなるものであること,②これらのソースコードは,別紙のソースファイルに格納されており,すべてをA4サイズに印字すると,約1000頁余りの分量に及ぶこと,③原告プログラムのうち,MainForm.csの原告ソースコードは,原告プログラム全体の約4割のサイズを占め,原告ソフトで表示されるメイン画面における処理全般を行うプログラムであるところ,その中には,別紙のとおりの298の関数(321の関数中,「対照なし」のものを除いた分)が含まれていること,④原告プログラムは,パソコンを機能させて,その画面上に,その時々の株価データ等に基づいて,増田足と呼ばれる株価チャートを作成,表示するほか,増田影足,6色帯,6色分布図及び増田レシオと呼ばれるグラフ等を作成,表示するなどの多様な機能を実現する株価チャート分析のためのプログラムであることが認められる。

イ そこで,原告プログラムにおける創作性の有無について検討するに,一般に,ある表現物について,著作物としての創作性が認められるためには,当該表現に作成者の何らかの個性が表れていることを要し,かつそれで足りるものと解されるところ,この点は,プログラム著作物の場合であっても特段異なるものではないというべきであるから,プログラムの具体的記述が,誰が作成してもほぼ同一になるもの,簡単な内容をごく短い表記法によって記述したもの又はごくありふれたものである場合には,作成者の個性が発揮されていないものとして創作性が否定されるべきであるが,これらの場合には当たらず,作成者の何らかの個性が発揮されているものといえる場合には,創作性が認められるべきである。

しかるところ,原告プログラムは,上記アのとおり,株価チャート分析のための多様な機能を実現するものであり,膨大な量のソースコードからなり,そこに含まれる関数も多数にのぼるものであって,原告プログラムを全体としてみれば,そこに含まれる指令の組合せには多様な可能性があり得るはずであるから,特段の事情がない限りは,原告プログラムにおける具体的記述をもって,誰が作成しても同一になるものであるとか,あるいは,ごくありふれたものであるなどとして,作成者の個性が発揮されていないものと断ずることは困難ということができる。

ウ これに対し,被告らは,原告プログラムにおいては,画面上の構成要素を貼り付け,ボタン等を配置するために必要なプログラムなど,開発ツールであるMicrosoft社の「Visual Studio.net」によって自動生成された部分が相当の分量に及んでおり,これらの部分には創作性がないとした上で,原告プログラムのうちのMainForm.csの原告ソースコードに含まれる各関数を分析すると,別紙において☆,○又は□の印を記載したものについては,自動生成コードが相当割合を占めることから,創作性が認められない旨を主張する。

しかしながら,MainForm.csの原告ソースコードについては,そこに含まれる各関数における自動生成コードの占める割合が被告ら主張のとおりであることを前提にしたとしても,少なくとも別紙において△の印が記載された合計10の関数については,被告ら自身が汎用的でないコードからなるものであることを認めており,創作性が認められることに実質的な争いはないものといえる。

また,別紙において□の印が記載された合計164の関数についても,被告らは,自動生成コードの割合が1割程度にすぎないこと,すなわち,9割程度が自動生成コードではないことを認めているのであり,これらの関数については,少なくとも自動生成コードが相当割合を占めることを理由として創作性を否定することはできないというべきである。この点,被告らは,これらの関数について,汎用的プログラムの組合せであることを理由として創作性が否定されるかのごとく主張するが,汎用的プログラムの組合せであったとしても,それらの選択と組合せが一義的に定まるものでない以上,このような選択と組合せにはプログラム作成者の個性が発揮されるのが通常というべきであるから,被告らの上記主張は採用できない。

してみると,被告らの上記主張を前提としても,MainForm.csの原告ソースコードについては,そこに含まれる298の関数のうちの約6割(174/298)において,自動生成コードが1割以下にとどまっており,それ以外のコードは,その選択と組合せにおいてプログラム作成者の個性が発揮されていることが推認できるというべきであるから,プログラム著作物としての創作性を優に肯定することができる。

エ さらに,後記(2)イで認定するとおり,原告プログラムは,主として被告A1がその開発及びプログラミング作業を行ったものであるから,原告プログラムの内容等を最も知悉する者は被告A1にほかならないところ,それにもかかわらず,被告らは,原告プログラムの一部であるMainForm.csの原告ソースコードについて,別紙に記載した印に基づいて前記記載の程度の概括的な主張をしてその創作性を争うにとどまっており,それ以外の原告プログラムの創作性については,具体的理由に基づいてこれを争う旨の主張は行っていない。

しかも,被告A1は,その本人尋問において,自らが行った原告プログラムにおけるソースコードの記述方法について,様々な創意工夫がされていることを自認する供述もしている。

前記イ及びウで述べたことに加え,上記のような被告らの訴訟対応や被告A1の本人尋問における供述をも総合すれば,原告プログラムが,全体として創作性の認められるプログラム著作物であることは,優にこれを認めることができる。

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2025年11月21日金曜日

判例/プログラムの著作物の特定性と侵害性の立証

 

プログラムの著作物の特定性と侵害性の立証

平成19126日東京地方裁判所[平成18()29460]

2 争点2(被告B及び被告Cによる著作権侵害の有無)について

原告は,本件プログラムの著作物性について,プログラムは,指令の組合せ方に作成者の個性が現れるので,誰が作成しても同様になってしまうという極めて単純なプログラム以外のプログラムについては,著作物性が認められるのであり,本件プログラムも,アプリケーションシステムの開発用に販売されているシステム開発用のソフトウェアであるアクセスを使用して作成されたプログラムであり,特徴的な機能を有するのであるから,著作物性を有するというべきである旨主張する。

しかしながら,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであり(著作権法2条1項1号),著作物性を肯定するためには,表現それ自体において創作性が発現されること,すなわち,表現上の創作性を有することが必要とされるものであるから,著作物性は,当該表現物の具体的な表現に即して,その創作性の有無を検討することにより判断されるべきものであり,具体的な表現を離れて論ずることは相当ではない。そして,複製権の侵害が問題とされる場合には,当該表現物と複製物と主張されている対象物のうち,同一性を有する部分の創作性の有無が検討されるのであるから,プログラムを複製されたと主張する場合には,自己のプログラムの表現上の創作性を有する部分と,対象プログラムの表現との同一性が認められることを主張する必要がある。すなわち,複製物であると主張する対象において,アイディアなどの表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,同一性を有するにすぎない場合には,既存の著作物の複製に当たらない(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)ことから,通常,表現の同一性のある部分を抽出して,同部分の表現の創作性の有無を検討することによって,著作物性及び複製権侵害の有無が並行して判断されるのである。

この点につき,原告は,本件プログラムについて,機能面での特徴を指摘するのみで,被告らが使用するプログラムとの対比及びその同一性についての具体的な表現上の創作性について何ら主張するものではないから,本件プログラムについての複製権侵害を基礎付ける,本件プログラムの著作物性,被告らが使用するプログラムとの同一性の有無についての主張・立証がないものといわざるを得ない。

なお,原告は,被告Cに対する請求について,同被告が本件プログラムの複製物を使用したことが著作権を侵害したと主張するのみで,当該使用行為が著作権のどのような支分権を侵害するのか明らかにしないから,上記主張はそれ自体失当であり,これを採用する余地はない。

したがって,著作権侵害に関する原告の主張を認めることはできない。

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2025年11月17日月曜日

判例/ゲーム内楽曲のオーケストラヴァージョン作成(譜面の作成)につき翻案権侵害を認定した事例

 

ゲーム内楽曲のオーケストラヴァージョン作成(譜面の作成)につき翻案権侵害を認定した事例

令和498日東京地方裁判所[令和3()3201]▶令和5420日知的財産高等裁判所[令和4()10115]

2 争点 2(本件編曲行為による原告の原告楽曲に係る著作権(翻案権)侵害の成否)について

(1) 前記のとおり、本件楽曲は、被告Aにより、原告楽曲を素材としてその譜面が作成されたものであるから、原告楽曲に依拠して作成されたものと認められる。

また、本件楽曲が原告楽曲の表現上の本質的特徴と同一性を有するものであることは、当事者間に争いがない。

さらに、ゲーム内で利用されている原告楽曲と基本的にオーケストラによる演奏を想定した本件楽曲との性質ないし内容等の相違に照らすと、被告Aは、本件楽曲の譜面の制作に際し、原告楽曲を、その表現上の本質的特徴との同一性を維持しつつもオーケストラ演奏に適した旋律に変更し、オーケストラを構成する楽器の選択やアレンジ手法、演奏人数等に創意工夫を凝らすことで、原告楽曲に新たな創作性を付加したものとするのが相当である。

以上によれば、本件楽曲は原告楽曲を翻案したものであり、本件編曲行為は、原告の原告楽曲に係る著作権(翻案権)を侵害するものと認められる。

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2025年9月24日水曜日

判例/一般住宅の建築著作物性を否定した事例

 

一般住宅の建築著作物性を否定した事例

平成261017日東京地方裁判所[平成25()22468]

3 争点(2)()(原告表現建物の著作物性)について

(1) 建築物について,著作権法10条1項5号の「建築の著作物」に当たるとして同法によって保護されるには,同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして,知的・文化的精神活動の所産であって,美的な表現における創作性,すなわち造形美術としての美術性を有するものであることを要すると解するのが相当である。

そして,一般住宅の場合についてみると,通常,その全体構成や屋根,柱,壁,窓,玄関等及びこれらの配置関係等において,実用性や機能性(住み心地,使い勝手や経済性等)のみならず,美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で,設計,建築されるのであり,そのことに照らすと,一般住宅が「建築の著作物」に当たるということができるのは,客観的,外形的に見て,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形美術としての美術性を備えた場合と解することが相当である。

この点に関して原告は,住宅は意匠法による保護の対象とはならないから,一般の著作物等同様に,もっぱら創作性の有無から「建築の著作物」に該当するか判断されるべきであると主張する。

しかし,不動産について意匠法による保護を認めるか否かはもっぱら立法政策の問題であるから,そのことを理由に造形美術としての美術性を要しないと解することはできないのであり,原告の上記主張は採用することができない。

(2) 原告は,上記(1)を前提としても,原告表現建物の表現上の本質的な特徴として,「箱の家手法」を表現するために,①シンプルなワンボックス型で屋根面を傾斜の緩い片流れ屋根とする,「内外のコントラスト」を表現するために,②内部と連続したウッドデッキ側の外壁面には,天然の木目と色合いをそのままにしたパネリング(羽根板)を使用し,③デッキ面以外の三面にガルバリウム鋼板を用いる,「アウターリビング手法」を表現するため,④ウッドデッキとウッドデッキにつながる高さのある大きな掃き出し窓を設置する,また,モデル「フランクフェイス」のデザインコンセプトである「来るモノ拒まず,ウェルカムなオープンフェイス」の思想を表現するために,⑤横幅いっぱいのベランダを設け,⑥ベランダを支える梁と柱を同色とするという,以上の①ないし⑥の表現上の特徴を挙げ,それらの特徴は個々に,上記挙示した思想を創作的に表現したものであり,かつ,それら六つの表現上の特徴を組み合わせたことに造形美術としての美術性が認められるのであり,原告表現建物は著作権法10条1項5号の「建築の著作物」として著作物性を有すると主張する。

しかし,例えば,原告が主張する前記④の表現上の特徴である,「アウターリビング手法」を表現するため,ウッドデッキとウッドデッキにつながる高さのある大きな掃き出し窓を設置する,という点は,これによってリビングとウッドデッキをひとつながりのスペースにして,住人に開放感を与えることを目的とするものと認められ,その外観は機能上の理由に由来するものとみることができるし,また,原告が主張する前記⑤の表現上の特徴である,モデル「フランクフェイス」のデザインコンセプトである「来るモノ拒まず,ウェルカムなオープンフェイス」の思想を表現するために,横幅いっぱいのベランダを設ける,という点は,バルコニーを建物の横幅一杯に幅を持たせることにより,バルコニーのスペースを可能な限り広くして,利用上の自由度を可能な限り確保するとともに,玄関面に開放的な印象を与えることを目的とするものと認められ,主に機能性の観点から採用されたものと認められるように,原告が主張する前記①ないし⑥の表現上の特徴は,前記における原告表示の建物の商品等表示該当性の判断と同様に,いずれも建物の抽象的なコンセプトそのもの,若しくはその実用性・機能性を抽象的に表現したものにすぎず,さらにそれら全てを組み合わせたものとしてみても,その内容をもってアイデアと離れた具体的な表現と認めるのは困難であるというべきである。

(3) 仮に原告が主張する前記①ないし⑥の表現上の特徴が,別紙1原告表示目録の写真に具現された原告建物の特徴と相まって,具体的な表現であると認められるとしても,以下のとおり,それらが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認められないというべきである。

ア 証拠によれば,次のような建築住宅が存在することが認められる。

()

() 以上認定したところによれば,原告が主張する前記①ないし⑥の表現上の特徴は,いずれも住宅の外観として多くの住宅に採用されていることが認められるから,それを建築の著作物における具体的な表現とみるかぎり,ありふれた表現であるといわざるを得ない。

() そして,原告が主張する前記①ないし⑥の表現上の特徴について,前記(3)アの認定に照らしつつ原告建物の外観をみると,まず,その建物全体については,玄関面からはその反対側に向けて下降する片流れ屋根を備えた総2階建木造住宅であり(前記①の表現上の特徴),その片流れ屋根に着目しても,緩やかな傾斜を設けたもので,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認めることができない。

次に,原告建物の外壁面をみると,ウッドデッキを備える玄関面側の外壁面には,天然の木目と色合いをそのままにしたパネリング(羽根板)を使用し(前記②の表現上の特徴),玄関面以外の三面の外壁面にガルバリウム鋼板を使用している(前記③の表現上の特徴)。このように,玄関面以外の三面の外壁面を,金属の無機質さと縦方向に設けられた凹凸とが相まってシャープな印象を与えるガルバリウム鋼板で覆い,玄関面の外壁面を,その全面を木部とし,天然の木目と色合いをそのままに板張りの仕上げにすることは,ログハウス様式の住宅において一定の工夫が施されたものであるとはいえても,前記(3)ア認定のとおり同様の組合せを施した住宅が存在することに鑑みると,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認めることができない。

さらに,原告建物の玄関面をみると,内部と連続し,かつ玄関面の横幅全体に展開して玄関面前面に突出させたウッドデッキを備え,かつ,ウッドデッキにつながる高さのある大きな掃き出し窓を設置し(前記④の表現上の特徴),2階部分に建物の横幅いっぱいにベランダを設け(前記⑤の表現上の特徴),ベランダを支える梁と柱を同色とする(前記⑥の表現上の特徴)というものであるが,いずれも一般住宅のありふれた外観にすぎず,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認めることができない。

また,前記⑥の表現上の特徴については,玄関面が長方形であって,図形として極めて基本的な形状であるなかで,同色で構成する前記梁と柱を配置してトリムラインを加えることにより,外観にアクセントを与えており,外観に美的形象として一定の工夫が施されたものであるとはいえる。しかし,前記(3)ア認定のとおり同様に同色の梁と柱を配置してトリムラインを形成する様式は,他の住宅にも採用されていることに鑑みると,それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認めることができない。

() 以上のとおり,原告建物の(1)建物全体の外観,(2)建物の外壁面,(3)玄関面のいずれをみても,それらが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認めることができないから,さらにそれを抽象化した原告が主張する前記①ないし⑥の表現上の特徴を備える建物が,一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り,居住用建物としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるものとは認めることは到底できないというべきである。

() この点に関して原告は,2004年(平成16年)にグッドデザイン賞を受賞したことを著作物性のあることの理由とするが,前記2(3)()において認定したのと同様の理由で,原告がグッドデザイン賞を受賞したことは,原告表現建物の造形美術としての美術性を根拠付けるものと認めることはできない。

() 以上のとおりであり,原告表現建物に造形美術としての美術性が備えられているとは認められないから,原告表現建物が著作権法10条1項5号の「建築の著作物」としての著作物性を有すると認めることはできない。

(4) 小括

よって,原告表現建物の著作権侵害を理由とする原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

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2025年8月22日金曜日

判例/日本舞踊の振付けの著作物性を認定した事例

 

日本舞踊の振付けの著作物性を認定した事例

平成141226日福岡高等裁判所[平成11()358]

1 著作権の成否とその帰属

(1) 特定について

ア 控訴人らは本件各舞踊が特定されていないと主張する。

イ しかし,舞踊著作物は同じ挙措動作を再現でき,鑑賞者が同じ舞踊であると認識できる程度に完成されていればそれで特定されていると解するのが相当である。そして,本件各舞踊が特定されていることは,原判決が的確に説示しているとおりであるから,これを引用する。

ウ 控訴人らは,少なくともかつてはA流に属した者として,体験により本件各舞踊の動きを会得しており,振書によらずともこれを再現することができる。

エ 控訴人らは,原判決添付の振書のみではA流と無関係の第三者は本件各舞踊を再現できないとか,舞踊は演者の人数やその技量により常に変化するとして本件各舞踊は特定されていないとするが,これを採用することはできない。

(2) 創作性について

ア 本件第1舞踊は,A流のために作られた創作音曲に独自の振付がされたもので,同流派を象徴する舞踊である。

イ 本件第2ないし第4舞踊は,従前伝統芸能・民俗芸能として手本となる踊りがあったりするが,それとは離れて独自性のある振付がされたもので,前記のとおり,いずれも,日本民謡舞踊大賞コンクールで受賞する等,客観的にも芸術性が高い。

ウ したがって,本件各舞踊は,いずれも,振付者の思想,感情を創作的に表現したものであるということができ,十分に著作物たりうる創作性を認めることができる。

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2025年8月14日木曜日

判例/フラダンスの(舞踊の)著作物性

 

フラダンスの(舞踊の)著作物性

平成30920日大阪地方裁判所[平成27()2570]

(1) フラダンスの著作物性について

ア 著作権法10条1項3号は「舞踊の著作物」を著作物の例示として挙げており,これは,人の身体の動作の型を振付けとして表現するものである。そして,これについては,それを公衆に直接見せることを目的として上演する権利(上演権)が著作権の支分権として定められている(同法22条)

イ ハワイの民族舞踊のことをフラないしフラダンスというが,フラには古典フラと現代フラがあり,古典フラが,大昔からハワイ人の歴史の中でそれぞれの流派に大切に守られ受け継がれてきた詠唱(オリ)と踊り(フラ)から成るのに対し,現代フラは,19世紀以降に西洋文明の影響を受けてメロディーを取り入れて作り出され,いわゆるハワイアン音楽と共に発展したものである。本件で問題となっているのは現代フラであるが,現代フラでは,師匠であるクムフラ(クム)が自ら楽曲に振付けをして,自らの教室(ハーラウ)の生徒に教えている。(以上につき甲14[クムフラの陳述書])

そして,ハワイの民族舞踊であるフラダンスの特殊性は,楽曲の意味をハンドモーション等を用いて表現することにあり,フラダンスの入門書においても,フラは歌詞をボディランゲージで表現するとか,ハンドモーションで歌詞の意味を表現し,ステップでリズムをとりながら流れを作るというのがフラの基本であるとされている。すなわち,フラダンスの振付けは,ハンドモーションとステップから構成されるところ,このうちハンドモーションについては,特定の言葉に対応する動作(一つとは限らない)が決まっており,このことから,入門書では,フラでは手の動きには一つ一つ意味があるとか,ハンドモーションはいわば手話のようなもので,手を中心に上半身を使って,歌詞の意味を表現するとされている。他方,ステップについては,典型的なものが存在しており((証拠)の入門書では合計16種類が紹介されてい。),入門書では,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができるとされている。

ウ これらのフラダンスの特徴からすると,特定の楽曲の振付けにおいて,各歌詞に対応する箇所で,当該歌詞から想定されるハンドモーションがとられているにすぎない場合には,既定のハンドモーションを歌詞に合わせて当てはめたにすぎないから,その箇所の振付けを作者の個性の表れと認めることはできない。

また,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,ある歌詞部分の振付けについて,既定のハンドモーションどおりの動作がとられていない場合や,決まったハンドモーションがない場合であっても,同じ楽曲又は他の楽曲での同様の歌詞部分について他の振付けでとられている動作と同じものである場合には,同様の歌詞の表現として同様の振付けがされた例が他にあるのであるから,当該歌詞の表現として同様の動作をとることについて,作者の個性が表れていると認めることはできない。

さらに,ある歌詞部分の振付けが,既定のハンドモーションや他の類例と差異があるものであっても,それらとの差異が動作の細かな部分や目立たない部分での差異にすぎない場合には,観衆から見た踊りの印象への影響が小さい上,他の振付けとの境界も明確でないから,そのような差異をもって作者の個性の表れと認めることは相当でない。また,既定のハンドモーションや他の類例との差異が,例えば動作を行うのが片手か両手かとか,左右いずれの手で行うかなど,ありふれた変更にすぎない場合にも,それを作者の個性の表れと認めることはできない。

もっとも,一つの歌詞に対応するハンドモーションや類例の動作が複数存する場合には,その中から特定の動作を選択して振付けを作ることになり,歌詞部分ごとにそのような選択が累積した結果,踊り全体のハンドモーションの組合せが,他の類例に見られないものとなる場合もあり得る。そして,フラダンスの作者は,前後のつながりや身体動作のメリハリ,流麗さ等の舞踊的効果を考慮して,各動作の組合せを工夫すると考えられる。しかし,その場合であっても,それらのハンドモーションが既存の限られたものと同一であるか又は有意な差異がなく,その意味でそれらの限られた中から選択されたにすぎないと評価し得る場合には,その選択の組合せを作者の個性の表れと認めることはできないし,配列についても,歌詞の順によるのであるから,同様に作者の個性の表れと認めることはできない。

エ 他方,上記で述べたのと異なり,ある歌詞に対応する振付けの動作が,歌詞から想定される既定のハンドモーションでも,他の類例に見られるものでも,それらと有意な差異がないものでもない場合には,その動作は,当該歌詞部分の振付けの動作として,当該振付けに独自のものであるか又は既存の動作に有意なアレンジを加えたものいうことができるから,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。

もっとも,そのような動作も,フラダンス一般の振付けの動作として,さらには舞踊一般の振付けの動作として見れば,ありふれたものである場合もあり得る。そして,被告は,そのような場合にはその動作はありふれたものであると主張する。

しかし,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,たとえ動作自体はありふれたものであったとしても,それを当該歌詞の箇所に振り付けることが他に見られないのであれば,当該歌詞の表現として作者の個性が表れていると認めるのが相当であり,このように解しても,特定の楽曲の特定の歌詞を離れて動作自体に作者の個性を認めるものではないから,個性の発現と認める範囲が不当に拡がることはないと考えられる。

オ ところで,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,歌詞に動作を振り付けるに当たっては,歌詞の意味を解釈することが前提になり,普通は言葉の通常の意味に従って解釈すると思われるが,作者によっては,歌詞に言葉の通常の意味を離れた独自の解釈を施した上で振付けの動作を作ることもあり得る。そして,原告は,その場合には解釈の独自性自体に作者の個性を認めるべきであると主張する趣旨のように思われる。しかし,著作権法は具体的な表現の創作性を保護するものであるから,解釈が独自であっても,その結果としての具体的な振付けの動作が上記ウで述べたようなものである場合には,やはりその振付けの動作を作者の個性の表れと認めることはできない。

他方,被告は,たとえ歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっているとしても,当該解釈の下では当該振付けとすることがありふれている場合には,当該振付けを著作権法の保護の対象とすることは結局楽曲の歌詞の解釈を保護の対象とすることにほかならず許されないと主張する。しかし,歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっている場合には,そのような振付けの動作に至る契機が他の作者には存しないのであるから,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。そして,このように解しても,個性の表れと認めるのは飽くまで具体的表現である振付けの動作であって,同様の解釈の下に他の動作を振り付けることは妨げられないのであるから,解釈自体を独占させることにはならない。

これに対し,歌詞の解釈が言葉の通常の意味からは外れるものの,同様の解釈の下に動作を振り付けている例が他に見られる場合には,そのような解釈の下に動作を振り付ける契機は他の作者にもあったのであるから,当該解釈の下では当該振付けとすることがありふれている場合には,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めることはできない。

カ 以上のハンドモーションに対し,ステップについては,上記のとおり典型的なものが存在しており,入門書でも,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができるとされているとおり,これによって歌詞を表現するものでもないから,曲想や舞踊的効果を考慮して適宜選択して組み合わせるものと考えられ,その選択の幅もさして広いものではない。そうすると,ステップについては,基本的にありふれた選択と組合せにすぎないというべきであり,そこに作者の個性が表れていると認めることはできない。しかし,ステップが既存のものと顕著に異なる新規なものである場合には,ステップ自体の表現に作者の個性が表れていると認めるべきである(なお,ステップが何らかの点で既存のものと差異があるというだけで作者の個性を認めると,僅かに異なるだけで個性が認められるステップが乱立することになり,フラダンスの上演に支障を生じかねないから,ステップ自体に作者の個性を認めるためには,既存のものと顕著に異なることを要すると解するのが相当である。)。また,ハンドモーションにステップを組み合わせることにより,歌詞の表現を顕著に増幅したり,舞踊的効果を顕著に高めたりしていると認められる場合には,ハンドモーションとステップを一体のものとして,当該振付けの動作に作者の個性が表れていると認めるのが相当である。

キ 以上のようにして,特定の歌詞部分の振付けの動作に作者の個性が表れているとしても,それらの歌詞部分の長さは長くても数秒間程度のものにすぎず,そのような一瞬の動作のみで舞踊が成立するものではないから,被告が主張するとおり,特定の歌詞部分の振付けの動作に個別に舞踊の著作物性を認めることはできない。しかし,楽曲の振付けとしてのフラダンスは,そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものであるから,そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には,舞踊として成立するものであり,その中で,作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には,そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当である。そして,本件では,原告は,楽曲に対する振付けの全体としての著作物性を主張しているから,以上のことを振付け全体を対象として検討すべきである。

そしてまた,このような見地からすれば,フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に,その侵害が認められるためには,侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に,作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振付けの動作が含まれることが必要なことは当然であるが,それだけでは足りず,作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて,当該ひとまとまりの上演内容について,当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当である。

ク 以上の考え方の下に,本件振付け6等の著作物性について個別に検討する(なお,上記のとおりステップについては基本的に作者の個性が認められないから,特に検討を要する場合に限り言及することとする。)。

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2025年7月15日火曜日

判例/美術館と庭園の「建築」著作物性が問題となった事例

 

美術館と庭園の「建築」著作物性が問題となった事例

令和41125日東京地方裁判所[令和3()22075]

(1) 版画美術館について

ア 建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成12年9月7日第1小法廷判決参照)。そして、建築物は、通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。このような観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。

さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。

(略)

(2) 本件庭園について

ア 本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かについて検討する。

「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に沿うように解釈するのが相当である。

そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。

ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。そうすると、庭園の著作物性の判断も、前記(1)アの建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。

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2025年7月8日火曜日

判例/プログラムの著作物性を立証するための特定性の問題

 

プログラムの著作物性を立証するための特定性の問題

平成210226日大阪地方裁判所[平成17()2641]▶平成24125日知的財産高等裁判所[平成21()10024]

() 本件では、『原審において,本件プログラム全体のソースコードは文書として提出されておらず,原判決は,特許を取得する程度に新規なものであった本件装置に対応する本件プログラムも新規な内容のものであるということができ,しかも,同プログラムは,その分量も多く,選択配列の幅が十分にある中から選択配列されたものということができるから,その表現には全体として作成者の個性が表れているものと推認することができることなどから,一部分のソースコードに基づいて,本件プログラムの著作物性を認めている。』という判断があった。

 

[控訴審]

(3) プログラムの著作物性の判断基準

ところで,プログラムは,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(著作権法2条1項10号の2)であり,所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピューターに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのような表現順序とするかなどについて,著作権法により保護されるべき作成者の個性が表れることになる。

したがって,プログラムに著作物性があるというためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることを要するといわなければならない。

(4) 本件プログラムの表現上の創作性

ア DHL車側プログラムについて

DHL車側プログラムのうち,「NL」「NL1」の処理(TC車の車番付けを命ずる命令に関する処理)を行うための部分に関する部分は,200行前後のうちプログラムの実行順序に係る制御を行う命令(JP命令とCALL命令)の行数が50行前後,つまりステップ数で全体の4分の1前後が実行順序制御に係る命令に用いられている。

DHL車側プログラムには,ソースコード上では,「JP,・・・##」と示される,飛び先の番地が指定されず,結果として0000番地が指定された場合と同様の動作を行うJP命令(CA0000)が含まれている(なお,(証拠)においては,上述したもの以外のJP命令については飛び先となるメモリのアドレス(番地)の値が具体的に示されており,(証拠)と同様に,ロードされるメモリ上のアドレス(番地)及びJP命令の飛び先となるアドレスが絶対的に定まったものとされている。)。

これらの命令は,変更後DHCフローチャートや変更前のソースコードには含まれているものではないから,本件装置を動作させるための最低限の機能を実現するために必要不可欠なものであったか否かは不明である。もっとも,昭和61年12月に「不連結時TC流動発生ブレーキ閉が作用しない」という異常への対処としてプログラムが変更されたことからすると,変更を行ったプログラム作成者は,何らかの意図,たとえば,当該プログラムの変更による変更後の制御のタイミングを維持すべきであること等に基づいて,ほかに選択肢があるにもかかわらず,あえて上記部分を挿入したままとしたものと推測されなくもない。

そうすると,DHL車側プログラムには,上記命令が存在することにより,創作性が認められる余地がないわけではない。

もっとも,1審原告は,本来,ソースコードの詳細な検討を行うまでもなく,本件プログラムは著作物性を有するなどと主張して,当初,本件プログラムのソースコードを文書として提出せず,当審の平成22年5月10日の第4回弁論準備手続期日における受命裁判官の求釈明により,本件プログラム全体のソースコードを文書として提出するか否かについて検討し,DHL車側プログラムについては,ソースコードを提出したものの,本件プログラムのいかなる箇所にプログラム制作者の個性が発揮されているのかについて具体的に主張立証しない。

したがって,DHL車側プログラムに挿入された上記命令がどのような機能を有するものか,他に選択可能な挿入箇所や他に選択可能な命令が存在したか否かについてすら,不明であるというほかなく,当該命令部分の存在が,選択の幅がある中から,プログラム制作者が選択したものであり,かつ,それがありふれた表現ではなく,プログラム制作者の個性,すなわち表現上の創作性が発揮されているものであることについて,これを認めるに足りる証拠はないというほかない。

以上からすると,DHL車側のプログラムには,表現上の創作性を認めることはできない。

イ TC車側プログラムについて

TC車側プログラムのうち,「LINK」の処理(TC車側における車番がつくまでの処理)を行うための部分は,294行中88行がプログラムの実行順序に係る制御を行う命令であるとされているところ,当該部分の相当程度について,ソースコードが開示されていない。

DHL車側プログラムとTC車側プログラムとは,各プログラムが機能することによって,本件装置を制御するものであるから,「不連結時TC流動発生ブレーキ閉が作用しないという異常」を防止するために本件装置を制御するためには,両者について同様の配慮が必要となると推測されることから,TC車側プログラムにも,DHL車側プログラムと同様に,本件装置を動作させるための最低限の機能を実現するために必要不可欠なものであったか否かは明らかではない命令が挿入されている可能性は否定できない。

もっとも,仮に,このような命令が挿入されていたとしても,DHL車側プログラムと同様に,当該命令部分の存在が,プログラム制作者の個性,すなわち表現上の創作性が発揮されているものであることについて,これを認めるに足りる証拠はないというほかない。

したがって,TC車側プログラムにも,表現上の創作性を認めることはできない。

ウ 1審原告の主張について

1審原告は,本件装置は,特許権を取得できるほどに新規で進歩性を有する画期的な技術であり,新規な機能を有するものであるから,当該装置を稼働させるための本件プログラムも,他の既存のプログラムの表現を模倣することにより作成することはできないところ,特に,中核部分であるTC車の車番付けを行わせる部分は,本件プログラムが有する多数の機能のうち最重要部分を実現するもので,新規のアイデアに基づき全くのゼロから開発されたものである,当該中核部分を構成する各パートは,それぞれ数十から百数十もの命令数により記述されている上,多数のサブルーチンを用いた構成となっているところ,このような複雑なプログラムにつき,その表現が1つ又は極めて限定された数しかなかったり,だれが記述しても大同小異のものとなったりすることは到底あり得ないし,他にも多数の機能を実現するための部分が有機的に組み合わされてひとまとまりのプログラムとなっているのであるから,本件プログラムは,本来,ソースコードの詳細な検討を行うまでもなく,著作権の保護を受けるプログラムの著作物に該当することは明らかであるなどと主張する。

しかしながら,本件装置が新規性を有するからといって,当該装置を稼働させるためのプログラムが直ちに著作物性を有するということができないことは明らかである。

また,先に述べたとおり,プログラムに著作物性があるというためには,プログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることを要するのであるから,新規のアイデアに基づきゼロから開発されたものであること,多くの命令数により記述されていることから,直ちに表現上の創作性を認めることはできない。本件プログラムが多数の機能を実現するための部分が有機的に組み合わされているとしても,当該プログラムに表現上の創作性があることについて具体的に主張立証されない以上,当該プログラムにより実現される機能が多岐にわたることを意味するにすぎない。

さらに,1審原告は,TC車側プログラムのうち,SOSUBサブルーチン(072F~0792番地)のソースコードを例として,(証拠)が機械語レベルでほぼ同一の命令構成となっているにもかかわらず,ソースコードレベルでの具体的表現が異なること,SOSUBルーチンの行う仕事は,①連結器のピンを外すパワーシリンダを作動させる部分,②パワーシリンダが正常に作動したか否かをチェックする部分,③パワーシリンダの作動状況及びそのチェックの結果を操作者に知らせるため表示灯の点・消灯を行う部分の3つに大別できるところ,本件プログラムの極めて小さな一部分であるSOSUBルーチンのソースコードにおける具体的表現だけをみても,多数の選択肢の中から開発者の個性により選択された表現が用いられているなどとも主張する。

しかしながら,(証拠)におけるソースコードレベルでの具体的表現の相違は,CPUの機種変更に応じて必然的に定まる変更に基づくものにすぎず,創作性の基礎になり得るものではない。

また,上記①ないし③の機能を実現するそのほかの表現に係る選択肢が存在する可能性があるからといって,直ちに本件プログラムにおけるSOSUBルーチンの具体的表現について,創作性が認められるものでもない。1審原告が具体的に指摘する各事項は,いずれも本件装置が要求する仕様や機能を単にプログラムとして実現したものにすぎず,表現上の創作性を基礎付けるものではない。

1審原告の主張は採用できない。

(5) 小括

以上からすると,本件プログラムには,著作物性を認めることができない。

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判例/建物,庭園及び彫刻を一体として建築の著作物と認定した事例

 

建物,庭園及び彫刻を一体として建築の著作物と認定した事例

▶平成150611日東京地方裁判所[平成15()22031]

上記のとおり,谷口とイサム・ノグチは,ノグチ・ルームを含む本件建物,庭園及び彫刻の製作について,これを両者による共同作業と位置付けているものであるところ,前記前提事実として記載した事実関係によれば,ノグチ・ルームは,本件建物を特徴付ける部分であって,本件建物の正面を構成する重要な部分である1階南側部分を占め,西側庭園に直接面して,庭園と調和的な関係に立つことを目指してその構造を決定されている上,本件建物は元来その一部がノグチ・ルームとなることを予定して基本的な設計等がされたものであって,柱の数,様式等の建物の基本的な構造部分も,ノグチ・ルーム内のデザイン内容とされているものである。これらの事情に,疎明資料により認められる事情を総合すると,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体が一体としての著作物であり,また,庭園は本件建物と一体となるものとして設計され,本件建物と有機的に一体となっているものと評価することができる。したがって,ノグチ・ルームを含めた本件建物全体と庭園は一体として,一個の建築の著作物を構成するものと認めるのが相当である。

彫刻については,庭園全体の構成のみならず本件建物におけるノグチ・ルームの構造が庭園に設置される彫刻の位置,形状を考慮した上で,設計されているものであるから,谷口及びイサム・ノグチが設置した場所に位置している限りにおいては,庭園の構成要素の一部として上記の一個の建築の著作物を構成するものであるが,同時に,独立して鑑賞する対象ともなり得るものとして,それ自体が独立した美術の著作物でもあると認めることができる。

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判例/交ダンスの振付けは舞踊の著作物か

 

社交ダンスの振付けは舞踊の著作物か

▶平成240228日東京地方裁判所[平成20()9300]

社交ダンスが,原則として,基本ステップやPVのステップ等の既存のステップを自由に組み合わせて踊られるものであり,基本ステップやPVのステップ等の既存のステップは,ごく短いものであり,かつ,社交ダンスで一般的に用いられるごくありふれたものであるから,これらに著作物性は認められない。また,基本ステップの諸要素にアレンジを加えることも一般的に行われていることであり,基本ステップがごく短いものでありふれたものであるといえることに照らすと,基本ステップにアレンジを加えたとしても,アレンジの対象となった基本ステップを認識することができるようなものは,基本ステップの範ちゅうに属するありふれたものとして著作物性は認められない。

社交ダンスの振り付けにおいて,既存のステップにはない新たなステップや身体の動きを取り入れることがあるが,このような新しいステップや身体の動きは,既存のステップと組み合わされて社交ダンスの振り付け全体を構成する一部分となる短いものにとどまるということができる。このような短い身体の動き自体に著作物性を認め,特定の者にその独占を認めることは,本来自由であるべき人の身体の動きを過度に制約することになりかねず,妥当でない。

以上によれば,社交ダンスの振り付けを構成する要素である個々のステップや身体の動き自体には,著作物性は認められないというべきである。

社交ダンスの振り付けとは,基本ステップやPVのステップ等の既存のステップを組み合わせ,これに適宜アレンジを加えるなどして一つの流れのあるダンスを作り出すことである。このような既存のステップの組合せを基本とする社交ダンスの振り付けが著作物に該当するというためには,それが単なる既存のステップの組合せにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であると解するのが相当である。なぜなら,社交ダンスは,そもそも既存のステップを適宜自由に組み合わせて踊られることが前提とされているものであり,競技者のみならず一般の愛好家にも広く踊られていることにかんがみると,振り付けについての独創性を緩和し,組合せに何らかの特徴があれば著作物性が認められるとすると,わずかな差異を有するにすぎない無数の振り付けについて著作権が成立し,特定の者の独占が許されることになる結果,振り付けの自由度が過度に制約されることになりかねないからである。このことは,既存のステップの組合せに加えて,アレンジを加えたステップや,既存のステップにはない新たなステップや身体の動きを組み合わせた場合であっても同様であるというべきである。

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2025年6月23日月曜日

判例/複合商業施設内の「庭園」を(建築)著作物と認めた事例

 

複合商業施設内の「庭園」を(建築)著作物と認めた事例

▶平成250906日大阪地方裁判所[平成25()20003]

前記で述べたところによれば,本件庭園は,新梅田シティ全体を一つの都市ととらえ,野生の自然の積極的な再現,あるいは水の循環といった施設全体の環境面の構想(コンセプト)を設定した上で,上記構想を,旧花野,中自然の森,南端の渦巻き噴水,東側道路沿いのカナル,花渦といった具体的施設の配置とそのデザインにより現実化したものであって,設計者の思想,感情が表現されたものといえるから,その著作物性を認めるのが相当である。

債務者は,本件庭園の構成や水の循環の表現形態がありふれたものであるとして,疎明資料を提出する。

しかしながら,仮に池,噴水といった個々の構成要素はありふれたものであったとしても,前記構想に基づき,超高層ビルと一体となる形で複合商業施設の一角に自然を再現した本件庭園は,全体としては創造性に富んでいるというべきであり,これをありふれていると評価することは到底できず,債務者の主張は採用できない。

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2025年6月18日水曜日

判例/プログラムの著作物性

 

プログラムの著作物性

▶平成181226日知的財産高等裁判所[平成18()10003]

小説,絵画,音楽などといった従来型の典型的な著作物と異なり,プログラムの場合は,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(法21102)であって,元来,コンピュータに対する指令の組合せであり,正確かつ論理的なものでなければならないとともに,プログラムの著作物に対する法による保護は,「その著作物を作成するために用いるプログラム言語,規約及び解法に及ばない。」(法103項柱書1文)ところから,所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピュータに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのような表現順序とするかなどといったところに,法によって保護されるべき作成者の個性が表れることとなる。したがって,プログラムに著作物性があるといえるためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れているものであることを要するものであって,プログラムの表現に選択の余地がないか,あるいは,選択の幅が著しく狭い場合には,作成者の個性の表れる余地もなくなり,著作物性を有しないことになる。そして,プログラムの指令の手順自体は,アイデアにすぎないし,プログラムにおけるアルゴリズムは,「解法」に当たり,いずれもプログラムの著作権の対象として保護されるものではない。

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判例/グッドデザイン賞を受賞した高級注文住宅の建築著作物性が争われた事例

 

グッドデザイン賞を受賞した高級注文住宅の建築著作物性が争われた事例

▶平成151030日大阪地方裁判所[平成14()1989]平成160929日大阪高等裁判所[平成15()3575]

【イ() 著作権法は、同法にいう著作物を『思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。』と定義し(同法2条1項1号)、著作物の例示中に『建築の著作物』を挙げている(同法10条1項5号)。

ところで、建築は、絵画、版画、彫刻などと同様に造形活動の一種であるが、絵画、版画、彫刻などが専ら美的鑑賞を目的に制作される物品であるのに対し、建築により地上に構築される建築構造物(建築物)は、物品ではない上、美的鑑賞の目的というよりも、むしろ、住居、宿泊所、営業所、学舎、官公署等として現実に使用することを目的として製作されるものである。そこで、同法は、『建築の著作物』を『絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物』(同法10条1項4号)とは別に、独立の著作物類型として保護することにしたものと解される。ちなみに、同法20条2項2号は、建築物の所有者の経済的利用権と著作者の権利を調整する観点から、一定の範囲で著作者の権利(同一性保持権)を制限し、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変を許容している。

() 一方、著作権法は、著作物の例示中に『絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物』を挙げた(同法10条1項4号)上で、『美術の著作物』には『美術工芸品』を含む旨を規定している(同法2条2項)から、『美術の著作物』は純粋美術(絵画や彫刻のように、専ら鑑賞目的で創作される美的創作物)に限定されないことは明らかであるものの、一品制作的な美術工芸品を除く、その他の応用美術(実用目的の物品に応用される美的創作物)が『美術の著作物』に該当するかどうかは、同法の条文上必ずしも明らかではない。

ところで、応用美術は、①純粋美術作品が実用品に応用された場合(例えば、絵画を屏風に仕立て、彫刻を実用品の模様に利用するなど)、②純粋美術の技法を実用目的のある物品に適用しながら、実用性よりも美の追求に重点を置いた一品制作的な場合、③純粋美術の感覚又は技法を機械生産又は大量生産に応用した場合に分類することができる。このことに、本来、応用美術を含む工業的に大量生産される実用品の意匠は、産業の発展に寄与することを目的とする意匠法の保護対象となるべきものであること(同法1条)、これに対し、著作権法は文化の発展に寄与することを目的とするものであり(同法1条)、現行著作権法の制定過程においても、意匠法によって保護される応用美術について、著作権法の保護対象にもするとの意見は採用されなかったこと、一品制作的な美術工芸品を越えて、応用美術全般に著作権法による保護が及ぶとすると、両法の保護の程度の差異(意匠法による保護は、公的公示手段である設定登録が必要である上、保護期間(存続期間)が設定登録の日から15年であるのに対し、著作権による保護は、設定登録をする必要はなく、保護期間(存続期間)が著作物の創作の時から著作者の死後50年を経過するまで、法人名義の著作物は公表後50年を経過するまで等とされている。)から、意匠法の存在意義が失われることにもなりかねないこと等を合わせ考慮すると、原則として、応用美術については、著作権法の保護が及ばないものと解するのが相当である。

もっとも、応用美術であっても、それが造形者の知的・文化的精神活動の所産であって、通常の創作活動を上回り、実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、造形芸術と評価し得るだけの美術性を有するに至っているため、客観的、外形的に見て、社会通念上、純粋美術と同視し得る美的創作性(審美的創作性)を具備していると認められる場合は、『美術の著作物』として著作権法による保護の対象となる場合があるものと解される。

() 建築物は、地上に構築される建築構造物であり、例えば、建物は、建築されると土地の定着物たる不動産として取り扱われるから、意匠法上の物品とは解されず、その形態(デザイン)は意匠法による保護の対象とはならない。しかも、建築物は、一般的には工業的に大量生産されるものではないが、前記()のとおり種々の実用に供されるという意味で、一品制作的な美術工芸品に類似した側面を有する。また、前記アで認定したとおり、原告建物は、高級注文住宅ではあるが、建築会社がシリーズとして企画し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅として建築することを予定している建築物のモデルハウスであり、近時は、原告建物のように量産することが予定されている建築物も存在するから、建築は、物品における応用美術に類似した側面も有する。そうだとすれば、建築物については、前記()で検討したところがおおむね妥当する。したがって、著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、知的・文化的精神活動の所産であって、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し、通常のありふれた建築物は、同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。

一般住宅の場合でも、その全体構成や屋根、柱、壁、窓、玄関等及びこれらの配置関係等において、実用性や機能性(住み心地、使い勝手や経済性等)のみならず、美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で、設計、建築されるのが通常であるが、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に、『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは、同法2条1項1号の規定に照らして、広きに失し、社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。すなわち、同法が建築物を『建築の著作物』として保護する趣旨は、建築物の美的形象を模倣建築による盗用から保護するところにあり、一般住宅のうち通常ありふれたものまでも著作物として保護すると、一般住宅が実用性や機能性を有するものであるが故に、後続する住宅建築、特に近時のように、規格化され、工場内で製造された素材等を現場で組み立てて、量産される建売分譲住宅等の建築が複製権侵害となるおそれがある。

そうすると、一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。

原告は、原告建物のような一般住宅は建築されると不動産(建物)として意匠登録をすることができず、意匠法による保護の途が閉ざされている旨主張しているが、不動産について意匠登録を認めるか否かは、専ら立法政策の問題であるから、そのことを理由に、上記の程度に至らないものを、著作権法で保護される『建築の著作物』と認めることはできない。

() 前記アの認定事実によれば、原告建物は、和風建築において人気のある、その意味では日本人に和風建築の美を感じさせるということができる、切妻屋根、陰影を作る深い軒、袖壁、全体的な水平ラインといった要素や、インナーバルコニー、テラス、自然石の小端積み風の壁といった洋風建築の要素を、試行錯誤を経て配置、構成されていると認められるから、実用性や機能性のみならず、美的な面でそれなりの創作性を有する建築物となっていることは否定できない。また、原告建物は、建築会社である原告内において、専門的な知識、経験を有する複数の者が関与して、試行錯誤を経て外観のデザインが決定されたものであり、その意味で、知的活動の成果であることも疑いないところである。

しかしながら、現代において、和風の一般住宅を建築する場合、上記のような種々の要素が、設計・建築途上での試行錯誤を経て、配置、構成されるであろうことは、容易に想像される。本件のように、高級注文住宅とはいえ、建築会社がシリーズとして企画し、モデルハウスによって顧客を吸引し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅を建築する場合は、一般の注文建築よりも、工業的に大量生産される実用品との類似性が一層高くなり、当該モデルハウスの建築物の建築において通常なされる程度の美的創作が施されたとしても、『建築の著作物』に該当することにはならないものといわざるを得ない。これに対し、まれに、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を具備していると認められる場合は、『建築の著作物』性が肯定されることになる。

() 前記アの認定事実、前記()ないし()の説示及び後記ウの認定判断によれば、原告建物は、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回っておらず、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を具備しているとはいえないから、著作権法上の『建築の著作物』に該当するということはできない。】

() 原告は、原告建物に【建築物としての審美的創作性】があることの裏付けについて、原告建物がグッドデザイン賞を受賞したことを挙げる。

()

以上によれば、グッドデザイン賞の選定に当たっては、美しさ、新規性、独自性など、審美性、芸術性に関連する要素が考慮されることは否定し得ず、また、従来の建築様式との対比の点において、原告建物のデザインに、純然たる和風建築でも洋風建築でもない独自の要素があることが認められる。しかし、他方で、一般に、グッドデザイン賞の選定に当たっては、単に外観の美しさだけではなく、工業製品としての機能や、同じ外観の製品の大量生産が可能か否かという工業製品の生産性に関わる事項(「再現性」等)も相当程度考慮されていることが認められる。特に上記のグッドデザイン賞イヤーブック、ウェブサイトコピーの記載によれば、本件受賞の大きな理由として、多様な敷地条件やライフスタイルに適応した設計が可能なシステム商品であるという機能面が強調されており、美感に関しては、商品概要の欄に「オーソドックスな屋根型シルエット」という抽象的な指摘があるにとどまる。

また、本件のグッドデザイン賞の受賞は、JXだけではなく、UX、NEOという異なった形態の住宅を包含するグルニエダインシリーズに与えられたものであり、これらのシリーズ中の各形式の住宅の形態は、外壁や屋根の色、屋根の傾斜など、共通した点があるものの、建物の形態としては、基本的な部分が大きく異なるといえるものも含まれており、このことからも、本件受賞は、機能面が極めて重視されていることが推認される。

【したがって、グッドデザイン賞の受賞から、原告建物に客観的、外形的に見て、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性が具備されていると認めることはできない。】

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判例/「キラキラぼし」の振付けの著作物性を否定した事例

 

「キラキラぼし」の振付けの著作物性を否定した事例(詳細版)

▶平成210828日東京地方裁判所[平成20()4692]

エ 「キラキラぼし」の振付け

() 原告主張の「キラキラぼし」の振付けの著作物性について判断する。

証拠及び弁論の全趣旨によれば, 「キラキラぼし」は,作詞不詳のフランス民謡であり,手の平を星に見立て,夜空に浮かんだ星がきらきら光る様子を,手をひらひら動かすことで表現する手あそび歌であることが認められる。

また,原告書籍本体には,「キラキラぼし」について,「夜空にうかんだおほしさまがきらきらひかるようすを,ひらひら手を動かすことで表現します。“おおきなほし”ではうでを大きくふり,“ちいさなほし”では手をかわいらしくふって,それぞれのイメージに合った動きでうたってみましょう。」(108頁)との記載がある。

原告が独自に創作したと主張する振付けは,別紙目録記載のとおり,堀野真一が作詞した「キラキラひかる おおきなほしは たのしいうたを うたっているよ ピカピカひかる ちいさなほしと」の歌詞(堀野の歌詞)に合わせた振付けであり,「キラキラひかる」との歌詞に合わせて両手を頭上に挙げて両手首を回す,「おおきなほしは」の歌詞に合わせて両手を挙げたまま左右に振る,「たのしいうたを」の歌詞に合わせて手を順番に胸の前で交差させ首を左右に揺らす,「うたっているよ」の歌詞に合わせて手を順番に口の横に当て,首を左右に揺らす,「ピカピカひかる」の歌詞に合わせて両手を胸の高さに挙げて両手首を回す,「ちいさなほしと」の歌詞に合わせて両手を挙げたまま左右に振るというものである。

そこで検討するに,堀野の歌詞は,キラキラ光る大きな星が,ピカピカ光る小さな星と一緒に,楽しい歌を歌っているという内容のものであり,この歌詞に合わせた振付けを考えた場合,星がキラキラあるいはピカピカと光る様子,キラキラ光る大きい星とピカピカ光る小さい星との対比,楽しい歌を歌う様子を表現する振付けになるものと解される。そして,「キラキラひかる」や「ピカピカひかる」の上記歌詞に合わせて両手首を回すことは,星が瞬く様子を表すものとして,誰もが思いつくようなありふれた表現であり,また,「キラキラひかるおおきなほし」と「ピカピカひかるちいさなほし」の対比として,前者では両手を高く上げて腕を大きく振り,後者では,胸の高さに挙げた両手を小さく振ることも,大小の対比として自然に思いつく,ありふれた表現であると認められる。さらに,「うたっているよ」の上記歌詞に合わせて手を順番に口の横に当て,首を左右に揺らすことも,歌っていることを示す動作として,ありふれた表現であると認められる。

そして,「たのしいうたを」の上記歌詞に合わせて,両手を胸の前で交差させて首を左右に揺らすことについては,原告書籍より前に発行されたポプラ社書籍に掲載された「キラキラぼし」において,「おそらのほしよ」との歌詞に合わせて右手と左手を順に交差させて胸に当て,体を左右に揺らす動作が記載されていること(61頁)からすれば,両手を胸の前で交差させ,体を左右に揺らす動作は格別な表現ではなく,上記振付けは,ポプラ社書籍記載の上記動作と左右に揺らす部位が首であること及び対応する歌詞に違いがあるものの,特段創作性があるものとは認められない。

したがって,原告主張の上記振付けは,創作性を有する著作物であるものと認めることはできない。

() 以上によれば,原告主張の「キラキラぼし」の振付けは,著作物には当たらない。

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判例/音源データ(効果音)は著作物か

 

音源データ(効果音)は著作物か

令和5314日知的財産高等裁判所[令和4()10049]

しかしながら、証拠(等)によると、①被告音源データは、爆発音だけでも約2000種類のものを含み、一審被告取締役Bが音響効果業務で使用するハードディスクでは作業の効率化のため被告音源データの一部を厳選して保存しているが、そのハードディスクに保管されている被告音源データのデータ量でも約194ギガバイト、ファイル数3万1000個超となるなど、膨大な数の音源データで構成されていると認められ、このように多種多様な音で構成されていることからみて、個々の音源の中には個性的な特徴を有するものが多数含まれるとうかがわれること、②被告音源データは、生音(人の手で音を作り出して収録した音)、シンセサイザーで合成した音等の効果音、環境音等からなるものであるが、シンセサイザーで制作される音については優に100を超える設定項目を設定しなければならないこと、生音で制作される音については制作の際の個人差が想定されること、屋外で録音した音については音の録音をするに適した場所、環境、時間帯等を探し出して選択し、録音した部分から不要となる部分を省く編集をしなければならないこと、同種の方法で制作された音同士を、あるいは、異種の方法で制作された音同士を掛け合わせて融合するなどして複雑な混成をさせていること、以上のことからして、単に発生している音を録音するという機械的作業により制作され音が保存されているではなく、その制作に当たって創造性を発揮させる余地が十分にある音が保存されていること、③上記のような単純とはいい難い作業に基づいて制作されるほか、アナログ機材で様々な融合や設定をしてできた音であるのにその設定等が不明で、現在どのようにして制作するかも分からない再現不能な音源も多いことから、偶然に同一の音が再現される可能性は低く、世上耳にすることのある、ありふれた音そのものとは構成が異なること、④被告音源データのうち、少なくとも半分は上記のような制作過程によって一審被告が制作したものであること、⑤1音源の長さは、数秒程度のものあれば、1分以上に及ぶものもあって、制作作業の過程で思想又は感情の表現を込め得る程度の長さのものも含むことが認められる。

以上によれば、被告音源データの中の個々の音のみであっても、幅のある表現の中から選択され、その表現に個性の発露を認め得る音も決して少なくないものと認められ、そのようにして制作された音には創作性を認める余地があるといえ、一律に効果音の著作物性を否定できるものではないし、著作物性のある音がごくわずかであるともいい得ない。

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