写真著作物の侵害性の判断基準(スイカの写真が問題となった事例)
▶平成11年12月15日東京地方裁判所[平成11(ワ)8996]▶平成13年06月21日東京高等裁判所[平成12(ネ)750]
翻案権の侵害について
被告写真が原告写真を翻案したものであるか否かについて判断する。
一般に、特定の作品が先行著作物を翻案したものであるというためには、先行著作物に依拠して制作されたものであり、かつ、先行著作物の表現形式上の本質的特徴部分を当該作品から直接感得できる程度に類似しているものであることが必要である。
ところで、写真技術を応用して制作した作品については、被写体の選択、組合せ及び配置等が共通するときには、写真の性質上、同一ないし類似する印象を与える作品が生ずることになる。しかし、写真に創作性が付与されるゆえんは、被写体の独自性によってではなく、撮影や現像等における独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることによるものであるから、いずれもが写真の著作物である二つの作品が、類似するかどうかを検討するに当たっては、特段の事情のない限り、被写体の選択、組合せ及び配置が共通するか否かではなく、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分、すなわち本質的特徴部分が共通するか否かを考慮して、判断する必要があるというべきである。
そこで、右の観点から、原告写真の本質的特徴部分はどの点にあるか、さらに被告写真から、その本質的特徴部分を直接感得できるか否かについて検討する。
[控訴審]
写真著作物において,例えば,景色,人物等,現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように,被写体自体に格別の独自性が認められないときは,創作的表現は,撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから,写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては,被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず,事実上,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。
しかしながら,被写体の決定自体について,すなわち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である。写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。
本件写真は,そこに表現されたものから明らかなとおり,屋内に撮影場所を選び,西瓜,籠,氷,青いグラデーション用紙等を組み合わせることにより,人為的に作り出された被写体であるから,被写体の決定自体に独自性を認める余地が十分認められるものである。したがって,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分についてのみならず,被写体の決定における創造的な表現部分についても,本件写真にそのような部分が存在するか,存在するとして,そのような部分において本件写真と被控訴人写真が共通しているか否かをも検討しなければならないことになるものというべきである。
この点について,被控訴人会社は,写真については,事実上,同一のものでない限り著作者人格権あるいは著作権の侵害とはならないというべきであると主張し,写真業界においては,これが定説であるという。しかし,被控訴人会社の主張は,写真の著作物については,著作権法の規定を無視せよというに等しいものであり,採用できない。仮に,被控訴人会社主張のような見解が写真業界において定説となっているとしても,そのことは,誤った見解が何らかの理由によってある範囲内において定説となった場合の一例を提供するにすぎず,著作権法の正当な解釈を何ら左右するものではない。
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