スローガン同士の侵害性が問題となった事例
▶平成13年10月30日東京高等裁判所[平成13(ネ)3427]
1 控訴人は,被告スローガンは,原告スローガンと比べた場合,多少の修正ないし変更がなされているとはいえ,原告スローガンとの間に同一性があると解すべきである,と主張する。
原告スローガンは,「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という交通標語であり,チャイルドシートの使用を一般に広めようとする趣旨で作成されたものである。これに対し,被告スローガンは,「ママの胸より チャイルドシート」という交通標語であり,原告スローガンと同趣旨で作成されたものである。両スローガンを対比すると,両者は,「ママの・・・よりチャイルドシート」の部分において共通するものの,原告スローガンは,3句構成であるのに,被告スローガンは2句構成である,被告スローガンには,原告スローガン中の「ボク安心」に対応する語句が存在しない,原告スローガンでは「ママの膝(ひざ)より」となっているのに対し,被告スローガンでは「ママの胸より」となっているという各点で相違することが認められる。
原告スローガンや被告スローガンのような交通標語の著作物性の有無あるいはその同一性ないし類似性の範囲を判断するに当たっては,①表現一般について,ごく短いものであったり,ありふれた平凡なものであったりして,著作権法上の保護に値する思想ないし感情の創作的表現がみられないものは,そもそも著作物として保護され得ないものであること,②交通標語は,交通安全に関する主題(テーマ)を盛り込む必要性があり,かつ,交通標語としての簡明さ,分りやすさも求められることから,これを作成するに当たっては,その長さ及び内容において内在的に大きな制約があること,③交通標語は,もともと,なるべく多くの公衆に知られることをその本来の目的として作成されるものであること(原告スローガンは,財団法人全日本交通安全協会による募集に応募した作品である。)を,十分考慮に入れて検討することが必要となるというべきである。
そして,このような立場に立った場合には,交通標語には,著作物性(著作権法による保護に値する創作性)そのものが認められない場合も多く,それが認められる場合にも,その同一性ないし類似性の認められる範囲(著作権法による保護の及ぶ範囲)は,一般に狭いものとならざるを得ず,ときには,いわゆるデッドコピーの類の使用を禁止するだけにとどまることも少なくないものというべきである。
これを本件についてみると,まず,原告は,母親が幼児を膝の上に乗せて抱いたりするよりもチャイルドシートを着用させた方が安全であるという考え方を広めたいとの趣旨から,「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との対句的表現を用いたものであり,この表現の前に更に,「ボク安心」との表現を配置して,両者を対句的に用いることにより,家庭的なほのぼのとした車内の情景を効果的に的確に表現し,これらを全体として5・7・5調で表現している。他方,「チャイルドシート」は,もともと,保護者が車内に同乗する幼児の安全を守るために着用させるものであり,また,幼児を同乗させる車内の光景としては,父親が車を運転し,母親が幼児を保護するのがその典型的なものとして連想されるため,幼児とその母親とチャイルドシートは密接に関連する題材であるということができ,このことから,「ボク」,「ママ」及び「チャイルドシート」という三つの語句は,チャイルドシートに関する交通標語において,使用される頻度が極めて高い語句であると推認することができる。また,チャイルドシートの使用を勧めるに当たり,チャイルドシートを使用しない従前の状態との対比を明らかにすることにより,その効果を高めようとして,「・・・よりチャイルドシート」とすることは,ごくありふれた手法に属する。このようにみてくると,原告スローガンに著作権法によって保護される創作性が認められるとすれば,それは,「ボク安心」との表現部分と「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との表現部分とを組み合わせた,全体としてのまとまりをもった5・7・5調の表現のみにおいてであって,それ以外には認められないというべきである。
これに対し,被告スローガンにおいては,「ボク安心」に対応する表現はなく,単に「ママの胸より チャイルドシート」との表現があるだけである。そうすると,原告スローガンに創作性が認められるとしても,それは,前記のとおり,その全体としてのまとまりをもった5・7・5調の表現のみにあることからすれば,被告スローガンを原告スローガンの創作性の範囲内のものとすることはできないという以外にない。
2 上述したところによれば,被告スローガンを,原告スローガンを複製ないし翻案したものということはできず,控訴人の著作権侵害に基づく損害賠償の請求も,不当利得返還の請求も,いずれも理由がないことは,その余の点について判断するまでもなく,明らかである。
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