共同編集著作物(判例百選)の著作者の認定/著作者の推定(14条)が覆った事例
▶平成28年4月7日東京地方裁判所[平成28(モ)40004]▶平成28年11月11日知的財産高等裁判所[平成28(ラ)10009]
参考▶平成27年10月26日東京地方裁判所[平成27(ヨ)22071]
[控訴審]
(2) 前記認定のとおり,本件著作物の表紙には「A・Y・B・C編」と表示され,また,そのはしがきには,本件著作物編者らの氏名が連名で表示されるとともに,「この間の立法や,著作権をめぐる技術の推移等を考慮し,第4版では新たな構成を採用し,かつ収録判例を大幅に入れ替え,113件を厳選し,時代の要求に合致したものに衣替えをした。」とある。
本件著作物のような編集著作物の場合,氏名に「編」と付すことは,一般人に,その者が編集著作物の著作者であることを認識させ得るものといってよい。上記はしがきの表示及び記載も,本件著作物において編者として表示された者が編集著作物としての本件著作物の著作者であることを一般人に,認識させ得るものということができる。また,抗告人のウェブサイトの表示も,「編」の表示が「著者」の表示に相当するものとして一般に理解されることを前提とするものと見られる。
そうすると,本件著作物には,相手方の氏名を含む本件著作物編者らの氏名が編集著作者名として通常の方法により表示されているといってよい。
したがって,相手方については,著作者の推定(法14条)が及ぶというべきである。
これに対し,抗告人は,氏名に「編」と付された者が著作権法上の編集著作者とは異なる場合も少なくないなどとして,相手方につき著作者の推定は及ばない旨主張するけれども,現に氏名に「編」と付された者が編集著作者でない場合があったとしても,そのことをもって直ちに,「編」という表示が氏名に付されることでその氏名が編集著作物の「著作者名として通常の方法により表示されている」と一般人に認識させ得ることを否定するに足りるものとはいえない。その他これを否定するに足りる事情をうかがわせる疎明資料もない。
したがって,この点に関する抗告人の主張は採用し得ない。
(3) そこで,相手方につき著作者の推定が及ぶことを前提に,その推定の覆滅の可否を検討する。
ア 著作者とは著作物を創作する者をいい(法2条1項2号),著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(同項1号)。編集著作物とは,編集物(データベースに該当するものを除く。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるところ(法12条1項),著作物として保護されるものである以上,その創作性については他の著作物の場合と同様に理解される。
そうである以上,素材につき上記の意味での創作性のある選択及び配列を行った者が編集著作物の著作者に当たることは当然である。
また,本件のように共同編集著作物の著作者の認定が問題となる場合,例えば,素材の選択,配列は一定の編集方針に従って行われるものであるから,編集方針を決定することは,素材の選択,配列を行うことと密接不可分の関係にあって素材の選択,配列の創作性に寄与するものということができる。そうである以上,編集方針を決定した者も,当該編集著作物の著作者となり得るというべきである。
他方,編集に関するそれ以外の行為として,編集方針や素材の選択,配列について相談を受け,意見を述べることや,他人の行った編集方針の決定,素材の選択,配列を消極的に容認することは,いずれも直接創作に携わる行為とはいい難いことから,これらの行為をしたにとどまる者は当該編集著作物の著作者とはなり得ないというべきである。
イ もっとも,共同編集著作物の作成過程において行われたある者の行為が,上記のいずれの場合に該当するかは,当該行為を行った者の当該共同編集著作物の作成過程における地位や権限等を捨象した当該行為の客観的ないし具体的な側面のみによっては判断し難い例があることは明らかである。すなわち,行為そのものは同様のものであったとしても,これを行った者の地位,権限や当該行為が行われた時期,状況等により当該行為の意味ないし位置付けが異なることは,世上往々にして経験する事態である。
そうである以上,創作性のあるもの,ないものを問わず複数の者による様々な関与の下で共同編集著作物が作成された場合に,ある者の行為につき著作者となり得る程度の創作性を認めることができるか否かは,
当該行為の具体的内容を踏まえるべきことは当然として,さらに,当該行為者の当該著作物作成過程における地位,権限,当該行為のされた時期,状況等に鑑みて理解,把握される当該行為の当該著作物作成過程における意味ないし位置付けをも考慮して判断されるべきである。
これに対し,抗告人は,著作者性の判断に当たっては,当該行為が行われた状況や立場といった背景事情を捨象し,もっぱら創作的表現のみに着目して判断されなければならない旨主張するけれども,複数人の関与の下に著作物が作成される場合の実情にそぐわないというべきであり,この点に関する抗告人の主張は採用し得ない。
ウ 以上を踏まえ,前記認定事実に基づき,以下検討する。
(略)
エ このように,少なくとも本件著作物の編集に当たり中心的役割を果たしたB教授,その編集過程で内容面につき意見を述べるにとどまらず,作業の進め方等についても編集開始当初からE及びB教授にしばしば助言等を与えることを通じて重要な役割を果たしたというべきA教授及び抗告人担当者であるEとの間では,相手方につき,本件著作物の編集方針及び内容を決定する実質的権限を与えず,又は著しく制限することを相互に了解していた上,相手方も,抗告人から「編者」への就任を求められ,これを受諾したものの,実質的には抗告人等のそのような意図を正しく理解し,少なくとも表向きはこれに異議を唱えなかったことから,この点については,相手方と,本件著作物の編集過程に関与した主要な関係者との間に共通認識が形成されていたものといえる。しかも,相手方が本件原案の作成作業には具体的に関与せず,本件原案の提示を受けた後もおおむね受動的な関与にとどまり,また,具体的な意見等を述べて関与した場面でも,その内容は,仮に創作性を認め得るとしても必ずしも高いとはいえない程度のものであったことに鑑みると,相手方としても,上記共通認識を踏まえ,自らの関与を謙抑的な関与にとどめる考えであったことがうかがわれる。
これらの事情を総合的に考慮すると,本件著作物の編集過程において,相手方は,その「編者」の一人とされてはいたものの,実質的にはむしろアイデアの提供や助言を期待されるにとどまるいわばアドバイザーの地位に置かれ,相手方自身もこれに沿った関与を行ったにとどまるものと理解するのが,本件著作物の編集過程全体の実態に適すると思われる。
(4) そうである以上,法14条による推定にもかかわらず,相手方をもって本件著作物の著作者ということはできない。
(5) これに対し,相手方は,自身が本件著作物の著作者の一人である旨主張するけれども,上記のとおり,本件著作物の編集過程全体を子細に検討する限り,その主張を採用することはできない。
なお,相手方は,前記認定事実のほか,平成20年9月頃にD教授に対し収録すべき判例につき具体的に意見を述べた旨や,執筆者候補として3名の実務家の追加を提案した際に,執筆を割り当てるべき判例についてもB教授に対し意見を述べた旨などを主張するけれども,前記のとおり,実務家追加の提案時にそのような意見を述べたことについてはこれを一応認めるに足りる的確な疎明資料はなく,この点は,D教授に対する意見についても同様である。
また,仮にこうした事実が一応認められたとしても,D教授は,A教授の教科書を中心に多様な文献等を比較検討した上で,第4版に収録すべき判例のリストアップを進めたこと,追加の提案に係る実務家3名に割り当てられた判例は相手方が削除を提案した実務家に割り当てられたものや本件原案で既に「候補となり得る裁判例」とされていたものであることなどに鑑みると,相手方による他の関与と同様に,その創作性の程度は必ずしも高いとまでは思われないことから,なお前記と認定及び評価を異にすべきとするには足りないというべきである。
2 以上によれば,相手方は,本件著作物の著作者でない以上,著作権及び著作者人格権を有しないから,抗告人に対する被保全権利である本件差止請求権を認められない。
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