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著作権コンサルタントをしています。クリエーターの卵から世界的に著名なアーティストまで、コンテンツビジネスや著作権にかかわる法律問題について、グローバルに支援しています。 カネダ著作権事務所 http://www.kls-law.org/
ラベル 重要判例<言語著作物> の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2025年11月21日金曜日

判例/同じ性描写が要素の文章とイラストの侵害性が争われた事例

 

同じ性描写が要素の文章とイラストの侵害性が争われた事例

▶令和3330日東京地方裁判所[令和1()30833]▶令和3930日知的財産高等裁判所[令和3()10036]

[控訴審]

1 当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。

2 控訴人の当審における補充主張について

(1) 被告イラストが原告文章の翻案に当たるとの点について

既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないことは引用する原判決が説示するとおりである。

本件についてみると,被告イラストは,原告文章と同じく,原作である「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定に依拠して,身長差のある同性の2人が,壁に掴まりながら特定の体位で性交渉を行うという描写において,原告文章と同一性を有するにとどまるものであり,こうした描写自体は,アイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分である。

そうすると,原告文章を全体として見た場合に一定の創作性が認められる余地があるとしても,前述のとおり,被告イラストは,原告文章のうちアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないのであるから,原告文章の翻案に当たるものでないことは明らかというべきである。

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(2) 被告文章が原告イラストの翻案に当たるとの点について

被告文章は,原作である「ONE PIECE」に登場するキャラクターの設定に依拠して,原作に登場する2人の人物が性交渉後に,身長の低く若い人物(ルフィ)が失禁したと勘違いし,動揺をしている描写設定において,原告イラストと同一性を有するに止まり,こうした描写設定は,同性間の性交渉を描写するに当たってのアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性があるとはいえない部分である。そうすると,原告イラストを全体として見た場合に一定の創作性が認められる余地があるとしても,前述のとおり,被告文章は,原告イラストのうちアイデアないし着想にすぎないか,表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないのであるから,原告イラストの翻案に当たるものでないことは明らかというべきである。

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2025年11月17日月曜日

判例/「姓名学」に関する書籍の侵害性を否定した事例

 

「姓名学」に関する書籍の侵害性を否定した事例

平成141126日東京地方裁判所[平成14()5467]

1 争点(1)について

(1) 原告は,被告書籍の本件対比表の部分につき,被告書籍は原告書籍を翻案したもので,原告書籍を掲載した被告書籍の発行販売は,原告書籍の著作権を侵害するものであると主張しているところ,翻案が認められるためには,被告書籍が原告書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することができなければならず,表現上の創作性がない部分において同一性を有するに過ぎない場合は,翻案には当たらないと解される。

そこで,以下,対比表に従って,原告書籍及び被告書籍について上記の点を判断する。

(2) 対比表1について

ア 原告書籍では「一という數は天地の始め萬有の基であつて」と記載されているのに対し,被告書籍では「●単数1はすべての始まり」,「1は万物の始まりです。宇宙に存在するすべてのものの根源です。」と記載されているところ,両者はいずれも1という数字に関して,始まりを意味するものであるという点で共通しているが,原告書籍では,始まりの対象は「天地」であるのに対して,被告書籍では「すべて」,「万物」と異なっており,また,原告書籍の「萬有の基」と被告書籍の「宇宙に存在するすべてのものの根源」は,似た意味を有するものの,具体的な表現は異なっており,必ずしも同じではない。そして,これらを姓名判断に用いることは,アイデアである(以下,(3)ないし(11)につき,個々の数に関する説明を姓名判断に用いることは,同様にアイデアである。)。

イ また,原告書籍では「自ら獨立,單行,健全,發達,富貴,名誉,幸福等の暗示が生れて來る。」と記載されているのに対し,被告書籍では「自立心,勇気,進展といった意味を持ちます。」と記載されているところ,その表現は明らかに異なっている。

ウ 上記部分以外の記載部分に関しては,両者の表現に共通する部分は認められない。

エ したがって,対比表1の部分について,被告書籍が原告書籍を翻案したということはできない。

(3) 対比表2について

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(13) 対比表12について

当該部分は,1から81の数字に関する記述部分である。

しかし,これらの原告書籍に関する部分は,単語又は極めて短い文章であって,その表現に特に特徴的な言葉が用いられているとも認められないから,それらの点に被告書籍と共通する部分があるからといって,表現上の創作性を有するものとして著作権法によって保護される著作物に該当する部分について共通するものと認めることはできない。したがって,当該部分について,被告書籍が原告書籍を翻案したということはできない。

(14) 以上検討したように,対比表の部分すべてにつき,被告書籍は原告書籍を翻案したものであると認めることはできない。

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判例/営業戦略のマネジメント書籍の侵害性が争点となった事例

 

営業戦略のマネジメント書籍の侵害性が争点となった事例

▶平成19830日東京地方裁判所[平成18()5752]▶平成200212日知的財産高等裁判所[平成19()10079]

[控訴審]

当裁判所の判断は,当審における当事者の主張につき,以下のとおり付加するほか,原判決のとおりであるから,これを引用する。

1 争点1(被告書籍が原告書籍等の複製又は翻案であるか)について

(1) 被告著作物追加目録4(被告書籍131頁,134頁,135頁)について

原告著作物追加目録4の230頁には,「たった1枚の名刺でキーマンを虜にする」という見出しがあって,その見出しに続いて,本文において名刺の活用が記載されている。被告著作物追加目録4には,「やっともらった『たった1枚の名刺』でキーマンを虜にするには」と語句が記載され,その全体が四角の枠で囲まれ,その下方に矢印が記載され,矢印の下方に,「何をすれば…『もう,まいった!』と言わせられるか」との語句が記載されている。

上記原告著作物追加目録4と上記被告著作物追加目録4において共通するのは,「たった1枚の名刺でキーマンを虜にする」との表現であるが,これは平凡な表現によりなる短文であり,これに創作性を認めることはできない。

また,原告著作物追加目録4の232頁には,四角の枠内の上部に「たった1枚の名詞の活用で…」と大きく書かれ,その下方に,四角の枠で囲まれた「キーマンをマイッタ!と唸らせる術」との語句が記載され,その周りに,「今のライバルのサービスに満足」,「来てもムダ」などの語句が記載されている。被告著作物追加目録4には,上記のとおり,矢印の下方に,「何をすれば…『もう,まいった!』と言わせられるか」との語句が記載されている。

上記被告著作物追加目録4と上記原告著作物追加目録4において共通するのは,「まいった」という表現で,これは,キーマンをまいったと言わせるという意味であると認められるが,このような語句に創作性を認めることはできない。

控訴人らは,たった1枚の名詞でキーマンをとりこにするとの部分は,必ずしも通常の使用例とは異なり,また,まいったとの表現も通常の使用例と異なり,通常の用語でないものを組み合わせて創作したものであり,創作性として十分である旨主張するが,いずれの使用例も日常普通に経験するものであり,このような短い表現,語句を2つ組み合わせたという程度では,これに創作性があると認めることはできない。

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(3) 被告新規著作物目録5(118,119頁)について

原告新規著作物目録5の1には,顧客のキーマンの心理の変化として,「(1) オヤ,この営業マンは『違う』……『でも売り込みだから』」,「(2) アラ,『彼は一味違うな』……『でも買う意思はないよ』」,「(3) ウム,『そこまで気配りが』……『彼はなかなかいいセンスだ』」,「(4) エ!『サスガだよ』……『彼に会うのが楽しみだ』」,「(5) ムムム……『まいった!』……「何かお礼してあげないと……』」,「(6) ウソー……『凄い』……『ともかくサンプル発注を……』」との記載があり,同著作物目録5の2,3にも,類似の記載がある。

被告新規著作物目録5(118頁)には,「お客様の反応の変化を知る」との表題のもと,客の反応をステップ1ないし6として記載し,それぞれ,「注意を引く」,「興味をもつ」,「欲しい」,「記憶する」,「行動する」,「満足する」というものであり,「アレ?」,「オヤー」,「アラ」,「ウムー」,「スゴイ!」,「マイッタ!!」というものであると記載し,また,被告新規著作物目録5(119頁)には,「お客さま」として示された人の形をした図の横に,6個の吹き出しが記載され,その吹き出しの中に,上から順に,「マイッタ!!」,「スゴイ!」,「ウムー」,「アラ」,「オヤー」,「アレ?」と記載されている。

原告新規著作物目録5の1ないし3は,顧客の心理の変化を6段階で示し,それを感嘆詞と顧客の心理の具体的内容とともに描写するものであるのに対し,被告新規著作物目録5は,顧客の心理の変化を6段階で示し,それを簡単な感嘆詞で表現するものである。顧客の心理の変化を6段階で示すことや,それを簡単な感嘆詞で表現すること自体は着想であって,著作権法で保護されるものではない。そして,被告新規著作物目録5は,6種の感嘆詞を用いて心理の変化を表現しているが,原告新規著作物目録5の1ないし3には存在する,顧客の心理の具体的内容の描写がないことに,原告新規著作物目録5の1で使用されている感嘆詞と,感嘆詞自体やその順序において異なることから,被告新規著作物目録5は,原告新規著作物目録5の1ないし3の複製又は翻案には当たらない。

控訴人らは,被告新規著作物目録5の感嘆詞や顧客の反応のステップは被告著作物目録1に現れる感嘆詞やステップに対応すること,被告著作物目録1は原告著作物目録1の1,2の1,3の1・2の複製に当たることから,被告新規著作物目録5は,原告新規著作物目録5の1(原告著作物目録1の1と同じ),同5の2(原告著作物目録2の1と同じ),同5の3(原告著作物目録3の1と同じ)の複製又は翻案とすべきである旨主張する。

しかし,被告著作物目録1は,原告新規著作物目録5の1ないし3と同様,顧客の心理の変化を6段階で示し,それを感嘆詞と顧客の心理の具体的内容とともに表現したものであり,顧客の心理の具体的内容についての表現において,被告著作物目録1と原告新規著作物目録5の1ないし3は実質的に同一といえるものであるが,被告新規著作物目録5は,顧客の心理の具体的内容は記載せず,被告著作物目録1と被告新規著作物目録5は,仮に感嘆詞などの一部が共通であったとしても,全体として異なった表現といえるものである。したがって,被告著作物目録1が,控訴人らの著作物の複製であることを理由として,被告新規著作物目録5が,控訴人らの著作物の複製となるものでない。また,控訴人らは,被控訴人の著作物での感嘆詞の使用順序が,原告著作物目録1と共通するとも主張するが,一般的に使用される短い感嘆詞について,その使用順序の一部が共通するだけであり,使用されている感嘆詞が異なることからも,上記を理由として,被告新規著作物目録5を控訴人らの著作物の複製又は翻案と認めることはできない。

(以下略)

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判例/幼児児童向けの書籍(教育教材)の翻案権侵害の成否が問題となった事例

 

幼児児童向けの書籍(教育教材)の翻案権侵害の成否が問題となった事例

▶平成160331日東京高等裁判所[平成16()39]

翻案権侵害の成否について

(1) 翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実,事件若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決参照)。

(2) 控訴人らが新シリーズについての共有著作権を有するか否かについてはそもそも争いがあるが,この点はさておき,まず,本件各書籍と新シリーズ対応書籍との表現上の本質的な特徴の同一性について検討する。

控訴人らは,本件各書籍と新シリーズ対応書籍が,各分野ごとに年齢別に作成された独創的なプログラムに則った構成において類似性を有する旨主張するところ,個々の書籍についての判断は,以下のとおりである。

ア 本件書籍1について

本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」の構成が,原判決〔控訴人らの主張〕の点において類似するとしても,これらの点は,思想又はアイデアにすぎず,表現とはいえない。すなわち,シールを用いて作業する点はアイデアにすぎず,表現とはいえない。また,漢字の読み書きの学習方法や,その学習に先立ってまず漢字に親しみを持たせるという点は,漢字の学習を目的とする幼児用教育教材に関する思想又はアイデアというべきものであって,表現には当たらない。なお,本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」を比較すると,「木」,「山」及び「川」の字を学習する頁,身体の部分,自然及び学校に関連する漢字を学習する頁並びにカレンダーの頁など,対応する頁における絵の具体的表現そのものは,大きく異なっており,前者に接する者が後者の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとはいえない。

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(3) 以上のとおり,控訴人らが主張する本件各書籍と新シリーズ対応書籍との類似点は,思想,アイデア若しくは素材など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分における類似をいうものにすぎないから,仮に,これらの点が類似していても,翻案には当たらない。そして,本件各書籍の表現と新シリーズ対応書籍の表現は,表現上の本質的特徴の同一性を有するとはいえず,本件各書籍に接する者が新シリーズ対応書籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる箇所は見当たらない。

なお,本件各書籍と新シリーズ対応書籍それぞれの表紙裏に記載されている「この本のねらいと構成」は,まさに書籍として表現するにあたっての思想又はアイデアを記したものにすぎないから,仮に,この内容が類似していても,翻案には当たらない。また,年齢別,分野別としたこと,1枚ずつ外して使えるものとしたこと,シールを利用したこと及びボードをつけたこと等控訴人ら主張のノウハウは,本件シリーズや新シリーズを制作するにあたってのアイデアにすぎず,表現それ自体ではないから,この点が類似していても,翻案には当たらない。

(4) 控訴人らは,本件シリーズと新シリーズの名称が類似していること,本件シリーズの発行と同時に新シリーズの発行が停止されたこと,本件シリーズに掲載された書籍一覧表には,新シリーズの書籍が混在して記載されていること及び控訴人会社と被控訴人との交渉経過等を翻案の根拠として主張する。しかしながら,翻案に該当するためには,本件各書籍と新シリーズ対応書籍における表現上の本質的な特徴の同一性が存在することが必要であって,表現上の本質的な特徴の同一性に関係しない,シリーズの名称や当事者間の交渉経過等の上記事情は,翻案に当たるか否かの判断に何ら影響を与えないものであるから,控訴人らの上記主張は理由がない。

(5) したがって,控訴人らが新シリーズについて共有著作権(翻案権)を有するか否かにかかわらず,本件各書籍が新シリーズ対応書籍の翻案に当たるということはできない。

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判例/ダイエット本の侵害性が問題となった事例

 

ダイエット本の侵害性が問題となった事例

▶平成26829日東京地方裁判所[平成25()28859]▶平成27225日知的財産高等裁判所[平成26()10094]

(1) 総論

著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),対象物件がアイデアなど表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,当該物件の作成は当該著作物の複製にも翻案にも当たらない(最高裁平成13年6月28日判決[江差追分事件]参照)。

そこで,原告書籍と被告書籍とで同一性を有すると主張する部分(侵害を主張する部分)が表現上の創作性がある部分といえるか,創作性のある部分について,被告書籍から原告書籍の本質的特徴を直接感得できるかについて検討する。

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(3) 付録のゴムバンドの巻き方(別紙対比表No.27)について

原告書籍と被告書籍は,ゴムバンドの巻き方において共通する部分があるが,その具体的な記述文言は異なっている。

著作権法は,ダイエット法等のアイデアを保護するものではなく,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,ゴムバンドの巻き方において共通するところがあるとしても,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

原告書籍と被告書籍は,ゴムバンドの巻き方を,女性モデルがバンドを巻いている写真で示すという表現をとっている点で共通するが,いずれもありふれた表現であって,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

【控訴人は,例えば,控訴人書籍の「たすきがけ巻き」についての記述は,そのアイデア自体画期的なだけではなく,「バンドを8の字にして」,「両腕を上げて,バンザイします」などの説明表現がその言葉の選択において個性的であり,画像も独特であると主張する。しかし,バンドを一定の巻き方で巻くということ自体は,控訴人も自認するとおりアイデア(思想)であるから,著作権法上の保護の対象となるものではないし,控訴人書籍の具体的な記述をみても,「バンドを8の字にして,両手首にかけます」,「両腕を上げて,バンザイします」という説明表現は,説明対象となる一連の動作を表現するための表現としては,ごくありふれており,創作性がある表現とはいえない。また,同記述に付された画像も,モデルが両手首にバンドを8の字状にかけたり,その手を頭上に挙げているポーズを撮影したもので,当該巻き方を表現するためのポーズとしてはごくありふれたものであり,ポーズ自体が創作性のある表現とはいえない。したがって,控訴人の主張は理由がない。】

(4) エクササイズの方法(別紙対比表No.814)について

原告書籍と被告書籍は,エクササイズ方法において共通する部分があるが,その具体的な記述文言は異なっている。

著作権法はダイエット法等のアイデアを保護するものではなく,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,エクササイズ方法において共通するところがあるとしても,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

原告書籍と被告書籍は,エクササイズ方法を,女性モデルの写真で示すという表現をとっている点で共通するが,いずれもありふれた表現であって,表現上の創作性ある部分で共通しているとはいえない。

(5) 以上によれば,原告書籍と被告書籍は,表現上の創作性ある部分において共通しているとはいえないから,被告書籍を作成することは,原告書籍の複製とも翻案ともいえないし,原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害するともいえない。

[控訴審同旨]

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判例/歴史教科書の侵害性の判断基準

 

歴史教科書の侵害性の判断基準

平成261219日東京地方裁判所[平成25()9673]▶平成27910日知的財産高等裁判所[平成27()10009]

[控訴審]

当裁判所も,控訴人の請求は,当審における控訴人の主張を踏まえても,いずれも棄却すべきものと判断する。

その理由は,次のとおりである。

1 争点(1)(被控訴人各記述が控訴人各記述を「翻案」したものか否か)

(1) 翻案について

原判決に記載のとおりである。

(2) 教科書及びその検定について

原判決(教科書及びその検定について)に記載のとおりである。

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(3) 歴史教科書の個々の記述について

特定の著作物と他の著作物との間で著作権又は著作者人格権(著作権等)の侵害の有無を判断しようとする場合,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないときには,複製又は翻案には該当しないのであるから,著作権等を侵害されたと主張する者は,自らの著作権等が侵害されたとする表現部分を特定した上で,まず,その表現部分が創作性を有していることを明らかにしなければならない。この点,原判決別紙対比表項目1,2,9,10,15,17,19,20,24,26,27~29,33~36,43~45及び47の各「原告主張」欄の小項目「■【原告書籍の表現の視点】」に記載された控訴人の主張が,記述内容に関する著者のアイディアや制作意図ないし編集方針,あるいは,歴史観又は歴史認識に創作性があるという趣旨であれば,それ自体は表現ということができないから,いずれも失当である。当裁判所の検討に当たっては,当該視点に基づいて記されたとする具体的な記述について,表現上の創作性の有無を検討する。

まず,控訴人は,被控訴人書籍の特定の単元の記述の一部が控訴人書籍の特定の単元の一部の記述の著作権等を侵害すると主張しているのであるから,上記の手法(いわゆる「ろ過テスト」)に従うならば,控訴人各記述のうち被控訴人各記述に対応する部分(後述のとおり,その多くは,切れ切れとなった文章表現を全体的に観察した場合にうかがうことのできる観念的な共通性にすぎない。)が,それぞれ単独で創作性を有していることを,更に明らかにしなければならない。

前記(1)のとおり,歴史上の事実又は歴史上の人物に関する事実(歴史的事項)の記述であっても,その事実の選択や配列,あるいは歴史上の位置付け等において創作性が発揮されているものや,歴史上の事実等又はそれについての見解や歴史観をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作権法の保護が及ぶことがある。

ところで,前記(2)のとおり,中学校用歴史教科書については,文部科学大臣が公示する教科用図書検定基準並びに文部科学省が作成した中学校学習指導要領及びその解説により,法令上及び事実上,その記述内容及び方法が相当程度に制約されているほか,想定される読者が中学生であることによる教育的配慮から,その記述事項は,通常,一般的に知られている歴史的事項の範囲内から選択される。その一方で,歴史教科書として制作された書籍だからといって,教科書としてだけ用いられるわけではなく(被控訴人書籍1は,一般に市販されている。),歴史教科書に係る著作権の侵害の有無が問題となる書籍が歴史教科書に限られるわけでもない(被控訴人書籍1は,歴史教科書ではない。)。そうすると,歴史教科書は,簡潔に歴史全般を説明する歴史書に属するものであって,一般の歴史書と同様に,その記述に前記した観点からみて創作性があるか否かを問題とすべきである。すなわち,他社の歴史教科書とのみ対比して創作性を判断すべきものではなく,一般の簡潔な歴史書と対比しても創作性があることを要するものと解される。

そして,簡潔な歴史書における歴史事項の選択の創作性は,主として,いかに記述すべき歴史的事項を限定するかにあるのであり,選択される歴史的事項は一定範囲の歴史的事実としての広がりをもって画されている。したがって,同等の分量の他書に一見すると同一の記述がなかったとしても,それが,他書が選択した歴史的事項の範囲内に含まれる事実として知られている場合や,当該歴史的事項に一般的な歴史的説明を補充,付加するにすぎないものである場合には,歴史書の著述として創意を要するようなものとはいえない。控訴人の創作性基準に関する主張は,上記説示に反する限り,採用することができない。

以下,他社の歴史教科書に同様の表現があるか否かの点を中心に,控訴人各記述の創作性を検討するが,これは,他社の歴史教科書が同等の分量を有する歴史書として,もっとも適切な対比資料であり,他社の歴史教科書に同様の表現があることは,当該表現がありふれたものであることの客観的かつ明白な根拠だからである。

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判例/ルポルタージュ記事の侵害性を認めなかった事例

 

ルポルタージュ記事の侵害性を認めなかった事例

令和6418日東京地方裁判所[令和5()70559]

1 争点1(著作権及び著作者人格権の侵害の成否)

⑴ 著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである(最高裁判所平成13年6月28日第1小法廷判決参照)。これを本件についてみると、思想、アイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性を認めることはできない部分において、被告各記述は原告各記述と同一性を有するにすぎないため、被告各記述の発行又は販売は、複製にも翻案にも当たらないものと認めるのが相当である。その理由は、次のとおりである。

⑵ 原告記述1及び被告記述1

ア 原告記述1A及び被告記述1A

原告記述1A及び被告記述1Aは、いずれも、①原資の確保に当たっては元本の回収が何より重要であること、②他方で、日本学生支援機構は、2004年以降、回収金はまず延滞金と利息に充当するという方針を採用していること、③同機構の2010年度の利息収入は232億円、延滞金収入は37億円に達し、これらの金が経常収益に計上され、原資とは無関係のところに充てられていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通している。

しかしながら、上記①は、原資の確保には元本の回収が重要であるという、奨学金事業に関する筆者の考察を示すものであり、それ自体、思想又はアイデアに属するものであり、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、思想、アイデアなど表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。

また、上記②及び③は、日本学生支援機構における回収金の充当方法や利息・延滞金収入の額という客観的な事実を簡潔に指摘するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。

イ 原告記述1B及び被告記述1B

原告記述1B及び被告記述1Bは、いずれも、①回収された金の行き先の一つが銀行であり、もう一つがサービサーであること、②2010年度期末において、民間銀行からの貸付残高は約1兆円であり、年間の利払額は23億円であること、③サービサーについては、同年度に約5万5000件を日立キャピタル債権回収など2社に委託し、16億7000万円を回収し、そのうち1億0400万円が手数料として支払われていること、以上の内容を上記の順で記載している点において共通していることが認められる。

しかしながら、上記①ないし③は、いずれも日本学生支援機構における奨学金の回収状況に関する客観的な事実を簡潔に紹介するものにすぎず、具体的な表現方法もごくありふれたものであることからすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又は一般的でありふれた表現であり、表現上の創作性を認めることはできない。そして、上記①ないし③の順に記述するという順序もごく一般的なものであり、表現上の創作性がないことは、上記と同様である。

ウ 原告の主張に対する判断

原告は、被告記述1及び原告記述1を細切れに分割して対比すべきではなく、全体として対比すべきである旨主張する。

しかしながら、原告の主張を改めて検討しても、上記において説示したとおり、被告記述1と原告記述1の同一性を有する部分は、全体としてみても、客観的事実とこれに対する考察からなるものであって、著作権法の観点からすれば、事実又は事件など表現それ自体でない部分又はありふれた表現であるというほかなく、表現上の創作性を認めることはできない。

その他に、原告の主張を改めて精査しても、原告の主張は、いずれも前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。

(以下略)

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2025年11月14日金曜日

判例/ノンフィクション(歴史的事実を含む作品)の侵害性

 

ノンフィクション(歴史的事実を含む作品)の侵害性

▶平成250314日東京地方裁判所[平成23()33071]

被告書籍の第3章は,原告書籍に依拠しているから,本件において,被告各記述が原告各記述を複製又は翻案したというためには,原告各記述のうち被告各記述と同一性を有する部分が思想又は感情を創作的に表現したものであり,かつ,被告各記述が,原告各記述と同一であるか,又は,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものであることが必要である。

イ そこで,被告各記述が原告各記述を複製又は翻案したものか否かについて検討する。

() 被告第1記述について

原告第1記述と被告第1記述とは,バスは満席だったが,誰一人しゃべる者もなく,静かだったこと,室内灯が消されたことを著述している点において共通し,同一性がある。

バスは満席だったが,誰一人しゃべる者もなく,静かだったことは,その事実に加え,原告を含むバスの乗客が抱いていた不安の感情を表現したものといえるが,当該状況における感情を表現したものとしてはありふれたものであるから,表現上の創作性がない。また,室内灯が消されたことは,事実であって,表現それ自体ではない。

原告は,原告第1記述のうち,「室内灯を消してみた」は原告が泣いているところを見せたくないという感情を表現したものであり,②「だれ一人しゃべる者もなく」や「室内灯」は選択し得る表現の幅が広いから,創作性があると主張する。しかしながら,①については,被告第1記述のうち原告第1記述中の「室内灯を消してみた」と同一性を有する部分は,「室内灯が消された」という記述だけであり,これは事実であって,感情を表現したものということはできない。また,②については,選択し得る表現に幅があるとしても,「だれ一人しゃべる者もなく」や「室内灯」との記述だけでは,原告の個性ないし独自性が表れているとはいえないから,表現上の創作性がない。原告の上記主張は,採用することができない。

したがって,被告第1記述は,原告第1記述を複製又は翻案したものということはできない。

() 被告第2記述について

原告第2記述と被告第2記述とは,朝元気に家を出た人が,その夕刻に死ぬなんて,原告にはどうしても信じられなかったこと,悪夢と思ったこと,夫のいない生活を考えたこともなかったこと,これから一人になると思うと,涙が止めどなく溢れてきたこと,原告は周囲に知られないよう涙をふいたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し,同一性がある。

これらは,その事実に加え,原告が抱いた悲しみの感情を創作的に表現したものであり,被告第2記述は,原告第2記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し,被告第2記述を一読しただけで,その特徴を直接感得することができるものである。

被告Bは,原告第2記述中の「悪夢でも見ている」及び「周囲に気づかれないように涙をそっとふいた」並びに順序は創作性がないと主張する。しかしながら,前記の同一性を有する部分は,感情の形容,強調方法や言い回しにおいて,原告の個性ないし独自性が表れていることが明らかである。被告Bの上記主張は,採用することができない。

したがって,被告第2記述は,原告第2記述を複製又は翻案したものということができる。

(以下略)

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判例/ノンフィクションの侵害性~伝記(ノンフィクション)vs.会話を主体とする戯曲~

 

ノンフィクションの侵害性~伝記(ノンフィクション)vs.会話を主体とする戯曲~

平成131220日京都地方裁判所[平成11()111]▶平成140918日大阪高等裁判所[平成14()287]

()本件は,原告が,「本件戯曲」が原告の著作物の翻案であり,また,本件戯曲中の個々の翻訳が原告著作物中の翻訳の著作物の複製であるとして,本件戯曲の複製,出版又は頒布の停止を求めなどを求めた事案である。

(基本的事実関係)

〇 コルチャックは,1878年(1879年という説もある。)ワルシャワで生まれたユダヤ人である。医者,作家,教育者であり,恵まれない子供たちのためにワルシャワに孤児院を設立し,30年間子供たちと喜怒哀楽を共にした。第2次世界大戦によって,ポーランドはナチス・ドイツの占領下におかれ,コルチャック及び孤児らもゲットーに収容された。1年9か月の収容生活を経て,1942年8月,子供たちと共にトレブリンカ収容所のガス室で処刑された。この間,コルチャックは何回となく助けられる機会を与えられたが,子供たちを見捨てて自分1人だけ生き延びることはできないとして,これを拒んだ。

〇 原告は,コルチャックの研究者である。原告は,コルチャックの研究のため,昭和51年以降ドイツとポーランドに留学し,昭和56年コルチャックを日本に紹介し,昭和61年にはコルチャックの生涯を描いた「コルチャック小伝」で朝日ジャーナルノンフィクション賞を受賞したものであるが(甲1巻末「参考文献」),平成2年,コルチャックの感動の生涯と教育者としての実践を描いた著作「コルチャック先生」(以下「原告著作」という。)を創作し,著作権及び著作者人格権を取得した。そして,同年12月,原告著作を朝日新聞社から出版した(第1刷)。原告著作は,平成7年には朝日新聞社から朝日文庫としても出版されている。

 

1 争点(1)(本件戯曲は原告著作の翻案に当たるか,また,本件戯曲の個々の翻訳が原告著作の翻訳の複製権侵害に当たるか。)について

()

(4) 上記認定事実をもとに検討する。

ア 翻案性の判断について

言語の著作物の翻案は,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらない(最一小判平成13年6月28日,平成11年(受)第922号損害賠償等請求事件)。これを本件に即してみれば,①本件戯曲は原告著作に依拠しているか。②両著作において表現上の本質的な特徴に同一性があり,本件戯曲に接する者が原告著作の表現の本質的特徴を直接感得できるかを検討すべきであり,②の検討の際には,表現それ自体でない部分又は創作性のない部分における同一性にすぎないかに留意すべきということになる。

イ 両著作の特質,形式について

原告著作は,コルチャックの生涯を,その背景となる歴史的事実を織り交ぜながら記載するノンフィクションとしての伝記というべきものであるのに対し,本件戯曲は,冒頭でのカナリアのエピソードを除き,ドイツ軍がポーランドに侵入し,コルチャックとクロフマルナの子供達を含むユダヤ人がゲットーに収容された以降のことを中心とする会話を主体とする戯曲である。したがって,両者の外観,形式から,直ちにその依拠性をうかがうことはできない。

ウ 両著作の筋・構成及び人名・固有名詞等について

両著作には,筋・構成について類似している点がある。また,人名,固有名詞等について共通するものがあるのは「主要登場人物対照表」記載のとおりである。しかし,これらは「…アイデア,事実もしくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分」に該当するといえる上(もっとも,「ステファ夫人」の夫人の部分は表現上の問題といえるが),両著作ともにコルチャックという同一の歴史的背景をもった同一人物の生涯におけるできごとについての著作であることからすれば,上記の類似,共通点が直ちに本件戯曲の依拠性を基礎づけるものということはできない。

エ 両著作の題材,内容の表現について

上記認定事実(3)に照らせば,本件戯曲が原告著作に依拠し,それと同一ないしは同一性のある表現をしているとみられるのは,同(3)()記載のエピソードと,同(3)エ記載の翻訳部分である(翻訳について本件戯曲が原告著作に依拠していることは実質的には争いがないといえる。)。

上記エピソードについては,分量も少ない上,「事実もしくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分」とみられるから,これを翻案性を基礎づけるものとすることはできない。しかし,上記翻訳部分についてみると,原告著作に含まれる対応部分は翻訳として上記のとおり表現上の創作性を有する部分であるところ,本件戯曲はこれとほぼ同一の表現を用いている。

しかし,他方,上記(3)記載のとおり,本件戯曲は,原告著作以外の著作等(特にリフトン著作)を参照したり,劇的効果の観点から表現や配置を工夫した結果,同一事件についても原告著作にみられない表現があり,また,原告著作にないエピソードを多数含むなど多くの相違点を有しており,これによって本件戯曲と原告著作の全体としての印象は相当異なるものとなっているといえる。特に,ザレツキーとじゃがいも事件を絡めて脚色したこと,コルチャックが「ハヌカのお話」をすること,コルチャックが差し入れられたパンを子供たちに分けずに食べてしまい,そのことで自ら子供たちの裁判にかけられたこと(なお,原告は「筋・構成対照表」において,これを事実無根ないしコルチャックの教育思想の歪曲である旨主張するが,依拠の有無ないし表現の同一性の判断をするに当たっては客観的対比によるべきもので,内容の真実性に立ち入る必要はない。)については,分量的にもまとまっていることから,この印象を助長し,短いながらも子供たちによるペレツの詩「同胞」の合唱や,コルチャックがダンツィヒ駅への最後の行進をピクニックと位置づけたことの独自の効果も無視できない。

もっとも,構成についてみるに,エステルを追悼するコルチャックの日記の配置は,原告著作に近い劇的効果を有するといえる。また,ドイツ将校が子供のころコルチャックの「ジャックの破産」を読んだことを思い出しコルチャックを助けようとするくだりは,印象が強く1つのクライマックスともいえるところであり,これを最終段階に配置したところは本件戯曲と原告著作に共通の劇的効果を与えるものといえる。しかし,前者は,時系列的に,そのような配置になることは自然であるといえるから,原告著作の創作性は否定される。また,後者のエピソードはネヴェルリイに由来するもので,被告Bは原告と異なりネヴェルリイには直接は当たっていないとみられるものの,Final Chapter にも記載があり(乙36,37の1),原告著作にのみ依拠してこれを選択したといえるかは疑問がある上,配置の点からいっても,その性質上コルチャックの生涯を描こうとすれば最終段階にせざるを得ないものであり,原告著作では並列的に記載されたコルチャックがトレブリンカ行きの列車に乗り込む前の4つのエピソードの1つである(4つのエピソードの最後とはいえ)のに対し,本件戯曲では時系列的にも最終段階に位置づけられている点で異なる。

以上によれば,本件戯曲と原告著作を全体として対比すると,原告著作における資料の取捨選択及び文章表現の工夫の結果としての創作的な表現の本質的な特徴と本件戯曲の劇的効果の観点から工夫された表現の間に同一性があるとはいえず,本件戯曲に接する者が原告著作の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるということはできないから,本件戯曲が原告著作の翻案であると認めるには未だ十分ではないといわざるを得ない。

 

[控訴審]

1 争点(1)(本件戯曲は控訴人著作の翻案に当たるか。また,本件戯曲中の個々の翻訳が控訴人著作中の翻訳の複製権侵害に当たるか。)について

(1) 本件戯曲の翻案性について

ア 言語の著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,ここに同一性を維持しつつ,直接感得することのできる表現上の本質的な特徴とは,創作性のある表現上の本質的な特徴をいい,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の言語の著作物と同一性を有するにすぎない著作物を創作する行為は,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁判所平成13年6

月28日判決参照)。

()

ウ 以上のとおり,本件戯曲の各場面のうちには,コルチャックのゲットー日記や手紙及び詩等控訴人著作の翻訳部分の複製であると認められるものがあり,また,シーン15 ワルシャワ近郊「僕たちの家」の場面が,控訴人著作の翻案であると認められるが,その余の各場面については,いずれも控訴人著作の複製又は翻案であるとは認められず,上記複製ないし翻案とされる場面は,その本件戯曲において有している意味・効果を考慮すると,本件戯曲全体に占める重要性や分量が小さく,その余の各場面の占める重要性や分量の方が大きいから,本件戯曲全体が控訴人著作の複製又は翻案であるとすることはできない。

なお,控訴人は,本件戯曲のうち当裁判所が認めた箇所以外にも控訴人著作の翻案部分が存在する旨を,陳述書においてるる指摘するが,いずれも当該部分に関する翻案性を否定した前記認定・判断を左右するものではない。

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判例/ノンフィクション作品同士の侵害性が争われた事例

 

ノンフィクション作品同士の侵害性が争われた事例

平成121226日東京地方裁判所[平成11()26365]▶平成140130日東京高等裁判所[平成13()601]

[控訴審]

(2) 構成の同一性について

ア 次に、控訴人は、控訴人著作物全体と被控訴人書籍対比部分をそれぞれのまとまりとして比較検討する必要があるとした上、控訴人著作物の構成には独創性があり、被控訴人書籍対比部分の構成は、一部を除き控訴人著作物と同一である旨主張する。確かに、控訴人著作物と被控訴人書籍対比部分の各記述内容を、順を追って対比すると、いずれも、C氏の死亡日時及び死因、本件葬儀の日時及び場所、主な会葬者の紹介(政界、財界、電機業界の順)、隣室の模様、本件葬儀の形式、本件葬儀の開始、葬儀委員長H氏の夫人Iによる葬送行進曲の演奏、遺骨の入場及び祭壇への安置、会葬者による1分間の黙祷、G氏の夫人Fによるメッセージの代読という流れで構成されており、その構成において大部分が共通するということはできる。

イ しかし、控訴人著作物も、被控訴人書籍対比部分も、ともに本件葬儀の模様を客観的に叙述するという共通する明確な主題を有することは明らかであるところ、このような主題に基づいて叙述しようとした場合、冒頭にC氏の死亡日時及び死因の記述に始まり、続いて本件葬儀のアウトラインとなる日時及び場所、主な会葬者、会場の様子、葬儀の形式といった事項を記述する構成を採ることは、客観的事実を型どおりの常識的な順序で記述したものであって、そこに創作性を見いだすことはできない。そして、これに続く叙述は、本件葬儀の式次第に沿って時系列的に記述するにすぎないといわざるを得ず、このことは、ソニー株式会社作成の「Sony Times 故Cファウンダー・最高相談役ソニーグループ葬特別号」の記述の内容及び順序に照らしても明らかである。したがって、このような記述の内容及び順序に表現上の創作性があるとは到底認めることはできない。

ウ また、記述対象の取捨選択に関しては、別表控訴人記事欄と被控訴人書籍欄の各記述の対比から明らかなように、被控訴人書籍対比部分は、控訴人著作物で取り上げられていない内容として、C氏の晩年の様子(別表被控訴人書籍欄())、C氏が経営者としての「顔」だけでなく、本格的な幼児教育の研究に取り組むなどの幅広い「顔」を持っていたとの記述(同())、C氏が財団法人ボーイスカウト日本連盟理事長に就任して以来のボーイスカウトとの関係に触れている記述(同())、遺影について「普段からあまり怒ることのなかったC氏の優しい眼差しで溢れた写真である」との記述(同())、G氏が病気療養中であることについて具体的に説明する記述(同()、夫人の代読したG氏のメッセージを具体的に引用している記述(同()())等を含む一方、控訴人著作物の記述中、遺影の下の天皇陛下から贈られた花や勲章について触れている記述(別表控訴人記事欄(9))、Jアナウンサーが進行役を務めたとの記述(同(12))、献灯時に流された音楽や祭壇に点灯する様子に具体的に触れている記述(同(14))、黙祷の間に流された音楽に触れている記述(同(21))、夫人の代読とされたG氏のメッセージは、実際には夫人が綴ったものであったとの記述(同(23))、上記メッセージが読み上げられた際、「会場のあちこちで目頭を熱くする光景が見られた」との記述(同(24))については、いずれも控訴人著作物に対応する記述がなく、記述対象の取捨選択において相当程度異なっている。そして、これらの記述対象の取捨選択は、本件葬儀の模様を客観的に叙述するノンフィクションの著作物としては、その創作性を有する部分であると解されるから、被控訴人書籍対比部分と控訴人著作物の構成は、記述対象の取捨選択という観点から見ても、創作性が認められるような特徴的な表現部分に同一性は見いだせない。

なお、控訴人は、遺影や遺骨に関する記述を選択したことに独創性がある旨主張するが、本件葬儀の会場において、C氏の遺影がひときわ目立つ大きさで祭壇の正面に飾られていたこと(前掲平成10年1月21日付け日本経済新聞夕刊の「故C氏グループ葬」との見出しの記事の写真参照)、遺骨の入場が本件葬儀のいわば重要な見せ場の一つであったと解されること(前掲参照)からすると、むしろ遺影や遺骨について触れない方が不自然というべき事項にすぎず、これを取り上げたこと自体に創作性があるとはいえない。

(3) 独創的な表現の対比について

ア 控訴人は、控訴人著作物の独創的な表現において、被控訴人書籍の表現は同一であるか又は類似しており、被控訴人書籍対比部分中、控訴人著作物の表現と異なる部分は創作性がない旨主張するので、以下検討する。

イ 控訴人が控訴人著作物の独創的な表現であると主張する表現のうち、まず、遺影及び遺骨の描写について見るに、この点の控訴人書籍の表現は、「正面祭壇に飾られたCの遺影は、首を少し左側にかしげ、頬づえをつくように左手を頬に添えて微笑んでいる。その遺影の真下には、天皇陛下から贈られたカスミソウや菊花の白い花が飾られ、贈正三位の勲章が並べられた。」(別表控訴人記事欄(8)(9))、「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウト日本連盟の隊員たちに守られて、子息のEの胸に抱かれたCの遺骨が入場、祭壇一番上に安置された。黒い布で覆われ、十字架をかけた遺骨を収めた箱は、それを見下ろすように飾られた大きな遺影のなかのC自身の手のひらにすっぽり入る大きさであった。」(同(18)(19))というものであるのに対し、被控訴人書籍のこれに対応すると考えられる表現は、「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウトの少年隊員に先導させた格好で、長男・Eの胸に抱かれたC氏の遺骨が入場してきた。C氏とボーイスカウトとの関係は、彼が昭和六十年、七十七歳の時、財団法人ボーイスカウト日本連盟理事長に就任して以来である。遺骨を収めた箱は、祭壇の一番上に安置された。骨箱は黒い布で覆われ、十字架がかけられていた。それを見下ろすかのように、微笑むC氏の大きな遺影が飾ってあった。遺影の中のC氏は、首を少し左に傾げ、左手を頬に添えていた。普段からあまり怒ることのなかったC氏の優しい眼差しで溢れた写真である。」(別表被控訴人書籍欄()())というものである。

この両者の表現を対比するに、C氏の遺影についての描写中、「首を少し左側にかしげ」と「首を少し左に傾げ」(前者が控訴人著作物で後者が被控訴人書籍。以下この項において同じ。)、「左手を頬に添えて」と「左手を頬に添えて」、「それ(注、骨箱)を見下ろすように飾られた大きな遺影」と「それ(注、同)を見下ろすかのように、微笑むC氏の大きな遺影が飾ってあった」との各表現、遺骨の入場についての描写中、「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウト日本連盟の隊員たちに守られて」と「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウトの少年隊員に先導された格好で」、「子息のEの胸に抱かれたCの遺骨が入場」と「長男・Eの胸に抱かれたC氏の遺骨が入場」、「黒い布で覆われ、十字架をかけた遺骨を収めた箱」と「骨箱は黒い布で覆われ、十字架がかけられていた」との各表現は、部分的には同一であるか又は類似しているということができる。

しかし、純然たるフィクションとして創作されたものであれば格別、控訴人著作物も、被控訴人書籍も、ともに本件葬儀という共通の歴史的事実を取り上げたノンフィクションであることを踏まえて、その創作的な表現部分の同一性を考える必要があり、上記の同一又は類似する部分に係る控訴人著作物の表現は、いずれも遺影の様子及び遺骨の入場シーンの様子を比較的客観的に描写した部分であって、着眼点や具体的な表現においても、ありふれた慣用的な表現にとどまり、表現上の創作性がない部分であるといわざるを得ない。他方、控訴人著作物の上記表現中、「遺影のなかのC自身の手のひらにすっぽり入る大きさであった」との部分、被控訴人書籍中の「C氏の優しい眼差しで溢れた写真である」との部分については、いずれも表現上の創作性を看取することができると解されるが、前者の表現部分に対応する部分において、被控訴人書籍の具体的な表現は全く異なるものとなっている。さらに、控訴人著作物においては、遺骨の入場シーンの描写に先立って遺影の様子を叙述しており、両者は独立した描写となっているのに対し、被控訴人書籍においては、遺骨が入場して、祭壇に安置されたとの描写に続いて、「それを見下ろすかのように、微笑むC氏の大きな遺影」との表現を通じて、すなわち、遺影の中のC氏の視線を介して、一連の流れの中で遺骨から遺影の描写へと転じているものであって、このような創作的な構成において控訴人著作物とは全く異なるものとなっている。

したがって、遺骨及び遺影の描写中、控訴人著作物の創作的な表現部分において、被控訴人書籍の表現がこれと同一であるとも、類似するともいうことはできない。

(以下略)

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判例/ドキュメンタリー作品vs.大河小説/ノンフィクション作品(歴史的事実)の翻案性

 

ドキュメンタリー作品vs.大河小説/ノンフィクション作品(歴史的事実)の翻案性

平成130326日東京地方裁判所[平成9()442]

() 原告は、昭和16年、旧満州国の「新京」(現在の中華人民共和国吉林省長春市)に生まれ、幼少時に中国革命戦争下の共産党軍(八路軍)の長春包囲戦に巻き込まれ、長春を脱出する際に国民党軍と八路軍の間に設けられた「?子(チャーズ)」において脱出を許されるまでの数日間凄惨な状況の中に置かれたという自らの体験をもとに、原告各著作物を著作した。

一方、被告は、月刊「文藝春秋」昭和625月号から平成34月号までに、「大地の子」と題する小説を連載して発表した。同作品は、被告により加筆された上、平成3年に株式会社文藝春秋から四六判の単行本として出版され、さらに平成6年文春文庫(一巻ないし四巻)から出版された。

 

一 翻案権侵害について

原告は、対照表一ないし四記載の点を指摘して、被告小説は、原告が原告各著作物について有する翻案権(対照表一については複製権及び翻案権)の範囲に含まれる旨主張する。すなわち、

① 対照表二記載のとおり、ストーリー展開ないし場面展開が同一又は類似であること

② 対照表三記載のとおり、起承転結という構成を採用している点で共通し、かつ、起承転結の具体的な内容が同一又は類似であること

③ 対照表四記載のとおり、ストーリー全体の流れ、エピソードの取捨選択、表現手法が同一又は類似であること(40か所)

④ 対照表一記載のとおり、個別的、具体的な記述部分の表現形式及び特徴が同一又は類似であること(57か所、なお、対照表一においては、複製権侵害も主張している。)

著作者は、著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する(著作権法27条)。右翻案とは、ある作品に接したときに、先行著作物における創作性を有する本質的な特徴部分が共通であることにより、先行著作物の創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得させるような作品を制作(創作)する行為をいう。したがって、ある作品が先行著作物に関する翻案権の範囲内に含まれる否かは、①先行著作物における主題の設定、具体的な表現上の特徴、作品の性格、②当該作品における主題の設定、具体的な表現上の特徴、作品の性格、③両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法の同一性ないし類似性の程度、類似性を有する部分の分量等を総合勘案して判断するのが相当である。

各対照表において、原告が指摘する部分の翻案権侵害の有無については、以下二ないし五において個別具体的に検討するが、総論的な点を簡潔に述べておく。

第一に、原告各著作物は、概要、昭和二三年(一九四八年)、国民党軍の支配下にあった長春は、中国共産党軍(八路軍)が包囲して兵糧攻めにしたため、市民の多くが飢餓状態に陥ったこと、原告は、当時七歳であったが、長春を脱出する際に国民党軍と八路軍の間に設けられた(チャーズ)において脱出を許されるまでの数日間凄惨な状況の中に置かれたこと、家族らは、かろうじて脱出を果たしたが、原告は、その後、栄養失調の上、結核菌に冒されたことなど戦争下での苛酷な体験を基礎に、歴史的な事実として(フィクションを交えないドキュメンタリーとして)、著作されたものである(詳細は後記認定のとおりである。なお、原告各著作物については、原告の父親に対する鎮魂、敬愛追慕の情などが執筆の動機の一つである等の特別の事情も存在する。)。このようなノンフィクションの性格を有する著作物において、歴史的な事実に関する記述部分について、文章、文体、用字用語等の上で工夫された創作的な表現形式をそのまま利用することはさておき、記述された歴史的な事実を、創作的な表現形式を変えた上、素材として利用することについてまで、著作者が独占できる(他者の利用を排除することができる。)と解するのは妥当とはいえない。

第二に、被告小説は、日中の歴史を背景に、戦争によって捨てられた子どもである戦争孤児(いわゆる中国残留孤児)を主人公として、孤児と中国養父母との心の交流を軸として、戦火の中でも失われなかった人類愛を描こうとした大河小説である。一般に、作家は、小説を執筆するに当たって、読者に対し、最も効果的に、テーマを伝え、感動を与えることができるよう、ドラマチックなストーリー展開を案出し、各種の登場人物を創出し、人物の性格、思想、行動、人間関係等を設定するなど、知識、経験及び創造力を尽くし、創作的な工夫を凝らして、作品を完成させるものであるといえる。このように創造力を駆使して執筆される小説の性格に照らすならば、例えば、歴史的事実、日常的な事実等を描くような場合に、他者の先行著作物で記述された事実と内容において共通する事実を取り上げたとしても、その事実を、いわば基礎的な素材として、換骨奪胎して利用することは、ある程度広く許容されるものと解するのが妥当である。

そこで、このような観点を踏まえた上で、両者間における、ストーリー展開、背景及び場面の設定、人物設定、描写方法等の類似性の有無、程度を総合勘案して判断することにする。

なお、以下に、翻案権侵害等の有無について判断するが、両作品の全体的な検討から進める方が、より分かりやすいので、対照表二、三、四及び一の順で行う。

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判例/歴史小説の翻案(侵害性)

 

歴史小説の翻案(侵害性)

▶平成28629日知的財産高等裁判所[平成27()10042]

(シークエンスの翻案について)

ア 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案に当たらないというべきである(最1小判平成13年6月28日参照)。

したがって,歴史上の事実や歴史上の人物に関する事実は,単なる事実にすぎないから,著作権法の保護の対象とならず,また,歴史上の事実等についての見解や歴史観といったものも,それ自体は思想又はアイデアであるから,同様に著作権法の保護の対象とはならないというべきである。他方,歴史上の事実又はそれについての見解や歴史観をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作物性が肯定されることがあり,事実の選択,配列や,歴史上の位置付け等が著作物の表現上の本質的特徴を基礎付ける場合があり得るといえる。

イ 本件において,控訴人は,原告各小説の各ストーリーを構成する個々の出来事の選択とその配列の仕方に創作性があると主張し,各ストーリーを構成する出来事に5つのWが備わっていれば,それを複数選択し,配列したものには,創作性があると主張する。

しかし,原告各小説は歴史を題材とした小説であるから,5つのWを備えた出来事を複数組み合わせて配列しただけでは,歴史上の事実等の経過を示したものにすぎないこと,あるいは,これらの事実等についての見解や歴史観を示すものにすぎないことがあるから,常に著作権法の保護の対象となるとはいえない。控訴人主張に係る各ストーリーに創作性があり,事実の選択や配列が表現上の本質的特徴を基礎付けるというためには,5つのWを備えた出来事を複数組み合わせて配列することだけでは足りず,少なくとも,事実の選択や配列に創作性が発揮されているといえなければならない。

()

(人物設定の翻案について)

上記のとおり,歴史上の事実や歴史上の実在の人物に関する記述は,単なる事実の羅列にすぎないから,著作権法の保護の対象とならず,また,歴史上の事実等についての見解や歴史観といったものも,それ自体は思想又はアイデアであるから,同様に著作権法の保護の対象とはならないといえる。他方,歴史上の事実等に関する記述であっても,歴史上の事実又はそれについての見解や歴史観をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作物性が肯定されることがあり,事実の選択,配列や,歴史上の位置付け等が,表現上の本質的特徴を基礎付ける場合があり得るといえる。

この点について,控訴人は,著作権法で保護する人物設定であるためには,登場人物に,具体的な「性格,思想,道徳,経済観念,経歴,境遇,容姿等」を与えればよいのであって,原告小説2の6人の登場人物についての人物設定はいずれも,かかる要件を満たすから,著作権法で保護されるべきものである,と主張する。

しかし,原告小説2の6人の登場人物は,いずれも歴史上の実在の人物であり,具体的な「性格」等を与えるだけでは,単なる歴史上の事実か,歴史上の事実等についての見解や歴史観にすぎないから,著作権法の保護の対象となるとはいえない。

他方,人物設定に関する記述であっても,人物設定をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作物性が肯定されることがあり,歴史上の位置付け等が表現上の本質的特徴を基礎付ける場合があり得るといえる。

()

(エピソードの翻案について)

上記記載のとおり,歴史上の事実や歴史上の実在の人物に関する記述は,単なる事実の羅列にすぎないから,著作権法の保護の対象とならず,また,歴史上の事実等についての見解や歴史観といったものも,それ自体は思想又はアイデアであるから,同様に著作権法の保護の対象とはならないといえる。他方,歴史上の事実等に関する記述であっても,歴史上の事実又はそれについての見解や歴史観をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作物性が認められることがあり,事実の選択,配列や,歴史上の位置付け等が,表現上の本質的特徴を基礎付ける場合があり得るといえる。

この点について,控訴人は,控訴人が主張する原告各小説の各エピソードは,5つのWを備えた個々の行動や出来事を複数組み合わせたものであるから,翻案権の保護範囲であるストーリーである,と主張する。

しかし,原告各小説は歴史小説であるから,個々の行動や出来事を複数組み合わせたというだけであれば,単なる歴史上の事実や,歴史上の事実等についての見解や歴史観にすぎないこともあるから,それのみで著作権法の保護の対象となるとはいえない。歴史上の事実又はそれについての見解や歴史観が,具体的記述において創作的に表現されたものであるか否かを,その事実の選択や配列,あるいは,歴史上の位置付け等を踏まえて検討する必要がある。

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2025年11月13日木曜日

判例/歴史教科書の記述の著作物性/歴史教科書を「結合著作物に当たる」とした事例

 

歴史教科書の記述の著作物性/歴史教科書を「結合著作物に当たる」とした事例

平成210825日東京地方裁判所[平成20()16289]

(2)本件記述の著作物性

著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいう(著作権法2条1項1号)。

本件記述(本件書籍において,各単元において図版や解説文を除外した本文部分や,各コラムにおいて図版や解説文を除外した部分)は,特定のテーマに関して,史実や学説等に基づき,当該テーマに関する歴史を論じるものであり,思想又は感情を創作的に表現したものであって,学術に属するものであるといえる。

この点,本件教科書(本件書籍)が,中学校用歴史教科書としての使用を予定して作成されたものであることから,その内容は,史実や学説等の学習に役立つものであり,かつ,学習指導要領や検定基準を充足するものであることが求められており,内容や表現方法の選択の幅が広いとはいえないものの,表現の視点,表現すべき事項の選択,表現の順序(論理構成),具体的表現内容などの点において,創作性が認められるというべきである。

なお,本件書籍は,上記(1)で認定したとおり,82個の単元,多数のコラムや課題学習等から成るものの,各単元やコラムは,本件書籍の他の部分とは分離して利用することも可能であり(本件教科書が,中学校用歴史教科書として使用することが予定された書籍であるからといって,各単元やコラムが中学校用歴史教科書としてしか利用することができないわけではない。),また,各単元やコラムは,特定のテーマに関連する本文の記述(側注を含む),関連する写真,地図,図表やこれらの解説文等で構成されているものの,本件記述(各単元において図版や解説文を除外した本文部分やコラムにおいて,図版や解説文を除外した部分)を,写真,地図,図表やこれらの解説文等とは分離して利用することも可能であるから,本件書籍はこれらの各著作物が結合したいわゆる結合著作物に当たるというべきであり,これらの各単元やコラムが一体として著作権法2条1項12号の「共同著作物」に当たると解することはできない。

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判例/ノンフィクション小説中の台詞の著作物性

 

ノンフィクション小説中の台詞の著作物性

▶平成27930日東京地方裁判所[平成26()10089]▶平成281226日知的財産高等裁判所[平成27()10123]

(4) 台詞の著作権の侵害について

ア 被控訴人が,本件各著作物の台詞の著作権が侵害されているとして,別紙対比表4-1及び4-2において主張するのは,以下のとおりである。

① 別紙対比表4-1のエピソード4における本件著作物1の「なんて言って休めばいいの?」という台詞について,本件映画の「なんて言って休んだらいいの?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

(a)別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「また襲われてもいいの?」という台詞及び(b)別紙対比表4-2のエピソード6における本件著作物2の「また襲われてもいいの?」という台詞について,それぞれ本件映画の「健ちゃんはまた私が襲われてもいいの?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

③ 別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「お前ホントは喜んでたんだろ。スリルがあって気持ちいいとか思ってたんだろ」という台詞について,本件映画の「おまえさあ,その二人組だっけ,犯されているとき,本当は興奮して濡れてたんだろ?また犯されたいって,今もそう思ってるんだろう?」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

(a)別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「お前みたいな汚れた女とつき合ってやったんだ。感謝しろ!」という台詞及び(b)別紙対比表4-2のエピソード6における本件著作物2の「お前みたいな女と付き合ってやってるんだよ」という台詞について,本件映画の「今までつきあってやっただけでも感謝してほしいね」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

⑤ 別紙対比表4-1のエピソード6における本件著作物1の「頼むから,もう俺のことは忘れて,幸せになってくれ。」という台詞について,本件映画の「頼むから,おれのことは忘れて,幸せになって」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

(a)別紙対比表4-1のエピソード7における本件著作物1の「なんでいまさらそんなこと言うのよ!?あんたの言うこと信じられない!!」という台詞及び(b)別紙対比表4-2のエピソード7における本件著作物2の「なんで今さらそんなこと言うの?あんたの言うこと,信じられない!」という台詞について,本件映画の「どうして今頃になってそんなことを打ち明けるの?お母さん,あなたの神経が信じられない!」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

⑦ 別紙対比表4-1のエピソード7における本件著作物1の「お前は強い子だから,そんなこと(事件のこと)を気にするような子じゃないでしょ」という台詞について,本件映画の「お前は強い子だから,そんなことは気にせずに今までどおり生きていけるはずだ」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

⑧ 別紙対比表4-1のエピソード7における本件著作物1の「あんたが襲われたのはあんたのせいではないけど,私たちのせいでもないんだから,そんなことで私たちを責めないでよね!」という台詞について,本件映画の「あなたが襲われたのは,私たちのせいだって言うの?そんなの筋違いだわ!」という台詞による複製権又は翻案権の侵害

イ 前記①ないし⑧の本件各著作物の台詞自体は,いずれもごく短いものであり,台詞そのものに表現上の創作性があるとはいえず,ありふれたものであって,各台詞はそれ自体で被控訴人の個性が表れているということはできない。

したがって,仮に,前記①ないし⑧の各台詞が類似又は同一と解されるとしても,上記台詞のみでは,思想又は感情を創作的に表現したものとはいえない。被控訴人の主張は,理由がない。

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判例/ドキュメンタリー作品の創作性

 

ドキュメンタリー作品の創作性

平成130326日東京地方裁判所[平成9()442]

() 原告は、昭和16年、旧満州国の「新京」(現在の中華人民共和国吉林省長春市)に生まれ、幼少時に中国革命戦争下の共産党軍(八路軍)の長春包囲戦に巻き込まれ、長春を脱出する際に国民党軍と八路軍の間に設けられた「?子(チャーズ)」において脱出を許されるまでの数日間凄惨な状況の中に置かれたという自らの体験をもとに、原告各著作物を著作した。

 

2 まず、原告各著作物の創作性について述べる。

原告各著作物は、原告の体験した事実や歴史的事実を基礎に記述された読み物である。自ら体験した事実や歴史的事実に関する記述部分であっても、どのような事実を取捨選択するか、また、どのように表現するかについては、様々な方法があり得るから、表現上の創意工夫の発揮される表現が用いられている限り、原則として、創作性が認められることはいうまでもない。

ところで、対照表一における原告記述部分(上段)については、一部分の複製権侵害ないし翻案権侵害を主張するため、①原告各著作物の中で、極く短い文章部分のみを抜粋して掲記している例や、②対比の便宜上、別個独立した複数の文章を結合させた例がみられる。このような例において、極く短い文章や、表現形式に制約があって、およそ他の表現が想定できない文章や、平凡かつありふれた表現からなる文章である場合には、筆者の個性が現れているとはいえないものとして、例外的に創作性を否定すべきと解される。

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判例/(他人の体験談をもとにした)「ルポルタージュ風の読み物」の著作物性

 

(他人の体験談をもとにした)「ルポルタージュ風の読み物」の著作物性

▶平成5830日東京地方裁判所[昭和63()6004]▶平成80416日東京高等裁判所[平成5()3610]

(四) 原告著作物[注:「目覚め」と題するルポルタージュ風の読み物]は、原告書籍で42字詰440行足らず約18000字の作品で、九章からなり、各章において、主に主人公や夫などの登場人物の会話や行動、あるいはその心理や思考を三人称体で客観的に描写する形式でストーリーが展開されるが、一部に主人公が著者に話し掛け、あるいは報告する形式の部分、著者が一人称で自己の目から見た主人公や夫等の客観的状況を描写し、愛、結婚、家庭、単身赴任、会社の社員支配等についての意見を開陳する部分が加えられた、ルポタージュ風の読物である。

その梗概をみると、第一章では、幸せだった結婚当時を回顧しながら、離婚したことに感慨に耽る現在の主人公が読者に紹介され、第二章では、主人公と元の夫との出会いから幸せな五年間の結婚生活の様子、第三章では、夫がサウジアラビアへ単身赴任を命じられ、赴任するまでの間の、同行を望む主人公と夫のやりとり、第四章では、主人公が事態の解決を女性グループ等の第三者に求めようとしたが、はかばかしい反応が戻ってこなかったこと、第五章では、主人公が、夫の会社に掛け合うが受け入れられず、積極的に他社の実情を調べ、不可能と思われた同国への女性の入国にも方法があると知ったこと、第六章では、主人公が夫の赴任先へ単身で赴こうとし、夫も主人公の後追い入国を受け入れる気持ちになるが、会社は夫を帰国させること、第七章では、夫の帰国後、主人公が就職したこと、第八章では、主人公が、次第に仕事に没頭し、家事の分担を巡り、夫と紛争を生じ、離婚に至ったこと、第九章では、離婚後、再婚した主人公の働く女、自立した生活者としての生活が、それぞれ描かれている。

(五) 原告著作物の内容の要旨を章を追ってみると、以下のとおりである。

()

2 右に認定の事実によれば、原告著作物は、原告がDの投稿やそれとは別に同人から取材した事実を素材に、会社の命ずる海外単身赴任が一組の夫婦に与えた波乱、夫の任地への同行を望む妻の積極的な行動とその過程で明かになる海外単身赴任の実情、企業が社員のみでなくその妻をも支配している状況、支配されている自分に屈辱を感じ、働く女として自立しようとする妻と、夫は仕事妻は家庭という伝統的役割分業観の夫との葛藤と離婚、妻を対等のパートナーと理解し家事も分担する夫との再婚を描き、現在の結婚の在り方に疑問を持ち、社会的に目覚めて自分の道を模索する妻の姿を示すもので、原告の意想、感情を創作的に表現した読み物であり、文芸に関する著作物として著作物性を有することは明らかである。

3 被告らは、原告著作物の全体については創作性を争うものではないものの、原告著作物が、Dの投稿や同人から取材した事実をもとにしていることを理由に、原告著作物中、Dの投稿や同人の体験談に表現されている話の展開と同一の、建設会社に勤務する夫がサウジアラビアに単身赴任を命ぜられ、妻が同行を願うが、会社から同国が危険で女性が暮らせるところではないとして拒絶され、妻が他の石油会社や商社を訪ね歩いて同国の実情を調査し、会社の掲げる理由が事実に反するものであることを知り、会社は家族同伴で赴任する自由を認めるべきであると考えるという部分については、原告著作物に特有の個別性ある内容ではなく、したがって、右の部分については創作性がない旨主張する。

しかし、他人の体験談をもとにしたものであっても全体として独立した一個の著作物として創作性が認められるものにおいては、右著作物中の他人の体験や考えと一致する筋、仕組み、構成の部分に著作物として保護するに足りる創作性がないとはいえないところ、原告著作物が全体として独立した一個の著作物として創作性が認められるものであることは前記1、2に認定した事実から明らかであるから、被告らの右主張は採用できない。

[控訴審同旨]

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判例/質問文の著作物性を否定した事例

 

質問文の著作物性を否定した事例

▶平成141115日東京地方裁判所[平成14()4677]

1 Qシートは,表題,回答者の特定に必要な欄及び1行36文字8行からなる回答方法についての解説並びに80問の質問とその回答欄から構成されている。質問文は,いずれも最小5文字,最大34文字の短文であって,疑問文ではなく肯定文又は否定文であり,これに対し,「はい」「?」「いいえ」で回答する欄が作成されている。

測定テストは,1部70問の3部構成で合計210問の質問とその回答欄から構成される。測定テストの質問と同一であるQシートの質問は,別紙1記載の本件50問であるが,その配列はQシートの配列とは全く異なり,測定テストにおける他の160問と混在している。

2 Qシートの著作物性の有無

(1) まず,測定テストで利用された本件50問の個々の質問文に著作物性が存在するかを検討すると,1つ1つの質問文は,いずれも前述のとおり短文である上,一般的かつ日常的でありふれた表現が用いられており,特徴的な言い回しがあるとも認められない。

原告は,個々の質問文は,高度に専門的な分析から作成されたもので,一般の文章とは比べものにならない精度を要求される文章であり,ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合がある,直感的に答えやすく,理性的な判断が働きにくい表現が使用される等の工夫がされていると主張する。しかし,原告が工夫したとする点は,質問ではなく肯定文又は否定文にしたことや性格の傾向ではなく経験を尋ねる内容にしたことや具体的な場面をイメージしやすい言葉を選択したこと等であって,一般的かつ日常的でありふれた表現の域を出るものではない。原告が主張する,ちょっとした表記の違いが決定的な違いを生む場合があるとの点は,その事実を具体的に認めるに足りる証拠はない。かえって,Bは,自らが著作者となる書籍の中で,Qシートと同内容のチェックリストを「FFS分析」「FFS調査」「FFS簡易個性判定」などと称して使用しているところ,その際に使用されている個々の質問文の文言は,Qシートの文言とは異なるから,この事実は,ちょっとした表記の違いがそれほど意味を持たないことを示しているということができる。

したがって,本件50問の個々の質問文の表現に,作者の個性が表出されているとは認められないから,創作性は認められない。著作権法は表現を保護するものであって,思想やアイディアを保護するものではないから,いずれの質問文の表現にも創作性が認められない以上,著作物性は認められない。

(2) そして,個々の質問文に著作物性が認められない以上,これらの独立した質問文を80問集めたものであるQシートの質問文全体についても,それが編集著作物として著作物性を認められるかどうかという点を別にすると,著作物性は認められない。

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判例/何語以上なら言語著作物といえるか

 

何語以上なら言語著作物といえるか

平成28629日知的財産高等裁判所[平成27()10042]

俳句が短文であるが言語著作物として認められることがあるとしても,17文字以上あれば常に創作性を認められるわけではない。一般的に,短文であればそれに応じて表現の選択の幅が狭くなり,ありふれた表現となりやすい。

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判例/コンタクトレンズのチラシの著作物性を否定した事例

 

コンタクトレンズのチラシの著作物性を否定した事例

▶平成31124日大阪地方裁判所[平成29()6322]▶令和元年725日大阪高等裁判所[平成31()500]

1 争点1-1(本件チラシの著作物性)について

(1) 本件チラシの内容

ア 本件チラシ[注:コンタクトレンズの販売宣伝のためにチラシのこと]の内容は別紙「著作物目録」のとおりであり,表面の左側には,「コンタクトレンズの買い方比較」という表題が付された表が掲載されるとともに,その下に「調子良くコンタクトをご使用中の方へ」と記載され,さらにその下に,「検査時間」と「受診代金」という太くて大きな文字の上に「×」を付したものが記載され,その横に,視力検査をしている男の子のイラストが付されている(なお,このイラストはインターネット上のフリーアイコン等を使用したものである。下記イの女の子のイラストも同じ。)。そして,これらの下に大きな赤字で「検査なしでスグ買える!!」と記載され,さらにその下には,「なぜ検査なしで購入できるの?」という質問と,それに対する説明が記載されている(その説明内容は,同別紙記載のとおりである。)。

イ また,本件チラシの表面の右側には,「検査なし/スグ買える!」と記載されているところ,このうち「検査なし」,「スグ」という文字が大きく,太く記載されるとともに,それに続いて若干小さく,細い文字で「買」という文字が,さらに小さく,細い文字で「える!」という文字が記載されている。また,「スグ」という部分に黄色の着色がされ,かつこれを女の子のイラストから出された吹き出しの中に記載されることで,「スグ」という文字が強調されている。

そして,その下には,商品の写真や値段等,店舗名と地図が記載・掲載され,一番下に割引クーポンが付されている。

ウ 本件チラシの裏面には,商品の写真を掲げつつ,その下側に商品名や値段等が記載されるとともに,適宜商品の説明やアピールポイント等の記載が付加されている。

(2) 本件チラシ中の表現の著作物性

ア 原告は,本件チラシの表現のうち,①「検査時間 受診代金[注:各文言の上に『×』の記号あり]」や「検査なし スグ買える!」という宣伝文句(キャッチフレーズ)(上記(1)のア及びイ),②「コンタクトレンズの買い方比較」という表(同ア)及び③「なぜ検査なしで購入できるの?」という箇所における説明文言(同ア)の3点について,創作性があるとして,本件チラシに著作物性が認められると主張している。

イ しかし,まず上記①は,旧大阪駅前店において採用された眼科での受診(検査)なしでコンタクトレンズを購入することができるという特徴を表現したものであり,眼科での受診(検査)が不要であると,検査時間や受診代金が不要となり,また検査が不要である結果,コンタクトレンズをすぐ買えることになると認められる。そして,上記①の宣伝文句は,以上のビジネスモデルによる顧客の利便性を消費者に分かりやすく表現しようとしたものと認められるが,不要になる事項を文字(単語)で抽出し,その文字(単語)の上に「×」を付すことはありふれた表現方法であるし,「検査なし スグ買える!」という表現は,眼科での受診(検査)なしでコンタクトレンズをすぐ買えるという旧大阪駅前店のビジネスモデルによる利便性を,文章を若干省略しつつそのまま記載したものにすぎず,そこに個性が現れているということはできない上に,強調したい部分に着色等したり,「!」を付したりするなどして強調することもありふれた表現方法にすぎない。以上より,上記①に創作性があるとは認められない。

また,上記②はマトリックスの表形式にすることによって,旧大阪駅前店と他の店舗や他の販売方法との違いを分かりやすく表現したものである。確かに,表現方法としては文章で伝えるなどの別の方法が存することは原告主張のとおりであるが,本件チラシは販売宣伝のために作成されたものであるから,その性質上,表現が記載されるスペースは限られ,また見た者が一目で認識,理解し得るような表現をすべきことも求められるから,表現方法の選択の幅はそれほど広いとは認められない。

そして,文字で表現しようと思えばできる事項を表形式にまとめることは通常行われる手法であり(例えば,(証拠)の料金表,(証拠)の略歴の表,(証拠)の表,反訴状と題する書面の15頁の表,反訴状訂正申立書の1ないし2頁の表参照),表形式で比較するに当たり,縦の欄に旧大阪駅前店と他の店舗や他の販売 方法を並べ,横の欄に複数の事項を列記し,マトリックス形式でまとめるというのも,ありふれた手法にすぎない(例えば,(証拠)の表,反訴状と題する書面の12ないし13頁の表2つ参照)。そしてまた,ここで比較の対象としている事項の選択も,眼科での受診(検査)を不要とし,店舗に来店して購入するという旧大阪駅前店でのビジネスモデルから自ずと導き出されるものばかりである。以上より,上記②に創作性があるとは認められない。

さらに,上記③の説明文言は,旧大阪駅前店では眼科での受診(検査)なしでコンタクトレンズを購入することができる理由を文章で説明したもので,その内容は法規の内容や運用を説明した上で,旧大阪駅前店では,顧客の経済的・時間的な負担の観点から,販売時に処方箋の有無を前提としていないことを説明したものにすぎない。これは上記のビジネスモデルの客観的な背景や方針をそのまま文章で記載したものにすぎず,文章表現自体に特段の工夫があるとはいえない上,その記載方法も相当の文字数を使用して,しかも小さな文字で記載したものにすぎないから,その表現方法に何らかの工夫がみられるわけでもない。以上より,上記③に創作性があるとは認められない。

以上より,上記①ないし③の各記載について,創作性は認められない。

ウ 以上の点につき原告は,提携眼科を設けないでコンタクトレンズ販売店をオープンさせるというのは,かなり思い切った試みであったとか,検査なしでコンタクトレンズを購入できる理由を書いた説明文言は適法性を支える要素となっているなどと主張しているが,旧大阪駅前店におけるビジネスモデル自体が著作権による保護の対象になるわけではなく,そのビジネスモデルを表現した本件チラシにおける各表現方法自体がありふれたものにすぎないことなどは,上記認定・判示のとおりである。したがって,原告の上記主張によって,上記判断は左右されない。

(3) 本件チラシの各表現の組合せによる著作物性

原告は上記(2)の①ないし③等の組合せに著作物性が認められるべきであるとも主張している。

確かに,上記①ないし③は,眼科での受診(検査)を不要とし,コンタクトレンズをすぐ買えるという旧大阪駅前店でのビジネスモデルを強調するために,それが可能な理由等を小さな文字で説明する(上記③)とともに,当該ビジネスモデルによって不要となる事項を文字(単語)で抽出し,その上に「×」を付すなどしてキャッチフレーズを用いたり(上記①),マトリックスの表形式で他の店舗や他の販売方法と比較したりした(上記②)もので,それらを組み合わせることによって当該ビジネスモデルを強調し,読み手に分かりやすく説明しようとしたものということはできる。しかし,何かを強調し,分かりやすく伝えるために,説明文とキャッチフレーズと表形式のものを組み合わせることそれ自体は,特徴的な手法とは【認められず,組み合わせの具体的方法に特徴があるわけでもないから】,上記(2)で判示したとおり上記①ないし③の各表現に創作性が認められないことを踏まえると,これらの組合せ自体にも創作性は認められない。

なお,本件チラシでは,さらに視力検査をしている男の子のイラストが組み合わされているが,原告はイラスト自体の著作物性を主張するものではない上,広告宣伝において適宜関連するイラストを配することもありふれた表現方法にすぎないから,このイラストと組み合わせることによって,創作性が基礎付けられるとはいえない。

また,原告は当初,被告チラシの各商品の配列等が本件チラシとほとんど同一であることを主張していた。しかし,本件チラシにおいては商品の写真を掲げつつ,その下側に商品名や値段等を記載し,適宜商品の説明やアピールポイント等を付加しているところ,そのような各商品の配列等は,コンタクトレンズ販売店の広告としてありふれたものであると認められるから,創作性は認められず,原告の上記主張によって本件チラシの著作物性は基礎付けられない。

【なお,旧チラシは本件チラシとほぼ同一の内容であるから,本件チラシが著作物と認められないのと同じ理由で,旧チラシも著作物とは認められない。】

(4) 以上より,本件チラシに著作物性は認められないから,その余の争点について判断するまでもなく,被告の行為に著作権・著作者人格権侵害が成立するとはいえない。したがって,被告の著作権・著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求には理由がない。

[控訴審同旨]

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判例/探偵業における営業上の名称の著作物性を否定した事例

 

探偵業における営業上の名称の著作物性を否定した事例

▶平成120913日名古屋地方裁判所[平成11()3573]

() 以下、「本件名称」とは、それ自体は特定個人の名称として一般的に用いられる女性名(仮名)のことである。

1 著作物性について

著作権法の保護を受ける著作物とは、思想又は感情の創作的表現であって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法211号)。

本件名称は、特定個人の名称を指すものであり、右の著作物に該当しないことは明らかである。この点、原告が主張するように、本件名称が原告が経営するE調査室中部統括本部又はA調査室中部統括本部の営業員の名称を指称するものであったとしても同様である。

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