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著作権コンサルタントをしています。クリエーターの卵から世界的に著名なアーティストまで、コンテンツビジネスや著作権にかかわる法律問題について、グローバルに支援しています。 カネダ著作権事務所 http://www.kls-law.org/
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2025年8月30日土曜日

US/FEIST PUBLICATIONS, INC. v. RURAL TEL. SERVICE CO., 499 U.S. 340 (1991)

 

 FEIST PUBLICATIONS, INC. v. RURAL TEL. SERVICE CO., 499 U.S. 340 (1991)

~編集著作物に関するケース:「オリジナリティー」にも言及した非常に意義深い判例~

 

    Feistケースの概要

 

Rural社は、カンザス州北西部でサービスを提供する正式な電話会社で、「ホワイトページとイエローページから成る典型的な電話帳」(a typical telephone directory, consisting of white pages and yellow pages)を出版していました。このうち「ホワイトページ」は、Rural社の加入者の名前が、その者の町名と電話番号とともに、アルファベット順に掲載されたものでした。一方、Feist社は、より広域の地域をカバーする電話帳を専門とする出版社でした。

Feist社は電話会社ではなく、電話加入者の情報を独自に入手できる立場にはいなかったため、自身の出版する広域エリアの電話帳作成のために、ホワイトページの掲載情報を入手する必要がありました。そこで、カンザス州北西部で運営する11の電話会社のそれぞれにアプローチをし、彼らのホワイトページの掲載情報を使わせてもらえるよう(その使用許諾の対価も支払うと)申し出ました。しかし、この11の電話会社のうち、Rural社だけが、掲載情報の使用許諾を拒絶しました。そこで、Feist社は、Rural社の許諾を得ることなく、その掲載情報を使用することにしました(もっとも、この使用は、いわゆるデッドコピーのような「丸写し」ではなく、Rural社のほとんどの掲載情報にはない、加入者の住所(street address)を独自に調査するなどして、結果として、Feist社の1983年版の電話帳では、その46,878の掲載情報のうち、1,309の掲載情報が、Rural社の1982-83年版ホワイトページのそれと全く同じでした。さらに、このうちの4つは、無断コピーを探知するためにRural社が挿入していた架空の情報でした。)

Rural社は、Feist社は、その電話帳を作成する際に、Rural社のホワイトページに含まれていた情報を使用することはできなかったと主張して、カンザスの連邦地方裁判所に著作権侵害訴訟を提起しました。Feist社は、これに対し、Rural社のホワイトページの(編集)著作物性を否定して争いました。連邦地裁は、「電話帳は著作権による保護を受ける」(telephone directories are copyrightable)と判示し、続く連邦控訴裁判所(10巡回区)Rural社に有利な判断を示しました。

 

    重要判示部分

 

▶「オリジナリティー」とは

 

著作権による保護に不可欠なものは、オリジナリティーである。著作権により保護を受けるためには、作成物がその作成者にとってオリジナルなものでなくてはならない。著作権の分野で使われる用語としてのオリジナルとは、ただ、当該著作物が当該著作者によって独自に[独立して]創作されたものであること(つまり、他人の作品からコピーされたものでないこと)、そこには、少なくともいくらかの最低限の創作性(at least some minimal degree of creativity)があれば足りることのみを意味する。確かに、要求される創作性のレベルは極めて低く、ほんの少しの量の創作意図[個性](a slight amount will)さえあればそれで十分である。ほとんどの作成物が極めて容易にこの水準に達している。なぜなら、作成物[著作物]とは、それが「いかに粗くて、質素で、わかりきったようなもの」であっても、いくらかの創作的なひらめき(some creative spark)があるからである。オリジナリティーとは、ノベルティー[斬新さ・目新しさ]を意味するものではない。たとえ、ある作品が他の作品に非常に似通っていても、その類似性が偶発的なものであって、他人の作品のコピーの結果でなければ、当該作品はオリジナルなものと言える。

 

(原文) The sine qua non of copyright is originality. To qualify for copyright protection, a work must be original to the author. Original, as the term is used in copyright, means only that the work was independently created by the author (as opposed to copied from other works), and that it possesses at least some minimal degree of creativity. To be sure, the requisite level of creativity is extremely low; even a slight amount will suffice. The vast majority of works make the grade quite easily, as they possess some creative spark, "no matter how crude, humble or obvious" it might be. Originality does not signify novelty; a work may be original even though it closely resembles other works, so long as the similarity is fortuitous, not the result of copying.

 

オリジナリティーは、憲法上の要請である。著作権法を制定する議会の権原は、合衆国憲法第1編第8条第8項にあり、その条項は、議会に、「著作者に対し、その著作に対する排他的権利を、限られた期間保障する」権限を付与している。19世紀後半の2つの判決(The Trade-Mark CasesBurrow-Giles Lithographic Co. v. Sarony)の中で、裁判所は、極めて重要な2つの用語"authors"及び"writings"に関し、その定義付けを行った。その際、この2つの用語がある程度のオリジナリティー(a degree of originality)を前提としている[当然に含意している]という点を疑義のないように明確にした。

 

(原文) Originality is a constitutional requirement. The source of Congress' power to enact copyright laws is Article I, 8, cl. 8, of the Constitution, which authorizes Congress to "secure for limited Times to Authors . . . the exclusive Right to their respective Writings." In two decisions from the late 19th Century - The Trade-Mark Cases(1879); and Burrow-Giles Lithographic Co. v. Sarony(1884) - this Court defined the crucial terms "authors" and "writings." In so doing, the Court made it unmistakably clear that these terms presuppose a degree of originality.

 

The Trade-Mark Cases事件とBurrow-Giles事件の中で明確に述べられたオリジナリティーの要件は、今日でも、著作権による保護を基礎づける試金石である。それはまさに、「著作権法の前提」である。

 

(原文) The originality requirement articulated in The Trade-Mark Cases and Burrow-Giles remains the touchstone of copyright protection today. It is the very "premise of copyright law."

 

▶「ファクツ(事実)」とオリジナリティー

 

「誰も事実に関してオリジナリティーを主張することはできない。」なぜなら、事実というものは、そのオリジン[起源、由来、はじまり]が著作者としての所為(an act of authorship)に負うものではないからである。その(オリジナリティーと事実の)違いは、創作と発見の違いと同様である。つまり、最初にある事実を見つけ、それを報告した人は、その事実を創作したわけではない、その人は単にその存在を発見したにすぎないからである。例えば、国勢調査員は、彼らの努力の成果である人口統計数値を「創作」したわけではない。つまり、ある意味で彼らは、彼らの周りの世界から(そこにすでに存在していた)これらの数値をコピーしたのである。それ故に、国勢調査に用いられるデータは、著作権による保護を引き起こすものではない。これらのデータは、憲法的な意味では、「オリジナル」なものではないからである。これと同じことは、すべての事実--自然科学的な事実、歴史的事実、伝記的な事実、日々のニュース--にも当てはまる。「これらは著作権による保護を受けることはできない。これらは、誰もが利用可能なパブリックドメインの一部である。」

 

(原文) "No one may claim originality as to facts." This is because facts do not owe their origin to an act of authorship. The distinction is one between creation and discovery: the first person to find and report a particular fact has not created the fact; he or she has merely discovered its existence. Census-takers, for example, do not "create" the population figures that emerge from their efforts; in a sense, they copy these figures from the world around them. Census data therefore do not trigger copyright, because these data are not "original" in the constitutional sense. The same is true of all facts -- scientific, historical, biographical, and news of the day. "They may not be copyrighted, and are part of the public domain available to every person."

 

▶「事実をもとにした編集物」とオリジナリティー

 

一方、事実をもとにした編集物(factual compilations)は、著作権法上要求されるオリジナリティーを備えている場合がある。このような編集物の作成者[編集者]は、読者が効果的に編集物を使えるようにするために、一般的に、どのような事実を編集物に含め、それらをいかなる順序に並べて配列するか決定する。選択と配列に関するこのような決定は、その編集者によって独自になされるものであり、かつ、ほんの少しの創作性(a minimal degree of creativity)を包含しているものでありさえすれば、議会が著作権法を通じてそのような編集物を保護するのに十分にオリジナルである。このように、保護できる表現を全く含んでおらず、ただ事実のみから構成される辞書であっても、それがオリジナルな選択か配列を特徴とする限り、著作権による保護のための(オリジナリティーに関する)憲法上の最低限の基準を満たす。

(原文) Factual compilations, on the other hand, may possess the requisite originality. The compilation author typically chooses which facts to include, in what order to place them, and how to arrange the collected data so that they may be used effectively by readers. These choices as to selection and arrangement, so long as they are made independently by the compiler and entail a minimal degree of creativity, are sufficiently original that Congress may protect such compilations through the copyright laws. Thus, even a directory that contains absolutely no protectible written expression, only facts, meets the constitutional minimum for copyright protection if it features an original selection or arrangement.

 

それ故に、編集物の作成者が事実にオリジナルなことばの配列(連語)という衣を纏わせれば、その作成者はこの表現物に対して著作権を主張することができる。他の者は、その出版物(編集物)から、その土台となっている事実をコピーすることはできるが、その事実を表現するために用いられているまさにそのことばをコピーすることはできないのである。

(原文) Thus, if the compilation author clothes facts with an original collocation of words, he or she may be able to claim a copyright in this written expression. Others may copy the underlying facts from the publication, but not the precise words used to present them.

 

このことは、必然的に、事実をもとにした編集物に対する著作権による保護が薄弱であることを意味する。(他の出版物に対する)著作権による有効な保護があっても、後の編集者は、依然として、他の出版物(編集物)に含まれている事実を、それと競合する編集物を作成するのに役立てるために、その競合する編集物が他の出版物(編集物)と同様の選択と配列を特徴とするものでない限り、自由に使うことができるのである。

(原文) This inevitably means that the copyright in a factual compilation is thin. Notwithstanding a valid copyright, a subsequent compiler remains free to use the facts contained in another's publication to aid in preparing a competing work, so long as the competing work does not feature the same selection and arrangement.

 

▶「アイディア-表現(事実-表現)の二分法」(the idea/expression or fact/expression dichotomy)

 

編集者の労働の成果の多くが、何らの補償・賠償もなく、他人によって使われてよいのであれば、アンフェア(不公正)に見えるかもしれない。しかしながら、Brennan判事が正しく述べているように、このことは「制定法によるスキーム[枠・体系]の思いがけない副産物」ではない。それはむしろ、「著作権の本質」であり、憲法上の要請である。著作権の第一の目的は、著作者の労働に報いることではなく、「学術及び有用な技芸を促進すること」である。この目的のために、著作権は、著作者に彼らのオリジナルな表現に対する権利を保証するが、他の者が、著作物によって伝えられるアイディアや情報をもとに自由に創作活動を進めることを奨励するものである。この原理原則(アイディア-表現(事実-表現)の二分法として知られている。)は、あらゆる著作物に適用される。これが事実をもとにした編集物に適用される場合には、オリジナルな表現が他にないと仮定すると、その編集者による選択と配列だけが保護される。つまり、生の事実(raw facts)は自由にコピーできる。このような結論は、アンフェア(不公正)でも不運な[不適切な]ものでもない。それ(二分法の原則)は、著作権が学術及び技芸を前進させる手段なのである。

(原文) It may seem unfair that much of the fruit of the compiler's labor may be used by others without compensation. As Justice Brennan has correctly observed, however, this is not "some unforeseen byproduct of a statutory scheme." It is, rather, "the essence of copyright," and a constitutional requirement. The primary objective of copyright is not to reward the labor of authors, but "to promote the Progress of Science and useful Arts." To this end, copyright assures authors the right to their original expression, but encourages others to build freely upon the ideas and information conveyed by a work. This principle, known as the idea/expression or fact/expression dichotomy, applies to all works of authorship. As applied to a factual compilation, assuming the absence of original written expression, only the compiler's selection and arrangement may be protected; the raw facts may be copied at will. This result is neither unfair nor unfortunate. It is the means by which copyright advances the progress of science and art.

 

事実は、それがたとえ単独であっても編集物の一部であっても、オリジナルなものではなく、それ故に、著作権による保護を受けることはできない。事実をもとにした編集物は、それがオリジナルな選択又は配列を特徴としていれば、著作権による保護を受ける資格があるが、その著作権による保護は、その特定の選択又は配列に限定される。著作権による保護は、いかなる場合であっても、事実それ自体には及ばないのである。

(原文) Facts, whether alone or as part of a compilation, are not original, and therefore may not be copyrighted. A factual compilation is eligible for copyright if it features an original selection or arrangement of facts, but the copyright is limited to the particular selection or arrangement. In no event may copyright extend to the facts themselves.

 

Feistケースに関する結論

 

(著作権の)侵害を立証するためには、次の2つの要素が証明されなければならない:(1)有効な著作権を所有していること、及び(2)作品中のオリジナルな構成要素がコピーされたことである。最初の要素については、ここでは問題とならない。

(原文) To establish infringement, two elements must be proven: (1) ownership of a valid copyright, and (2) copying of constituent elements of the work that are original. The first element is not at issue here.

 

問題は、Rural社が二番目の要素を立証したかどうかということである。換言すれば、Feist社は、Rural社のホワイトページから1,309個の名前、町名及び電話番号を取り上げることによって、Rural社に「オリジナルな」ものをコピーしたのか。生のデータがオリジナリティーの要件を満たさないことは確かである。なるほど、Rural社は、自社の加入者の名前、町名及び電話番号を最初に見つけ、これを報告したかもしれない。しかし、これらのデータは、Rural社に「そのオリジン[起源、由来]が帰属する」ものではない。それどころか、これらの情報は、著作権による保護を受けることができない事実である。これらは、Rural社が報告する以前から存在していたものであり、かりにRural社が電話帳を発行しなかったとしても存在し続けたであろう。オリジナリティーの要件は、「名前や住所、電話番号を保護することを認めないのであり、どんなに想像力を膨らませても、原告をこれら(名前や住所、電話番号)の著作者と呼ぶことはできない」のである。

(原文) The question is whether Rural has proved the second element. In other words, did Feist, by taking 1,309 names, towns, and telephone numbers from Rural's white pages, copy anything that was "original" to Rural? Certainly, the raw data does not satisfy the originality requirement. Rural may have been the first to discover and report the names, towns, and telephone numbers of its subscribers, but this data does not "owe its origin" to Rural. Rather, these bits of information are uncopyrightable facts; they existed before Rural reported them, and would have continued to exist if Rural had never published a telephone directory. The originality requirement "rules out protecting . . . names, addresses, and telephone numbers of which the plaintiff, by no stretch of the imagination, could be called the author."

 

依然として残された問題は、Rural社が著作権による保護を受けることができないこれらの事実を、オリジナルな態様で、選択し、調整し、配列したのかどうかという点である。すでに述べたように、オリジナリティーの基準は、厳格なものではない。事実が斬新な又は驚くような態様で表現されるべきことを要求しているのではない。しかしながら、事実の選択及び配列が、創作性が全く要求されないほどに機械的な又は型どおりのありふれたのものではありえないことも、同様に真実である。オリジナリティーの基準は低いが、実際に、存在するのである。

(原文) The question that remains is whether Rural selected, coordinated, or arranged these uncopyrightable facts in an original way. As mentioned, originality is not a stringent standard; it does not require that facts be presented in an innovative or surprising way. It is equally true, however, that the selection and arrangement of facts cannot be so mechanical or routine as to require no creativity whatsoever. The standard of originality is low, but it does exist.

 

Rural社のホワイトページの選択、調整及び配列は、著作権による保護のための憲法上の最低限の水準を満たしていない。はじめに述べたように、Rural社のホワイトページは、全く典型的なものである。Rural社のサービスエリアでその電話サービスを欲する者が申請用紙に記入すると、Rural社は彼らに電話番号を交付する。ホワイトページを作成する際、Rural社は、その加入者が提供したデータをただ単に取り上げて、それを名字に従ってアルファベット順にリストに掲載するのである。最終的に出来上がった物は、ありふれたホワイトページの電話帳であり、ほんの少しの創作性の跡さえ欠いている。

(原文) The selection, coordination, and arrangement of Rural's white pages do not satisfy the minimum constitutional standards for copyright protection. As mentioned at the outset, Rural's white pages are entirely typical. Persons desiring telephone service in Rural's service area fill out an application, and Rural issues them a telephone number. In preparing its white pages, Rural simply takes the data provided by its subscribers and lists it alphabetically by surname. The end product is a garden-variety white pages directory, devoid of even the slightest trace of creativity.

 

Rural社は、事実の調整及び配列にオリジナリティーを主張することもできない。そのホワイトページは、ただRural社の加入者をアルファベット順に掲載しただけのものである。この配列は、厳密に言えば、そのオリジン[起源、由来]Rural社に求めることができる。誰も、Rural社が自身で名前をアルファベット順に並べるという仕事を引き受けたことに異議を唱えるものではない。しかし、ホワイトページの電話帳で名前をアルファベット順に並べたことにほんのわずかでも創作的の部分はないのである。それ(名前をアルファベット順に並べること)は、昔からの慣習で、伝統にしっかりと根差しており、しかもあまりにありふれているため、当然のこととして受け止められている。

(原文) Nor can Rural claim originality in its coordination and arrangement of facts. The white pages do nothing more than list Rural's subscribers in alphabetical order. This arrangement may, technically speaking, owe its origin to Rural; no one disputes that Rural undertook the task of alphabetizing the names itself. But there is nothing remotely creative about arranging names alphabetically in a white pages directory. It is an age-old practice, firmly rooted in tradition and so commonplace that it has come to be expected as a matter of course.

 

Rural社のホワイトページは必要なオリジナリティーを欠いているため、Feist社の当該掲載情報の使用は、著作権を侵害するものではない。この判断は、電話帳を編集する際のRural社の努力を卑しめるものと解釈されるべきものではなく、むしろ、著作権は、努力ではなく、オリジナリティーに報いるものであるということを明確にするものとして解釈されるべきものである。

(原文) Because Rural's white pages lack the requisite originality, Feist's use of the listings cannot constitute infringement. This decision should not be construed as demeaning Rural's efforts in compiling its directory, but rather as making clear that copyright rewards originality, not effort.

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2025年8月14日木曜日

US/ HOEHLING v. UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC., 618 F.2d 972 (2nd Cir. 1980)

 

HOEHLING v. UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC., 618 F.2d 972 (2nd Cir. 1980)

~「歴史的事実に対する解釈」の著作物性(侵害性)

 

本ケースの概要

 

本ケースにおける争点は、著作権は「歴史的事実に対する解釈」(the interpretation of historical facts)を保護するか、という点にありました。

 

控訴人は、事故調査報告書、当時の記事や関連書籍の研究、関係者へのインタビュー等を行い、実在したある有名な飛行船”Hindenburg”(ヒンデンブルク号**)に関する書籍を出版しました。何年か後になって、被控訴人が、同じ飛行船に関する書籍を出版しました。被控訴人書籍を出版した出版者は、同じく被控訴人である映画会社に被控訴人書籍の映画化権の売り込みに成功しました。被控訴人らの映画の公開予定を知った控訴人(原審の原告)が著作権侵害及びコモンロー上の不正競争を理由に被控訴人ら(原審の被告ら)に対し提訴したのが本ケースです。

控訴審である第2巡回区控訴裁判所は、著作権侵害を証明するためには、控訴人は、被控訴人らが控訴人の書籍をコピー(複製)したこと、及び彼らが控訴人の表現を不法に利用したことを立証しなければならないところ、控訴人のストーリーは歴史的解釈に基づくもので、それ(その歴史的解釈)は控訴人の書籍に対する著作権によって保護されるものではない、と結論づけました。

 

** Hindenburg(ヒンデンブルク)号は、ヒトラーの時代にドイツで建設された巨大で豪華な飛行船のことです。この巨大飛行船が、フランクフルトから合衆国に向けた飛行中、193756日、New JerseyLakehurst上空で突然爆発炎上しました。この事故(事件)を巡っては、公式な事故調査が行われ(なお、公式な見解では、サボタージュ(何者かによる破壊工作活動)の可能性を排除できないとしていた)、また、新聞や雑誌等のメディアも当時この事故を大きく取り上げ、さらに、後になって、さまざまな研究者や作家による、この爆発炎上事故(事件)に関する書籍が出ています。

 

「歴史的事実に対する解釈」の著作物性(侵害性)

 

本ケースにおける第2巡回区控訴裁判所の基本的なスタンスは、次の判示部分に端的に表れています:

『発行された著作物にかかる著作権の付与は、そこに含まれる表現に対して、ある限られた期間の独占権として、その著作者に認められるものである。著作権は、オリジナルな作品を創作することによって既存の知識をさらに集積[集大成]させる者に対して、経済的なインセンティブ(動機づけ)を与える。それにもかかわらず、著作権者に与えられる保護は、決して歴史[史実]には及ぶことはない。このことは、たとえその歴史[史実]が、文書的資料によって立証された事実であっても、又は説明的な(歴史的)仮説であっても同様である。この法理を支える理論的根拠は、知識のもとは、歴史[史実]がすべての者にとって共有財産である時に最もその有用性を発揮し、そして、あらゆる世代は、過去の知見や見識を自由に活用することができるという点にある。それ故に、歴史[史実]に係わる記述に対する著作権による保護の範囲は、実際のところ、狭いものとなり、その保護の範囲には、すでにパブリックドメインに帰した特定の(歴史的)事実や理論[学説]を当該著作者が創作的に表現した部分のみしか含まないことになる。我々の前にある本ケースが示すがごとく、他人の表現を大量に不法に利用する行為がない場合には、歴史[史実]に係わる作品が問題となる場合における著作権侵害の請求は、めったに容認されないのである。』

 

(原文) A grant of copyright in a published work secures for its author a limited monopoly over the expression it contains. The copyright provides a financial incentive to those who would add to the corpus of existing knowledge by creating original works. Nevertheless, the protection afforded the copyright holder has never extended to history, be it documented fact or explanatory hypothesis. The rationale for this doctrine is that the cause of knowledge is best served when history is the common property of all, and each generation remains free to draw upon the discoveries and insights of the past. Accordingly, the scope of copyright in historical accounts is narrow indeed, embracing no more than the author's original expression of particular facts and theories already in the public domain. As the case before us illustrates, absent wholesale usurpation of another's expression, claims of copyright infringement where works of history are at issue are rarely successful.

 

控訴人であるA. A. Hoehlingは、彼自身による綿密な調査を基にして、1962年、『誰がヒンデンブルク号を破壊したか?』(Who Destroyed the Hindenburg ?)というタイトルの書籍を出版しました。控訴人の当該書籍は、事実を基にした読み物(ノンフィクション)として公表され、客観的で報告的な記述スタイルで書かれていました(His book is presented as a factual account, written in an objective, reportorial style.)**

 

** Hoehlingは、彼の書籍に中で、ヒンデンブルク号にはナチスドイツのプロパガンダの道具の1つとしての役割があったと記述するとともに、結論として、最も可能性があるのは、ヒンデンブルク号爆発炎上事故(事件)は、ヒンデンブルク号の「整備工」("rigger")1人であったEric Spehlの破壊工作活動によるものである、というものでした。そして、Spehlがそのような破壊活動をした動機は、ナチスの不敗神話を打破するために献身していたある女友達を喜ばせるためであった可能性があるとしていました。

 

Hoehlingの書籍出版から10年後、Michael MacDonald Mooneyは、『ヒンデンブルク号』(The Hindenburg)というタイトルの書籍を出版しました。Mooneyの作品は、ヒンデンブルク号爆発炎上事故(事件)という悲劇を取り巻く実際の出来事を通して、数多くの象徴的なテーマを織り込んで、歴史的な読み物というよりは、文学的な読み物として特徴づけることができました(Mooney's endeavor might be characterized as more literary than historical in its attempt to weave a number of symbolic themes through the actual events surrounding the tragedy.)。彼の主要なテーマは、(当該悲劇が起こった)5月という月の自然美を、「技術」の、冷たくて、人為的な進歩と対比させるところにありました(His dominant theme contrasts the natural beauty of the month of May, when the disaster occurred, with the cold, deliberate progress of "technology.")**

 

** Mooneyの作品において、Spehlは、感性豊かな熟練工として描かれていて、また、ヒンデンブルク号は、Spehlのそのようなキャラクターとは対照的に、技術の象徴として捉えられていました。そして、ヒンデンブルク号爆発炎上事故(事件)--MooneySpehlが爆弾を仕掛けたものとしている--を、技術に対する自然の究極的な勝利(the ultimate triumph of nature over technology)として描きました。なお、本ケースにおいて、Mooneyは、自身の作品を書き上げるに当たって、Hoehlingの書籍の記述も参考資料の1つとしたことは認めています。

 

Hoehlingが彼の書籍に対して有効な著作権を有していることに異論はありません。しかしながら、著作権侵害を証明するためには、Hoehlingは、被告らが彼の作品を「コピーした」こと、及び彼の「表現」を「不法に利用した」ことを立証しなければなりません(To prove infringement, however, he must demonstrate that defendants "copied" his work and that they "improperly appropriated" his "expression.")。そして、通常、不法な利用は、著作権によって保護され得る表現との「実質的な類似性」を証明することによって示されます(Ordinarily, wrongful appropriation is shown by proving a "substantial similarity" of copyrightable expression.)

Hoehlingの第一の主張は、被控訴人らは(MooneyUniversalの双方とも)、自分の書籍の根本的なプロット、すなわち、Eric Spehlは、その女友達に感化されて、ヒンデンブルク号に爆弾を仕掛けてその巨大飛行船に対して破壊工作を行ったという筋書きをコピーした、というものでした(Hoehling's principal claim is that both Mooney and Universal copied the essential plot of his book i. e., Eric Spehl, influenced by his girlfriend, sabotaged the Hindenburg by placing a crude bomb in Gas Cell 4.)。しかしながら、控訴裁判所は、このHoehlingの主張を認めず、かえって、被控訴人らは、彼らのプロットは、Hoehlingのそれとは実質的に類似していないことを説得力をもって示したと認定しました(例えば、Hoehlingの作品中のSpehlは、その共産主義者の女友達を喜ばせるためにヒンデンブルク号を破壊したとしているのに対して、Mooneyの作品におけるSpehlは、テクノロジーの時代に対する反感が動機となってヒンデンブルク号を破壊したとしている)

 

一方、被控訴人サイドは、Hoehlingのプロットは、「アイディア」であって、アイディアは、著作権法においては保護されないとも主張しました。これに対し、Hoehlingは、アイディアそれ自体は著作権の対象ではないが、自身のアイディア(プロット)の「表現」は著作権によって保護されていると反論しました。この議論に関し、控訴裁判所は、フィクションの分野では、あるアイディアとその表現との区別はとりわけ曖昧である[わかりづらい](works of fiction, where the distinction between an idea and its expression is especially elusive)と認めながらも、一方で、本ケースのように、問題になっているアイディアが歴史上の出来事に対する解釈である場合には、そのような解釈は、著作権法上、保護されるものではないと認定しました(But, where, as here, the idea at issue is an interpretation of an historical event, our cases hold that such interpretations are not copyrightable as a matter of law.)。そして、「歴史上の問題や出来事に取り組もうとする著作者に冷や水を浴びせるような効果を与えないためには、理論[学説]やプロットを含めて、歴史上の題材を利用する著作者(後に続く著作者)に対し、幅広い裁量(ここでは、歴史上の題材を自由に使える権利のこと)が与えられなければならない」(To avoid a chilling effect on authors who contemplate tackling an historical issue or event, broad latitude must be granted to subsequent authors who make use of historical subject matter, including theories or plots.)と続けています。

 

本ケースにおいて、Eric Spehlがヒンデンブルク号を破壊したという仮説は、いくつかの歴史的事実(例えば、Spehl自身の生涯や彼の女友達の反ナチ活動等)に対する解釈に基づくものです。そして、そのような歴史的解釈は、たとえそれがHoehlingのオリジナルの解釈に係るものであっても、著作権によって保護されるものではなく、後に続く著作者によって自由に利用され得るものなのです(Such an historical interpretation, whether or not it originated with Mr. Hoehling, is not protected by his copyright and can be freely used by subsequent authors.)

 

歴史的なテーマを扱う作品においては、後の著作者が先の著作者の表現をまるまる利用するものでない限り、先の作品の成果(知識)を利用することができるものと解されます。「知識というものは、あらたに歴史的なテーマを扱う作品の著作者に対して、先人たちの作品に基づいて相対的に自由に創作できる途を与えることによっても、拡大する」(Knowledge is expanded as well by granting new authors of historical works a relatively free hand to build upon the work of their predecessors.)ものであり、このことは、「学術及び有用な技芸の発展」(アメリカ合衆国憲法第1編第8条第8項参照)を促し、究極的には社会公共の一般的利益の増進へとつながっていくものとなります。

 

なお、最後に付言すると、本ケースにおいてHoehlingは、さらに、例えば、「飛行前の、ドイツ風のビアホールでのヒンデンブルク号クルーによるドンチャン騒ぎの1シーン」や、「”Heil Hitler”のような、当時のドイツでの一般的な挨拶」といった、作品中の1シーンやフレーズに係わる類似性についても主張しました。しかし、これらの要素は、いわゆる「ありふれたシーン」(scenes a faire)、すなわち、「ある特定のトピックを扱う際に実際問題として避けては通れないような[必然的に登場する]、若しくは少なくとも標準的な、出来事、キャラクター又はセッティング(場面設定)」(incidents, characters or settings which are as a practical matter indispensable, or at least standard, in the treatment of a given topic)にすぎないものと捉えられます。そして、一定の「ストック」や標準的な文学的小道具(仕掛け)を用いることなく特定の一時代や小説的なテーマについて記述することは事実上不可能であることから、控訴裁判所は、上述のような「ありふれたシーン」は著作権法上保護されるものではないとあらためて判示しました(Because it is virtually impossible to write about a particular historical era or fictional theme without employing certain "stock" or standard literary devices, we have held that scenes a faire are not copyrightable as a matter of law.)

AK

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2025年6月24日火曜日

US/『アメリカ著作権制度の解説/著作権の存続期間』

 

『アメリカ著作権制度の解説/著作権の存続期間』

 

▽ 概観

 

アメリカ(連邦)著作権法における著作権の存続期間(保護期間)の取り扱いは、非常に複雑です。「1909年法」と「1976年法(現行法)」との継続性を背景として、主として、著作物の「発行」や著作権の「登録」の有無、「更新」による保護期間の延長の有無によって、存続期間の取扱いが錯綜しています。これに加え、たび重なる法改正が行われており、その度、存続期間は「延長」されています。

 

アメリカにおいて、著作権の存続期間は、大まかに言うと、現行法である1976年法が発効した日、すなわち、「197811日」を境に異なった基準が適用されます。もっとも、197811日以後に制定されたいくつかの改正法(そのなかで最も有名なものが、19981027日に発効した「ソニー・ボノ著作権保護期間延長法」-the Sonny Bono Copyright Term Extension Act -です。)によっても、著作権の存続期間が影響を受けることになります。

なお、著作権保護期間延長法(ソニー・ボノ法)の合憲性が争われたケースとして、「ELDRED et al. v. ASHCROFT, ATTORNEY GENERAL, 537 U.S. 186(2003)」参照。

 

(1) 197811日以後に最初に著作権が確保された著作物(302条)

 

197811日以後に最初に著作権が確保された著作物に関しては、連邦著作権法は、「単一の存続期間」(a single copyright term)と、著作物を2つのカテゴリーに分類して、それぞれに異なった(存続期間の)算定方法を採用しています。

 

     197811日以後に創作された著作物

 

連邦著作権法は、197811日以後に創作、すなわち、有形的表現媒体に固定された著作物を、その創作時(固定時)から自動的に保護することとし、当該著作物に対して、「著作者の生存期間プラス70年」(the author’s life plus an additional 70 years)という「単一の存続期間」を付与することを原則としています(302(a))。

「職務著作をするものでない2人以上の著作者によって作成される共同著作物」に関しては、当該著作物の存続期間は、最終生存者の死後を基準として、その死後70年間続くことになります(同条(b))。

職務著作物、無名著作物、変名著作物に関しては、著作権の存続期間は、原則として、「最初の発行年から95年」又は「創作年から120年」の「いずれか短い方」ということになっています(同条(c))。もっとも、これらの著作物の著作者について、著作権局の記録によってその身元が特定されている場合には、上記原則に戻り、「著作者の生存期間プラス70年」が適用されることになります。

 

② 197811日に存在しているが、それまで発行されず又は著作権による保護を受けることのなかった著作物(303条)

 

連邦著作権は、197811日より前に創作されたが、発行されることも、著作権局に登録されることもなかった著作物に関しては、197811日以後、自動的に保護を与えることにしています。そして、そのような著作物の著作権の存続期間は、原則として、上記の「197811日以後に創作された著作物」に対するのと同様の方法(著作物の性質に応じて、プラス70年、又は発行後95年若しくは創作後120年)で計算されます。

もっとも、このカテゴリーに属する全ての著作物には、少なくとも25年の保護期間が保証されています(20021231日より前に存続期間が満了することはありません)。さらに、このカテゴリーに属する著作物が20021231日までに発行された場合には、その存続期間は、さらに45年間延長されることになります(20471231日より前に満了することはありません)。

 

(2) 197811日より前にすでに連邦著作権法に基づく保護を受けていた著作物(304(a)(b)

 

197811日より前にすでに連邦著作権法による保護が確保されていた著作物に関しては、現行法(1976年法)は、当該著作権の存続期間を計算するために、原則的に、1909年法のシステムを踏襲しています。しかしながら、いくらかの変更があります。

1909年法の下での保護期間

1976年法(現行法)と比較すると、方式主義を採用していた1909年法の下での保護期間のシステムは、かなり相違していると言えます。1909年法の下では、著作権は、著作物が発行された日か、未発行の著作物の場合には著作権局への登録の日に確保されることになります。そして、著作権は、そのようにして確保された日から、「最初の保護期間」として、28年間存続することになります。もっとも、著作権には、その「最初の保護期間」の最終年にあたる28年目の間に「更新」(renewal)する資格が与えられているため、当該著作権が「更新」されると、「2番目の(更新された)保護期間」として、さらに28年間、存続期間が延長されることになります。「更新」されない場合には、当該著作権は最初の28年の期間の終了によって満了し、もはや著作権による保護はありません。

 

197811日より前に連邦著作権法によって保護されている著作権の存続期間の計算について、1976年法は、基本的に、1909年法のシステムを引き継いでいます。もっとも、1つ大きな違いがあります。それは、更新期間の長さが、「28年」から「47年」まで増やされたことです。そして、1998年の著作権保護期間延長法(ソニー・ボノ法)は、この「47年」にさらに20年を追加して「67年」まで、存続期間を延長させました。つまり、197811日にすでに保護されている著作権(最初の保護期間中に197811日を迎える著作権)の存続期間は、56年間(最初の保護期間の28年+更新期間の28年)から、「95年間」(最初の保護期間の28年+更新期間の67年)に大きく延長されることになりました。

なお、ソニー・ボノ著作権保護期間延長法の発効(19981027日)時点でいまだ「更新期間」にある著作権(更新期間中に19981027日を迎える著作権)は、当該著作権が最初に確保された日から95年間存続するものとされます(304(b))。

 

(3)存続期間の満了日

 

1976年法は、すべての著作権の存続期間は、当該存続期間が満了することとなる暦年の最終日まで続く、と規定しています(305条)。

AK

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US/『アメリカ著作権制度の解説/著作権表示』

 

『アメリカ著作権制度の解説/著作権表示』

 

▶ 方式主義から無方式主義へ

 

アメリカは、伝統的に、「著作権表示」(notice of copyright, copyright notice)を著作権による保護の重要な要件と考え、長い間、発行された著作物のコピー又はレコードに「著作権表示」が付されていることを著作権保護の要件としてきました(方式主義の採用)。現行著作権法である1976年制定法(197811日発効)のもとでも、著作権表示は依然として著作権による保護の要件とされ、「方式主義」は堅持されました。

以上のようなアメリカの考え方に対し、現在の国際的なメインストリーム(主流)は、著作権による保護には何らの方式や登録を必要としないとする「無方式主義」の考え方です(ベルヌ条約5(2)**参照)。このように、著作権保護の基本に関する国際的な流れが方式主義を採るアメリカとは180度違っていたため、アメリカは長らくベルヌ条約の枠組みに加わりませんでした。ところが、国境を越えた国際間の保護の必要性がより高い著作権の分野で、その本流(ベルヌ同盟)から取り残されることを危惧したアメリカは、いよいよ198931日にベルヌ条約に加盟することになりました。

 

**ベルヌ条約5(2)1文:The enjoyment and the exercise of these rights shall not be subject to any formality.

これらの権利[著作権]の享有及び行使には、いかなる方式(の履行)も条件とされない。

 

以上のような経緯でベルヌ条約に加盟することになったアメリカでは、現行法(1976年法)に、ベルヌ条約の内容に適合させる修正を加えるため(特に方式主義を撤廃するため)に、ベルヌ条約執行法(the 1988 Bern Convention Implementation Act)が制定されました。これにより、「198931日以降」に最初に発行された著作物については、著作権表示を付すことは、「選択的な(optional)」ものとなり、もはや米国における著作権保護の要件とはならなくなりました。もっとも、後述するように、現在でも、一定の要件を備えた著作権表示を付すことによる利点は認められます。

 

著作権表示が選択的になった現在では、著作権表示を付すか否かは、当該著作権の保有者(著作権者)が自己の責任と判断で行うことになり、著作権表示を付すことに関するアメリカ著作権局の許可や当局への登録などは必要ありません。一方で、適切な著作権表示をすることは、著作物を利用する側(一般大衆)に当該著作物が著作権によって保護されている旨を告知(主張)する機能があり、このことに関連して、著作権の侵害訴訟において一定の法律的な効果が認められています(後述)。そのため、保護要件からはずされたとはいえ、米国においては、現在でも著作権表示を付すことが実務上妥当といえるでしょう。

 

▶ 著作権表示の意義

 

著作物又は録音物が著作権者の権限によって合衆国又はその他の場所で「発行される(published)」場合には、その「公に頒布されたコピー(publicly distributed copies)」、又は録音物の「公に頒布されたレコード(publicly distributed phonorecords)」に、著作権表示を付すことができます(米国著作権法401(a)**, 402(a)**)

 

**米国著作権法401(a)

401. Notice of copyright: Visually perceptible copies

(a) General Provisions.—Whenever a work protected under this title is published in the United States or elsewhere by authority of the copyright owner, a notice of copyright as provided by this section may be placed on publicly distributed copies from which the work can be visually perceived, either directly or with the aid of a machine or device.

《対訳》

401(著作権表示:視覚的に知覚できるコピー)

(a) 総則 - 本編に基づいて保護される著作物が、著作権者の権限によって、合衆国その他の場所で発行される場合には、直接に又は機械若しくは装置を用いて当該著作物を視覚的に知覚できる公に頒布されたコピーに、本条に規定する著作権表示を付すことができる。

 

**米国著作権法402(a)

402. Notice of copyright: Phonorecords of sound recordings

(a) General Provisions.—Whenever a sound recording protected under this title is published in the United States or elsewhere by authority of the copyright owner, a notice of copyright as provided by this section may be placed on publicly distributed phonorecords of the sound recording.

《対訳》

**402(著作権表示:録音物のレコード)

(a) 総則 - 本編に基づいて保護される録音物が、著作権者の権限によって、合衆国その他の場所で発行される場合には、公に頒布された当該録音物のレコードに本条に規定する著作権表示を付すことができる。

 

ここで、「発行」(publication)**とは、「販売その他の所有権の移転又は貸与によって、公衆に著作物のコピー又はレコードを頒布すること」をいいます(101条)。「その後の頒布、公の実演又は公の展示を目的として、ある1の集団にコピー又はレコードを頒布するための提供」もまた、「発行」に当たるとされています。一方、著作物の公の実演や公の展示、コピーの印刷ないし増刷、さらには著作権局へのコピーの提出などは、それ自体のみでは「発行」に該当するものではありません。

なお、「発行」(「頒布」についての定義規定はありませんが、これは、基本的には「発行」と同義になる場合が多いと考えて差し支えないと思います。)の他、「公に」、「コピー」、「レコード」、「実演する」、「展示する」についても定義規定が設けられていますので、そちらも参照してください。

 

**米国著作権法101[「発行」の定義]

Publication is the distribution of copies or phonorecords of a work to the public by sale or other transfer of ownership, or by rental, lease, or lending. The offering to distribute copies or phonorecords to a group of persons for purposes of further distribution, public performance, or public display, constitutes publication. A public performance or display of a work does not of itself constitute publication.

《対訳》

「発行」とは、販売その他の所有権の移転又は貸与によって、公衆に著作物のコピー又はレコードを頒布することをいう。その後の頒布、公の実演又は公の展示を目的として、ある1の集団にコピー又はレコードを頒布するために提供すること[頒布しようとすること/頒布する申し出を行うこと]は、発行となる。著作物の公の実演又は公の展示は、それ自体で[自動的に]、発行となるものではない。

 

以上のように、著作権表示は、著作物が「発行」される場合に付すことができるもので、「未発行」の著作物については付す必要はありません。しかし、実際の場面で、ある行為が著作権法上要求される「発行」に該当するか否か容易に判断できない場合もあります(とりわけ、「発行」に向けての一連の作業が進行している場合に、その準備段階と実際の「発行」段階との線引きが難しい場面があります)。そのため、著作権者としては、「発行」に当たるか否か微妙な場面で、さらには明らかに「発行」に該当しない場合でも、自己の著作権を主張するために、自己の支配を離れる著作物のコピー又はレコードに適切な表示を付すことを望む場合があります。このような場合には、次のような表示を付すことができます:Unpublished work © 2024 Akihiko Kaneda

 

▶ 著作権表示の法律的効果

 

●著作権表示が選択的になったとはいえ、適切な著作権表示をすることは、著作物を利用する側(一般大衆)に当該著作物が著作権によって保護されている旨を告知(主張)する機能があり、このことに関連して、著作権の侵害訴訟において一定の法律的な効果が認められていることは、前に一言しました。

ここに「一定の法律的な効果」は米国著作権法401(d)**及び402(d)に規定されています。その内容な次のとおりです:ある著作物について著作権の侵害が行われ、これが裁判所で問題となった場合、もし当該侵害者が「善意の侵害の抗弁」(innocent infringement defense)すなわち当該著作物が著作権によって保護されていることを知らなかったと主張するときは、賠償すべき損害額が裁判所によって減額される可能性があります。ところが、当該著作物について適切な著作権表示がなされていれば、裁判所は、被告側(侵害者側)のそのようの「善意の侵害の抗弁」を原則的に認めないということです。

なお、この点に関しては、「Maverick Recording Co. v. Whitney Harper」事件参照。

 

**米国著作権法401(d)

(d) Evidentiary Weight of Notice. If a notice of copyright in the form and position specified by this section appears on the published copy or copies to which a defendant in a copyright infringement suit had access, then no weight shall be given to such a defendant's interposition of a defense based on innocent infringement in mitigation of actual or statutory damages, except as provided in the last sentence of section 504(c)(2).

《対訳》

(d) 表示の証拠的価値 - 本条に明記する形式及び位置の著作権表示が、著作権侵害訴訟の被告がアクセス[接近・入手]した、すでに発行されているコピーに現われている場合には、被告の善意の侵害に基づく抗弁は、第504(c)(2)の最終文に定める場合を除き、現実的損害賠償金又は法定損害賠償金を減額する上で、一切考慮されないものとする。

 

©記号に代表される著作権表示は、現在では保護要件となっていませんが、法令に準拠した適切・適式な著作権表示をすると、以上のような重要かつ有用な法律上の効果が得られます。したがって、著作権表示を適切・適式に付すことが実務上賢明であるといえるでしょう。なお、法令に準拠した適切・適式な表示でないとかかる効果が認められないため、著作権表示を実行するのであれば、是非とも、以下に解説するような「適切・適式」な表示に心がけてください。

 

▶ 著作権表示の形式(form of notice)

 

著作権表示の形式は、「視覚的に知覚できるコピー」(visually perceptible copies)-例えば、書籍やフィルムなど、直接に又は機械・装置を用いて視覚的に著作物を知覚できる有体物のこと-と、「録音物のレコード」(phonorecords of sound recordings)-例えば、CDやカセットなど、音声が固定された有体物のこと-とで若干異なりますので、以下分けて解説します。

 

(a) 視覚的に知覚できるコピーの場合(401(b)

 

適切・適式な表示の例: © 2024 Akihiko Kaneda

 

視覚的に知覚できるコピーに対して著作権表示を適切に付すためには、次の3つの要素(elements)が含まれていなければならず、かつ、これらの3つの要素が一体的に(一緒に又は隣接して)表示されていなければなりません。

① ©の記号(円の中のCの文字)、又は「Copyright」の語、又は「Copr.」の略語。

参考までに、方式主義の採用している万国著作権条約(the Universal Copyright Convention/日米ともにUCC同盟国です。)では、©の記号のみが認められ、“Copyright”の語又はその略語の表記は、適正な表示として認められていません(UCC31参照)。

② 著作物が最初に発行された年。

編集物(例えば、アンソロジー[選集・作品集])又は以前に発行された素材を包含する二次的著作物(例えば、原作を翻訳や脚色したもの)の場合には、その編集物又は二次的著作物の最初の発行年を表示すれば十分です。

なお、絵画、図形又は彫刻の著作物については、当該著作物が(これに付属する文章があれば、それとともに)グリーティング・カード、はがき、文房具類、宝飾品、人形、玩具その他の実用品に複製される場合には、発行年を省略することができます。

③ 著作物の著作権者の氏名・名称、又はその氏名・名称を認識できる略称、又は当該著作権者の一般的に知られている代わりの名称。

 

(b) 録音物のレコードの場合(402(b)

 

適切・適式な表示の例: P 2024 ABC. Records, Inc.

 

上述しました©記号は、「視覚的に知覚できるコピー」にのみ表示することができます。米国著作権法上、テープやCD等のディスク、LPレコードなど、音声が固定(録音)されている有体物は、「コピー」ではなく、「レコード」として扱われます(そこに固定されたサウンド(音声)が「録音物」(Sound recordings)という概念です)。「録音物」とそこに収録(録音)されている「もともとの著作物」(the underlying work)とは別個の著作物として扱われることになるため(つまり、アメリカでは、例えば、ある音楽著作物A、演劇著作物B、言語著作物Cを音声によってテープに録音したとすると、その「録音物」(テープの中の音声)と、もともとの著作物ABCとは区別しなければなりません)、「コピー」とは別に、「録音物のレコード」についての著作権表示を規定しておく必要があります。

 

録音物のレコードに対して著作権表示を適切に付すためには、次の3つの要素(elements)が含まれていなければならず、かつ、これらの3つの要素が一体的に(一緒に又は隣接して)表示されていなければなりません。

    Pの記号(円の中のPの文字)。

② 録音物の最初の発行年。

③ 録音物の著作権者の氏名・名称、又はその氏名・名称を認識できる略称、又は当該著作権者の一般的に知られている代わりの名称。

当該録音物の製作者の氏名・名称がレコードのラベル又はケースに記されており、かつ、その表示とともに他のいかなる氏名・名称も記されていない場合には、当該製作者の氏名・名称は、著作権表示の一部とみなされます。

 

▶ 著作権表示の位置(position of notice)

 

著作権表示は、「著作権の主張を適切に表示するような態様と位置もって」、コピーに付されなければなりません(401(c))。また、同条では、著作権局長は、実例として、この要件を満たす、さまざまな種類の著作物への表示にかかる特定の添付及び配置の方法を規則により定めなければならないと述べ、より具体的な表示のやり方及び実例について、著作権局長による規則(regulation)に委任しています(米国著作権法規則201.20参照)。なお、当該規則で明記される実例は、「網羅的な」(exhaustive)ものであってはならないとされています(401(c)最終文参照)。

一方、録音物のレコードについても、「著作権の主張を適切に表示するような態様と位置もって」、レコードの表面又はレコードのラベル若しくはケースに付されなければならないと規定しています(402(c))。

 

以上にいう「著作権の主張を適切に表示するような態様と位置もって」という要件は未だ抽象的過ぎるため、上述しましたように、この要件を満たすような「実例」が、著作権局長によって、規則に、それもかなり細かく定められています。ただ、ここで1つ注意していただきたいことは、条文にも明記されているとおり、著作権局長が当該規則で定める著作権表示の「添付及び配置の方法」(実例)は、決して”exhaustive”な(「網羅的な」)ものと解してはならず、規則に掲げられていない表示若しくはこれと異なる表示をしたからといって、それが直ちに「適切・適式なものではない」と評価されるものでは必ずしもないということです。もっとも、当該規則で定めているやり方が適切・適式な著作権表示に対する一定の有力な指針を与えていることは間違いなく、著作権表示をする場合には、この規則のやり方に準拠することをお勧めします。

適切・適式な表示の要点は、つまるところ、著作物の通常の使用状態で、普通のユーザーが永続的に明瞭に判読できるような表示であるべきだ、ということになりそうですが、ここでは、これ以上の細かな規則の解説は割愛します。具体的な著作物に関する表示の適切・適式な位置と配置方法について更に詳しく知りたい方は、お問合わせください。

AK

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US/『アメリカ連邦著作権法における”Fair use”(フェアユース)の解説(2)』

 

『アメリカ連邦著作権法における”Fair use”(フェアユース)の解説(2)

 

アメリカ連邦著作権法107

 

「フェアユース(の法理)」とは、他人の著作物をその著作権者の許可を得ず無断で利用する場合であっても、その利用の目的、著作物の性質、利用される量、著作物の潜在的市場への影響といった各「要素」(factors)を勘案して、「公正な利用」(fair use)であると言える場合には、そのような利用行為は著作権の侵害とはならない、とする考え方です。このような考え方は(程度の違いこそあれ)、米国のみならず、各国著作権制度を支える根幹と1つなっているものです。そして、米国において、この法理を明文化したのが米国著作権法107条です。言うまでもなく、米国著作権法においては最も重要な規定の1つです。

 

アメリカ連邦著作権法107条の内容

 

まず、条文の全文とその対訳を紹介します:

 

§ 107. Limitations on exclusive rights: Fair use

(対訳)

107[排他独占的権利の制限:フェアユース]

Notwithstanding the provisions of sections 106 and 106A, the fair use of a copyrighted work, including such use by reproduction in copies or phonorecords or by any other means specified by that section, for purposes such as criticism, comment, news reporting, teaching (including multiple copies for classroom use), scholarship, or research, is not an infringement of copyright. In determining whether the use made of a work in any particular case is a fair use the factors to be considered shall include —

(対訳)

106条及び第106Aの規定にかかわらず、例えば、批評[論評]、解説[論説]、報道、教育(教室における利用のための複数のコピー(の作成行為)を含む。)、学問、又は調査などを目的とする、著作権のある著作物のフェア・ユース[公正利用]は、コピー若しくはレコードへの複製又は第106条に明記するその他の手段による利用を含めて、著作権の侵害とはならない。特定の場合に著作物の利用がフェア・ユースになるか否かを決定する際に考慮されるべき要素には、次のものを含むものとする。

 

(1) the purpose and character of the use, including whether such use is of a commercial nature or is for nonprofit educational purposes;

(対訳)

(1) 当該利用の目的及び性質(その利用が商業的性質のものであるか否か、又はその利用が非営利の教育的目的のためのものか否かを含む。)

 

(2) the nature of the copyrighted work;

(対訳)

(2) 著作権のある著作物の性質

 

(3) the amount and substantiality of the portion used in relation to the copyrighted work as a whole; and

(対訳)

(3) 著作権のある著作物全体との関連における、利用されている部分の量及び実質

 

(4) the effect of the use upon the potential market for or value of the copyrighted work.

(対訳)

(4) 著作権のある著作物の潜在的市場又はその価値に対する当該利用の影響

 

The fact that a work is unpublished shall not itself bar a finding of fair use if such finding is made upon consideration of all the above factors.

(対訳)

フェアユースの認定が上記のすべての要素を考慮してなされる場合には、著作物が未発行であるという事実は、それ自体、当該フェアユースの認定を妨げない。

 

米国著作権法107条は、その柱書において、「例えば、批評[論評]、解説[論説]、報道、教育(教室における利用のための複数のコピー(の作成行為)を含む。)、学問、又は調査などを目的とする、著作権のある著作物のフェアユース[公正利用]は、著作権の侵害とはならない」と明記しています。これは、ある著作物の複製等の行為が‘fair’(「公正な」)であると考えられるためのいくつかの利用目的「批評[論評](criticism)「解説[論説](comment)「報道」(news reporting)「教育」(teaching)「学問」(scholarship)「調査」(research)―を例として掲げたものです。すなわち、これら(の利用目的)は、これまでの判例によって伝統的・一般的にフェアユースと認定されるケースが多かったものを例示的に列挙しているに過ぎないと解されます。したがって、フェアユースと認められるための利用目的は、上記に限定されるものではありません。

 

当該柱書では、利用目的の条項に続いて、「特定の場合に著作物の利用がフェアユースになるか否かを決定する際に考慮されるべき要素には、次のものを含むものとする」という規定を置き、ある特定の場合における‘use’(利用)‘fair’であるか否かを決定するに当たっては、上述した利用目的を含めて、さらに、次の4つの‘factors’(要素)が考慮されなければならない旨が明記されています。

フェアユースを決定付ける「4つのファクター(要素)」は、次のとおりです:

 

① 当該利用の目的及び性質(その利用が商業的性質のものであるか否か、又はその利用が非営利の教育的目的のためのものか否かを含む。)

 

裁判所は、フェアユースを主張する当事者が著作権のある著作物をどのように(どのような態様で)利用しているかに注目します。そして、一般的に言うと、その利用が「非営利で教育的な」(nonprofit educational uses)場合又は「営利を目的としない(非商業利な)(noncommercial uses)場合には、フェアユースと認定される可能性が高くなります。もっとも、「非営利で教育的な」利用や「営利を目的としない(非商業的な)」利用であれば常にフェアユースと認定されるものでもありません。裁判所は、さらに、「当該利用の目的及び性質」というファクターと他の(3つの)ファクターとのバランス(均衡)を考慮してフェアユースの認定を行います。

 

② 被利用著作物(著作権のある著作物)の性質

 

このファクターにおいては、主として、利用される著作物(被利用著作物)の創作性(表現性)の程度が考慮・分析されます。例えば、一般的には、小説、映画、音楽のような「より創作的で想像力豊かな著作物」(a more creative or imaginative work)を利用する場合よりも、技術論文や報道記事のような「事実的な著作物」(a factual work)を利用する場合の方がフェアユースの認定を受けやすくなるという傾向があります。また、「未発行の著作物」(an unpublished work)を利用する場合には、すでに発行されている著作物を利用する場合に比べて、フェアユースの認定が下されにくいという傾向があります。

 

③ 被利用著作物(著作権のある著作物)全体との関連における、その利用されている部分の量及び実質

 

このファクターの下では、裁判所は、利用される著作物(被利用著作物)の「量」(quantity)と「()質」(quality)に注目します。そして、一般的には、被利用著作物の素材を多く利用する方が、そうでない場合に比べて、フェアユースの認定が下されにくいという傾向があります。といっても、被利用著作物の全部の素材を利用する場合であって、特定の状況下においてはそれがフェアユースとして認定される可能性が排除させるわけではありません。逆に、ある作品の「少量」(a small amount)を利用する場合であっても、その部分が当該作品の「核」(heart)になるような重要な部分であれば、フェアユースと認定される可能性は低くなります。

 

④ 被利用著作物(著作権のある著作物)の潜在的市場又はその価値に対する当該利用の影響

 

このファクターの下では、裁判所は、無許諾の利用が、被利用著作物にとっての現に存在しているあるいは将来存在する市場を害するのか否か、(害するとして)その程度いかんを検討します。より具体的には、例えば、無許諾の利用にかかる商品の販売が現にオリジナルの商品(被利用著作物)を市場から排除してそれに代わるものとして市場に存在しているのか、あるいは無許諾の利用にかかる商品が将来的に市場に行き渡った場合にそれがオリジナルの商品(被利用著作物)(の市場や価値)を実質的に損なうことにならないか等が主要な検討課題となります。

 

以上見てきた4つのファクターは、それぞれが個別に検討され(場合によっては、別の新たなファクターが考慮されることもありえます。)、それらの検討結果を総合的に判断して、「ケースバイケースに」(on a case-by-case basis)フェアユースの認否がなされることになります。つまり、フェアユースの認定には、あらかじめ決められた「公式」(例えば、「作品の〇〇%(〇〇行)まではフェアユースとして無許諾で自由に使える」といった公式)はありません。あくまで特定の事実認定から当該利用がフェアユースと言えるかどうかが個別具体的に検討されるのです。

なお、以上のすべての要素を考慮してフェアユースが認定される場合には、著作物が「未発行」(unpublished)であるという事実自体は、かかるフェアユースの認定を妨げる要因とはなりません。

 

著作権者の許諾を得ることなく自由利用が可能になるフェア・ユースと著作権侵害行為とを明確に区別することは非常に難しく(例えば、上述したように、著作権者の許諾なしに引用できる単語数や行数等があらかじめ決まっているわけではない。)、その境界線も未だ不明確な部分が多いといえます。他人の著作物を最も安全かつ確実に利用する方法は、当該著作物の著作権者から明示的な利用の許諾を受けることです。フェアユースによる許諾なしの自由利用を当てにすることは、ある意味では危険な行為といえるでしょう。ある著作物について権利者からの許諾を得ることができないのであれば、フェアユースに該当することが明らかでない限り、その利用を控えるべきです。

なお、アメリカ連邦著作権局は、ある行為がフェアユースに該当するか否か等に関する決定を行うことも、それについてのアドバイスをすることもできません。107条において4つのファクターが明示され、判断基準が一応示されていますが、最終的には、個別具体的ケースについて、ケースバイケースで裁判所によってフェアユースの認否が行われることになるという点を最後にもう一度強調しておきます。

AK

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US/ 『アメリカ連邦著作権法における”Fair use”(フェアユース)の解説(1)』

 

『アメリカ連邦著作権法における”Fair use”(フェアユース)の解説(1)

 

フェアユース(Fair Use)とは

 

「フェアユース」(Fair Use*)というのは、著作権によって保護されている著作物について、ある一定の状況下で、無許諾の利用を認めることによって、表現の自由を促進する法理**を意味します。

*「公正利用」などと訳されます。

**Fair use is a legal doctrine that promotes freedom of expression by permitting the unlicensed use of copyright-protected works in certain circumstances.

 

もう少し具体的に言うと、「フェアユース(の法理)」とは、他人の著作物をその著作権者の許可を得ずに無断で利用する場合であっても、その利用の目的、著作物の性質、利用される量、著作物の潜在的市場への影響といった各要素(factors)を勘案して、それが「公正な利用」であると言える場合には、そのような利用行為は著作権の侵害とはならない、とする考え方です。これは、米国において長年の相当数の判例を通して確立してきた考え方*であり、第三者の「表現の自由」(合衆国憲法修正第1)に配慮した考え方でもあります。「フェアユース(の法理)」は、米国連邦著作権法において、長い歴史を持つ極めて重要かつ本質的な側面だと一般的に捉えられています**

*Fair use is a judge-created doctrine dating back to the nineteenth century and codified in the 1976 Copyright Act.

**The doctrine of fair use is a longstanding, vital and essential aspect of U.S. copyright law.

 

Harperケース

 

「著作権」(copyright)とは、著作者の作成にかかる創作的な著作物で、有形的表現媒体に固定されたものに対して、合衆国憲法及び米国著作権法を根拠として与えられる排他独占的権利のことで、これには、次の権利が含まれています(米国著作権法106)

① 複製権

② 二次的著作物の創作翻案権

③ 頒布権

④ 公の実演権

⑤ 公の展示権

⑥ デジタル音声送信による公の実演権

以上のような著作権を保有する者が「著作権者」(copyright owner, owner of copyright)であり、かかる著作権者が自己の著作物の「複製」や「頒布」等の行為を排他独占的に行えることが著作権法の大原則です。しかしながら、排他独占的権利である著作権をもって権利者を保護するのみで、著作物の一般大衆による公正な自由利用が全く担保されないのであれば、おそらく、「有用な技芸の発展を促進する」(To promote the Progress of useful Arts)―アメリカ合衆国憲法第1編第8ことは到底望めないでしょう。

フェアユースに関する連邦最高裁判所の代表的なケースであるHarperケース(HARPER & ROW v. NATION ENTERPRISES)には、次のような判示部分があります:

 

(アメリカ合衆国憲法第1編第8項における)この制限された(範囲での排他的権利の)付与[許与]は、重要な公共的目的が達成されうるための1つの手段である。それは、著作者及び発明者に特別な報償(special reward)を与えることによって彼らの創作活動が動機づけられること、並びに、(著作者及び発明者による)その限られた期間での排他独占的な支配が満了した後の、一般公衆による彼らの才能の成果物(著作物・発明)へのアクセスを可能にすることを意図している。』

(原文)

This limited grant is a means by which an important public purpose may be achieved. It is intended to motivate the creative activity of authors and inventors by the provision of a special reward, and to allow the public access to the products of their genius after the limited period of exclusive control has expired.

 

『著作権によって創設される独占性は、このように、一般公衆の利益に資するために、個々の著作者に与えられている。』

(原文)

The monopoly created by copyright thus rewards the individual author in order to benefit the public.

 

『著作権によって保護されている著作物の道理にかなった利用に対する当該著作者の同意は、科学[学術]及び有用な技芸の発展を促進させようとする憲法上のポリシーにおいて必要な付随的なことがら[付帯条件・義務]として、裁判所によって常に暗に示されてきた。というのは、もしそのような(道理にかなった)利用を禁止すれば、後に続く作者が先行著作物を基にしてよりすぐれたものを作り出そうする試み[努力]を抑制することになり、そうすると、(憲法が)達成しようとするまさにその目的をくじくことになるからである。』

(原文)

The author's consent to a reasonable use of his copyrighted works had always been implied by the courts as a necessary incident of the constitutional policy of promoting the progress of science and the useful arts, since a prohibition of such use would inhibit subsequent writers from attempting to improve upon prior works and thus … frustrate the very ends sought to be attained.

 

わが国を含めて各国とも、著作()者を著作権という排他独占的権利で保護する一方で、著作物の社会による公正な自由利用を確保する方策(著作権の合理的制限)を採用することになるのですが、米国においては、いくつかある制限規定のうちで「フェアユースの法理」(the doctrine of fair use, the fair use doctrine)を明文化した107条の規定が最も重要であると考えられています。

前掲のHarperケースには、次のような判示部分があります:

『フェアユースとは、伝統的には、「著作権者の同意を得ることなしに、著作権者以外の者が、道理にかなったやり方で、著作権によって保護されている素材を利用する権利」と定義づけられた。著作権法におけるフェアユースの抗弁に関する制定法上の構成は、コモンロー上の法理を成文化しようとする議会の意思を反映している。第107条は、ある特定の利用がフェア[公正]であるかどうかという点に関し、個別事案ごとの決定を要求しており、また、当該規定は、考慮すべき要素として、4つのファクター(必ずしもこの4つだけに限られない。)に注目している。このようなアプローチは、「フェアユースに関して以前から存在していた法理をあらためて述べることを意図したものであって、この法理をいささかでも変え、狭め、若しくは拡大することを狙ったものではなかった。」』

(原文)

Fair use was traditionally defined as "a privilege in others than the owner of the copyright to use the copyrighted material in a reasonable manner without his consent." The statutory formulation of the defense of fair use in the Copyright Act reflects the intent of Congress to codify the common-law doctrine. Section 107 requires a case-by-case determination whether a particular use is fair, and the statute notes four nonexclusive factors to be considered. This approach was "intended to restate the pre-existing judicial doctrine of fair use, not to change, narrow, or enlarge it in any way."

 

フェアユースの典型例

 

参考までに、伝統的にフェアユースに該当する典型例をご紹介します*

*最新の判例は、アメリカ連邦著作権局のサイト”U.S. Copyright Office Fair Use Index”で検索できます。

 

The 1961 Report of the Register of Copyrights on the General Revision of the U.S. Copyright Law’(「合衆国著作権法一般改正に関する著作権局長の1961年報告書」)には、次のように、それまでに裁判所が‘fair use’と認定したいくつかの具体的な行為(活動)が挙げられています:

〇 例証又は論評を目的として、批評・評論中に他の著作物の抜粋部分を引用すること。

〇 自説の例証又は明確化を目的として、自身の学術的又は技術的な著作物中に他の著作物の短い節(short passages)を引用すること。

〇 パロディーにおける利用。

〇 報道において、簡潔な引用で、演説や記事を要約すること。

〇 損傷個所を取り換えるために、著作物の一部(a portion)を図書館が複製すること。

〇 授業内容を解説するために、著作物のごく一部(a small part)を教師又は生徒が複製すること。

〇 立法又は司法上の手続、又はこれらの報告書において、著作物を複製すること。

〇 報道されているイベントシーンの中にある著作物が、ニュース映画又は放送において、偶発的に又は思いがけなく複製されること。

AK

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